第2話 ドラゴンさん登場1

「うるさいぞ! せっかく良い気分で眠っているのに! 情けない声で何度も叫ぶな! 起きてしまったじゃないか! それに私の背中に気安く座るな。さっさと降りろ!」


「申し訳ありません、すぐに降ります」

「おい! 死にたくなければ30歩ぐらいは離れておけ」


慌てて立ち上がり、走って30歩ぐらい離れる。

地面が大きく揺れる。もうもうと砂埃が舞い上がる。巨大なトカゲが立ち上がっている。

俺が座っていた場所は、そのトカゲの背中の突起だったようだ。


よく見るとトカゲではない。背中に格好いい翼が生えている。伝説の生き物のドラゴンなのか! 転生先で最後に見たのがドラゴンか! ぱっとしない転生だけど、最後にドラゴンが見られたことだけは良かったか!

1つだけは良いことがあったということで、満足して人生を終えよう!


もう死ぬ覚悟はできているのだよ。


それにしても転生した世界は、魔法とか勇者とかドラゴンとかが登場する世界だったのか! 

俺が魔法でも使えるなら、それなりに面白かったかもしれないな。


ドラゴンさんは高さが10mぐらいはありそうだ。巨大だ! 

このドラゴンさんから見たら、俺はウサギとかリスみたいな小動物なのだろうな。

ドラゴンさんの皮膚の色は赤か。大きな口から炎を吐き出したりするのだろうな。


目は金色だし、爪は長くて鋭い。

あの硬そうで鋭い爪なら、きっと岩でも切り裂ける気がする。

俺なんかスパッと両断だろう。間違いない!


もう死ぬ覚悟を決めているからなのか、このドラゴンさんに対して少しも恐怖を感じない。

恐怖というより、むしろ親近感のようなものを感じる。


「あの〜、ちょっとよろしいでしょうか? 俺はこの世界に転生してきた者です。気がついたら、あなたの背中に座っていました。なぜあなたの背中に座っていたのかは全く分かりません。ここはどこで、あなたは誰なのでしょうか、教えもらえませんか?」


「私はドラゴンだぞ。見たら分かるだろ。この世界では、レッドドラゴンと言われている。おまえ、私に気安く話しかけているけど! ドラゴンが怖くないのか? この世界のどんな生き物も、私を見たらさっさと逃げだすのだぞ!」


「この場所はな、やっと見つけた大事な場所なのだぞ! 何もなくて静かで……眠るには最高の場所なのだよ! 私の眠りを邪魔しやがって!」


「眠りの邪魔をしたことは謝ります。しかし、なぜあなたの背中に座っていたのか、全く分からないのです! ドラゴンさんが怖くないのかと言われましたが、済みません、少しも怖くないです! この世界に転生した時に、怖い気持ちを忘れてきたのかも知れません」


「それに、俺は水も食べる物も持っていません。数日の内に餓死します。どうせ死ぬのだから、あなたに今殺されても大した違いはないですよ!」


変な奴だな! 少し脅かしてやるつもりで威圧スキルを発動したのだが、こいつには全く効いてないみたいだ。ドラゴンの威圧スキルだぞ! 大概の生き物は威圧スキルが発動されれば、そのまま座り込んで動けなくなるのだぞ! 場合によっては気絶したりする者もいるのだぞ! こいつは本当に何も感じていないのか……なぜだ?


「ドラゴンさん! 俺が死んでしまう前に、聞いてほしいことがあります。聞いてもらえば、少しは俺の気が晴れると思います。死んでいく俺の願いを叶えてもらっていいでしょうか?」


「しかたがないな。聞くだけだぞ!」


なんだ、こいつ! ドラゴンの私に気安くお願いなんかしやがって! しかも、思わず返事をしてしまったじゃないか! 調子狂うぞ。こんな奴は始めてだ! どんな生き物でも、ドラゴンが怖いはずなのに! 


「ありがとうございます、聞いて下さい。転生前に女神様と話をしまいた。女神様は、前世でたくさんの民を助けてくれたので、望む転生先があるなら希望を叶えますと仰いました」 


「それで俺は、のんびりと幸せに暮らせる転生先をお願いしますと答えた訳です。そう答えた後に、この世界に転生してきたようなのです」


「その転生先がこの荒地なのですよ! ここですよ! 水もなければ食料もありません。草も木も生えていません。この荒地が、のんびりと幸せに暮らせる転生先とは、あまりにも酷くないでしょうか?」


「そりゃ! 女神様……転生先を間違えているかもしれないな!」


うっかり答えちゃったじゃないか! しかも女神様を疑うようなことまで言ってしまったじゃないか! なぜ人族なんかと普通に話をしてしまったのだろう? ドラゴンは人族と話をしても良かったのだっけ?


「そうですよ! 女神様は、絶対に転生先を間違えていると思います。だからですね。俺を殺してもらっていいです。それに……餓死が最も苦しい死に方らしいみたいです。ドラゴンさんを恨みませんから、できればスパッと即死でお願いします。死んだら女神様のところに行って文句をいうつもりですから!」


「さあどうぞ」というと、目を閉じてドラゴンに背を向ける。


何だ、こいつ! 私に気楽に話しかけてくるけど。ドラゴンなのだぞ! 畏怖の対象なのだぞ! 最強の生物だぞ! 怖いのだぞ! それに死んだら女神様のところに行って文句をいうとか言っているけど、そうなると誰が殺したのだ……となるよな。それはまずいだろう……


とりあえず殺すとかはなしだ。

面倒なことになるからな!


