第4話 お説教

 ザルドとの試合が終わった私はどういうわけか先生に説教を喰らっていた。危害を加えはしなかったが、あんな大きなファイヤボールを打てばどうなるかは分かっていたはずだとがみがみ言ってくる。いや確かにあれは紛らわしいかもしれないけど……。


 それからしばらくお説教が続いた後に解放されました。そして当分私は実戦形式の演習には参加できなくなりました。ど、どうして……。


「お疲れ様、レイ」


「いやぁ……ちょっとやりすぎちゃったみたい」


「あれは流石に私もびっくりしたわよ。途中で火を消そうかとても悩んだわ」


 セレスは水魔法を得意としているため、彼女であればあれくらいの火だったら余裕で消すことが出来ていただろう。


「えへへ……つい興が乗っちゃってね」


「本当に気をつけなさいよね……まぁいいわ、次私の番だから行ってくるわね」


「うん、言ってらっしゃい」


 私は激励の言葉と共にセレスを送り出す。周りからの視線がとても痛いが、気づいてないふりをしてセレスの試合を見届ける。


「始め!」


「ファイヤーボール!」


 セレスの対戦相手が合図とほぼ同時にファイヤーボールを放つ。とても綺麗な赤色の光がセレス目掛けて飛翔する。良いファイヤーボール!70点あげちゃう!でも──────


「アクアウォール」


 そう唱えたセレスの前には分厚い水の壁が現れる。そしてセレスの杖が振られると水の壁は相手の方向へすーっと進んでいく。


 あぁ……可愛い可愛いファイヤーボールちゃんが…… 


 じゅっと音を立てながら無残に散っていったファイヤーボールに哀愁の念を抱いていると、水の壁は相手の目の前に立ち塞がる。あのまま飲み込んだら制服が濡れて可哀そうというセレスの配慮によるものだろう、相手生徒はその意図を読み取り諸手を上げ降参の意思表示をする。何とあっけない戦いなのだろう。


「お疲れ、やっぱりセレスはすごいね」


「ふふ、あれくらい出来て当然よ」


 当然とは言ってても嬉しそうにふふんと笑うセレスを見て私の口角も上がる。褒められて嬉しいんだろうなぁ……可愛いなぁセレスは。


「レイ、その……おばあ様みたいな視線を送るのはやめてくれない?」


「ふふふ、うちの孫は立派に育ったねぇ……お菓子でも食べるかい?」


「レイの家の子になった覚えはないわよ」


 それから雑談をしながら実習を眺めていると、今回の実戦を元に各自で魔法の練習をするよう先生から指示が出た。


「待ってましたよこの時を!さぁ今日はどんな魔法を試そうかなぁ」


 鼻歌を歌いながらこれからの時間に思いを馳せる。今日はどんな感じの火を起こそうかなぁ。大きいの?それとも小さいの?どういう形にしようかも悩んじゃうなぁ。


 手始めに手から火を出現させ、優しく賽子を転がすように宙へ投げるとまるで命を持ったかのように火の玉は私の周りを泳ぎ始める。あぁなんて綺麗で可愛いのだろう……出来るのならこの子をペットにしたい。


「今日から君の名前はひーちゃんだ!ほらおいでひーちゃん」


 ふわふわと私の目の前へとやって来る……もとい操作するとひーちゃんは嬉しそうにゆらめく。


「綺麗だなぁ……可愛いなぁ……おいで」


 私は火傷しないように左手を魔力でコーティングする。ひーちゃんは私の手の甲へとやってきまるで頬ずりするかのように私の手の上でゆらゆらゆらゆらと揺れ動く。


「……はっ!危ない、思わず頬ずりしちゃうところだった……」


 あまりの可愛さに頬ずりしかけたが、すんでの所で理性を取り戻す。危うく私の頬と髪の毛が大変なことになるところだった。


「ぐぬぬ……この燃え盛る愛情を!火を愛でるために伸ばした手をどこへやればいいんだ!!」


 手の上で毛虫のように動くひーちゃんを思う存分可愛がることが出来ず、私は心の中で大粒の涙を流す。どうして私はこんなにも無力なんだ……。


「……いや、待って?……そうじゃん!その手があったじゃん!!」


 魔力で全身を、髪の毛の一本一本すらコーティングすればいいじゃん!!もしかして私天才か!?善は急げ、早速やってみよう!!


