第5話 就任のあいさつ

 俺たちがいるダンジョン最下層から一段上がった場所が99階層


 攻略する側の人たちが来た場合にどうやって階層間を移動するのかを聞いたところ、なんと階層ボスを倒した直後に自動的に魔法で転送されるらしい。


 では俺たちが階層間を移動するときもその転送システムを用いるのか


「いえ、各階層のボス部屋に転移魔法陣が刻まれているのです。それによって簡易的な階層間の移動を可能にしています」


「ほえー……それは便利だなぁ。けどさ、いちいちその転移魔法陣?、で移動して会うのってちょっと大変じゃないか?それを使わないと他の仲間と顔を合わせることもないなんて、やっぱり少し窮屈に感じるな」


 簡単に転移することができるんだろうけど、どうしても壁というか、階層間の隔たりがあるわけで。転移しなければその階層のボスさんたちは独りぼっちなわけだろ……?それじゃあ寂しいってもんだ。


「マスターの考えることは分かります。ですが、私たちにはそういった感情はありません。個々が階層ボスとして役割を全うするのみ。そこに私情はいらないかと」


「それだよ。そんな機械みたいに役割を果たしても楽しくないだろ?だったら楽しくなるように工夫するべきだと思うんだよね」


 ダンジョンという一括りの空間の中で仲間同士が笑いあえるようにしていけたら理想だ。


 さて、そろそろ99階層へ上がる。


「立ち入るだけで危険に冒される修羅の場とかではないよな……?」


 小さきこの身をアリスに抱きかかえられながら転移されていく。


 一見すると100階層とそう変わらぬ外装の壁


 一つ違うのは、フロア全体がボス部屋となっている100階層とは異なり、フロアの一角にボス部屋があるということ。100階層以外の全ての階層がこの作りなのだろう。


「むしろマスターの考える逆です。深層ほどいたって平凡な環境であることがほとんどなのです。フロアごと環境を変えてしまうのは未熟者である証、己の力のみで圧倒してこそ強者なのです」


 おぉ……階層ボスのみんなに対して厳しいアリスさん


 すると突然、周囲の空気が凍てつくように変わった。急激に温度が変化したせいか、大気中にもやが発生しだした。


「お初にお目にかかる…………新たなる王よ」


 低く威圧するような声がボス部屋全体に響き渡った。


 そしてどこからともなく、もやの中から姿を見せたのは、とてつもなく巨大な竜……だった。


 首を曲げて見上げなければいけないほど大きく、その姿は全身が真っ黒くゴツゴツとした鱗で覆われていた。


「貴様、マスターを上から見下ろすとは不敬だぞ」


 おっと、アリスの汚い口調を始めて聞いた。


 清楚に見える美人メイドから発せられる暴言は概ねご褒美のようなもの……じゃなくて、ギャップがあってこれも悪くない、じゃなくて……


 アリスに言われ、それを聞き受けたのかみるみるとその巨体が縮んでいく。


 およそ三階建てのアパートくらいの高さまで縮んだが、それでもデカいことに変わりはない。さっきは、言うなれば16階建てのビルに相当する大きさだった。


 50メートルはあったんじゃないだろうか。


「マスター」


 耳元で薄く囁くアリスに押され、一応は新たに就任したダンジョンのトップとして挨拶的なことをしよう。


「えーっと、黒の……ドラゴンさん、初めまして。このダンジョンのラスボスをやることになりました、ハヅキです。どうぞよろしく」


 立場的には俺の方が上になるが、ダンジョンにいる歴としては段違いにこのドラゴンさんが上だ。そこを勘違いするバカではないのだ。


「マスター、古代竜種エンシェントドラゴンです」


 アリスに耳元で囁かれると背筋がゾワッとして伸びる。


「でもその名前ちょっと長すぎないか?呼びずらいし、クロでいいんじゃないか?」


 ていうか、そもそも黒の古代竜種エンシェントドラゴンは名前ではないだろう。毎回種族なのか称号なのか分からない単語で呼ぶのもどうかと考える。


「黒のドラゴンさん、もしかして別にしっかりとした名前あったりするー?」


「い、いや……特にはないが」


「じゃあクロでいいよね。あだ名ってことで、これからはこう呼ばせてもらうよ」

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