それに、ドラゴンに気楽に話しかけてくる奴なんて、この先も出てこないだろう。

こいつが何者なのか興味が湧いてきたぞ。


もう少しこいつに付き合ってやることにするか。


「お前がぶら下げているバック! 中に何か入っていないのか? 女神様が、水とか食料とか入れてくれているかもしれないぞ?」


「あれ……確かにリュックを背負っていますね! なぜ気付かなかったのだろう? がっかりしたのと、頭にきたのとで、まったく気が付きませんでした。ありがとうございます! でも……このバックずいぶん軽いですよ。何が入っているのかな? 少しお待ち下さい……空けてみますね」


お待ち下さいだと……

私は別に待っていないぞ! 


数千年間のドラゴンの歴史の中で、ドラゴンを待たせた奴が存在したことになるではないか!

ドラゴンが待たされたなんて、父上に知られたらヤバいぞ!


期待を持ってバッグの中を確認してみる。

何の種か分からないけど、種がいっぱい入った袋が1つに、中身が空っぽの袋が1つ、それと短い棒が1本だけ入っている。


これで中身は終わりなのか? 期待した俺がアホでした……

特にこの中身が空っぽの袋! 女神様、袋の中身を入れ忘れていますけど! 

酷いです!


「中身はこれだけでした」と、ドラゴンにバックの中身を見せる。

ドラゴンがどんどん小さくなっていく。


「どれどれ」とドラゴンが俺と同じぐらいの大きさになっていく。

ドラゴンがバックを覗き込む。


伸び縮みができるとはすごいな、それに小さいドラゴンは可愛くていいな。


「ドラゴンさん、小さくもなれるのですね。便利な体ですね!」

「こんな具合に人間の姿にも変われるぞ!」


「おお〜、すごい! すごいです!」


ドラゴンが人族の女性の姿に変わる。しかもすごい美人だ。赤い髪に金色の目だ。

しかし近くに来るとドラゴンオーラが放出されているのを感じるな。


とても強いオーラだけど、嫌な感じはまったくしない。暖かくて親しみを感じる。

この世界のドラゴンさんは、やさしいフレンドリードラゴンさんなのかもな!


私は何をしているのだ! 人族に変身するところを見せたり、気楽に会話をしたり。

こいつと一緒にいると、どんどん調子が狂ってくる!


「ドラゴンさんは女性だったのですね。しかもすごい美人です。死ぬ前に会ったのが美人ドラゴンで良かったです!」


こいつ、私が友人か何かのように普通に会話してくるな。しかも美人とか言いやがって。まあ褒められて悪い気はしないけどな。許してやろう。


「面白い奴だな。ドラゴンが怖くないようだな」


「全然怖くありませんよ。ところでこの袋の中身は種のようですが。この種を撒けということでしょうか? しかしですよ。仮に芽が出てきたとしても、食べられるまでに随分と時間が掛かりますよね。それを待っていたら、やっぱり俺は餓死しますね!」


「それもそうだが、試しに撒いてみたらどうだ!」


ドラゴンさんが種を数粒摘んで地面に放り投げる。

しかし地面に落ちた種はそのまま変化なし。変化なしか……


「普通の種だったみたいですね。カラカラの大地に種を撒いても、芽が出るはずがありませんよね?」


「こっちの袋はなんだろう。マジックバックかもしれないな。おまえ! これを持って! そうだな! 『水出てこい』とか念じてみたらどうだ」


「この空の袋を持ってですか? やってみます」


俺はマジックバックを手に持って『水出てこい』と念じてみた。

マジックバックから水が勢い良く出てきた。種に水が掛かる。


5秒ぐらい経ったら、水が掛かった種から芽が出てくる。

芽がそのままニョキニョキと伸びるし茎も太くなっていく。


やがて木になりリンゴが実る。その横の木からはオレンジが実った。

またその横では、トマトやキュウリが実る。


何も実っていないが、横に葉っぱが伸びている植物を、軽く引き抜いてみる。

根っこの部分にジャガイモがぶら下がっている。


これは魔法の種なのかな? 荒地でも水を掛ければ急成長する種なのかな!


俺はリンゴとオレンジをもぎ取って、ドラゴンさんに渡す。

「どうぞ。一緒に食べましょう。それともドラコンさんは肉しか食べませんか?」


ドラゴンがリンゴとオレンジを受け取った。

「これはすごく美味いぞ! もっと食べたいぐらいだ」


「もっと持ってきますね。それにしても、この魔法の種さえあれば、この荒地でも生きていけそうです。先ほどできれば即死でお願いしますと、言ってしまったのですが、俺を殺さないで頂けますか?」


「殺しはしない。それより、おまえは面白そうだし、もう少し一緒にいることにする」


私は一体何をやっているのだ。人族と一緒になって、種まきまでやってしまったではないか。私はドラゴンなのだぞ! 畏怖の対象……まあいいか。


女神様に魔法の種をもらえる奴というのは、普通の人族でもあるまい。

もう少しこいつと一緒にいて、何が起こるのか観察してやろう。

退屈しないで済みそうだしな。





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