 私は全神経を研ぎ澄まし、体全身と制服、髪の毛の一本たりとも漏れが無いように覆う魔力の膜を形成する。


「よし、これで行けるはず!手始めに……行ける!やっぱり私は天才だったんだ!!」


 私の左腕が炎に包まれる。普通であれば炎から伝わる熱により皮膚が焼け爛れてしまうが、魔力のおかげで皮膚が焼けるような熱さも痛みも全く感じない。


「ふふ、ふふふふふふ……これをこうして……あぁ……幸せってこういう事を言うんだなぁ」


 私は体のあちこちから火を出現させる。見る事しか出来ない存在である炎が私の身体についている。丸で炎と一体となった感覚に脳汁が止まらない。やばい、今日が今までの人生の中で一番幸せな日かもしれない。あぁ……綺麗だ、なんて綺麗なんだ!!


 大量の脳汁が出ているせいだろうか、だんだんめまいがしてきて平衡感覚が保てなくなってきた。興奮しすぎると人間ってこうなるのか。でもこんなにも綺麗な炎に包まれて幸せを感じない人間なんていないと思うの。


「あ、あれ……?なんだか視界がぼやけ……て……」


 しかし、体のあちこちに炎がまとわりついてから早数秒、全身から力が抜け私は立っていられない状態になる。そしてついさっきまで鮮明だった視界がどんどんぼやけていき、そして──────


「レイッ!」


 私の意識はセレスの鬼気迫る声と同時に遠く彼方へと消えていった。






「あれ……ここは……」


 目を開くと知らない天井が映った。そのまま流れるように周りを見てみると薬品の入った棚や、ベッドなど医療関係に関するものがあった。


「レイッ!大丈夫!?」


「ふべっ!!だ、大丈夫だから……ちょっと力を緩めてくれると嬉しいんだけど……」


 上体を起こしかけた丁度その時、セレスが私の肩をがっと掴み不安の色を浮かべながら安否の確認をしてくる。心配してくれてるのは嬉しいけど流石にちょっと力が強すぎるかも……ちょ、ちぎれる!肩ちぎれちゃうって!!


「っ!ご、ごめんなさいレイ。ちょっと力を入れすぎちゃったわ」


「ああ、うん……大丈夫だよセレス」


 ジンジンとした痛みが双肩に残っているが罪悪感を感じさせないようへらりと笑う。


「えっと……こんなこと言うのあれかもしれないけど何が起こったか聞いても良い?」


「ええ、もちろんよ」


 セレスは事の顛末を丁寧に説明してくれた。どうやら私が倒れた原因は体に纏わせていた火によって体温が上昇しすぎたものによるらしい。セレスが慌てて冷や水をかけてくれたおかげで何とかなったものの割と命にかかわってたとのこと。


 死ななくて良かったとは思うがそれ以上に羞恥心がやばい。あれを皆に見られてたってことでしょ?は、恥ずかしすぎる……。


 自分の顔がどんどん熱を帯びていくのが分かる。今更何を言っているんだと思うかもしれないが、私は顔を見られないようベッドに横になり布団を深く被る。私、もうベッドから出ない。ベッドと結婚する。


「全く……本当に心配したんだから」


「ご、ごめんなさい……」


 布団から少しだけ顔を出し、謝罪の言葉を伝える。確かに突然友達がぶっ倒れたら気が気じゃないだろう。しかも私の場合は倒れる前に火を自分の体に点けてるわけだし……。


「次からはあんな変なことはしないで、分かった?」


「で、でも────」


「でもじゃない。……レイは全く反省できてないみたいね」


「ちょ、ちょっとセレスさん……顔が怖いんですけど?」


 それから私はベッドの上で30分ほどセレスのお説教を受けることになったのだった。

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