第57話 神秘と不老不死者
何もない世界に風が舞う。
東城に始原の世界に存在する魔素が集まって行く。
――神秘時代の第六世代神秘魔法。
人智を超えた、その先に存在する根源に、足を踏み入れる。
「この魔力反応……月夜野と似ている……」
アルベルトは抑えていた力を全て解放した。
瞬間魔力安定率九十八・七パーセント。紛れもない長年の年月が可能にした人類史上最高クラスの技だ。魔力消費量を無視して魔法名と同時にタイムラグなしで高出力の魔法が即時展開可能となる。
つまり、アルベルトの戦闘スイッチが入った証拠でもある。
月夜野美琴に対する恐怖心がアルベルトをその気にさせた。
人間離れした魔力制御は東城を上回る。
その偉業を東城は半眼で眺める。
攻撃的な東城は保守的な考えを捨て、アルベルトを殺すことだけを考える。
コイツに同情はいらない。
そう考え、魔力を研ぎ澄まして、意識を内に向ける。
和田明久の僅かな痕跡を見つけて掴む。
それは感覚としてたしかに存在した。
だけど形は不明確で握った感触も曖昧。
きっと……これは東城明久が生み出した幻影。
それでも良かった。前を向き、大切な人を傷つけたアルベルトを必ず倒せると思わせてくれる存在が側にいると思えるだけで。なにより、本当に傷付いた者の代理者としてやるべきことが改めて明確にできてよかった。
睨み付けるようにして、東城はアルベルトを凝視する。
「決めた。お前の魔力を全て消費させて、丸裸にしてやる。その後に真奈たちより酷い地獄を見せてから殺す。それが俺の復讐」
言葉を紡ぐ東城は針の穴に糸を通すような繊細な魔力操作で魔法を使う。
東城明久の本質である優しい心で、その存在を認める。
和田明久の本質である人を疑う心で、常に疑問を抱く。
それが特異点を形成し生まれる魔法。
その魔法は時間という概念に干渉する。
座標変更が点と点に干渉する魔法だとするなら、次元と次元に干渉する魔法が存在しても可笑しくはない。
なぜ時間は一つしか存在しないのか?
なぜ時間軸は人間が決めた物しか存在しないのか?
もしかしたら世界(星)が決めた時間軸が存在するかもしれない。
そんな飛びぬけた発想と創造力が必要とされる魔法が存在するかもしれない。
そもそも魔法とはなんだ?
もともと神秘と呼ばれていた物の正体はなんだ?
多くの者はそんな理屈っぽいことはどうでもいい、と気にもしない。
自分たちに取って都合の良い部分だけを見て知った気になる。
そうして時代の進化と共に魔法の歴史が簡潔かつ人類史上にとって都合の良い物へと書き換えられてきた物が現代の魔法。
神秘と呼ばれなくなった本当の理由。
それは神の摂理と唱えても信じる者が少ないからだ。
だから自分たちが発見したと嘘を付き、その嘘が当たり前となった。
人は愚かだ。
だから目に見えないモノは信じないくせに、目に見えるモノは信じる。
それが嘘か本当かなんて関係ない。
目に見えるか見えないかが多くの者にとって大事なのだ。
そして、都合が良い愛などと言った物だけを信じる者もまた多い。
そんな間違った真実に目を向けた者たちだけがたどり着ける魔法の神髄――国家公認の魔法使い。その者たちは固有魔法と呼ばれる別名神秘を扱うことができる。つまりこの世の魔法と呼ばれるものは神秘の贋作であり、オリジナルには程遠く誰でも扱いやすいように万能化された偽りの神秘に過ぎない。
それを大衆は認めない。
それを認めてしまえば自分たちが楽をして神の力を手にし、都合の良い感情に酔いしれていると魂がわかっているからこそ、決して認めようとはしない。神は人の脆弱性を確かめるために神秘を発動する為の種を巻いた。
「――全魔力回路限界突破(オーバーリミット)」
声は静かに、だけど始原の世界に響き渡る。
空間支配率が変わる。東城が四割、小柳が四割、アルベルトが二割に変わる。
周囲の風景が侵食されるように魔力によって幻想的な世界へと変わっていく。
オーロラのような綺麗なカーテンが浮遊する東城を包み込む。
「……この反応。この感じ月夜野と同じ魔法……いや神秘か?」
逸る気持ちを抑え、冷静に事の顛末を見届けるアルベルト。
トラウマが甦る。再び邪魔が入るのではないかと。
なにより、アルベルトは魔法発動に常時四倍の魔力量を必要とする。
しかし。固有魔法発動のために魔力を大量消費した二人の総量の七倍の魔力量を蓄えるアルベルトからすればいつもなら気にすることではない。魔法のハンデがあっても、魔力切れを起こすのはどう考えても東城と小柳の方が早いはずだ。だが固有魔法(神秘)なら話は別だ。神秘とは魔法の原典であり、原書でもある。顕現させる奇跡のレベルが違い過ぎる。比べようと思うこと自体が馬鹿馬鹿しい話だからだ。
「――問題は、」
アルベルトは果たして東城が月夜野美琴と同じ封印魔法を使うことができるのかと言う問題に目を向ける。純粋な力の勝負では出力は東城の方が上。神秘の力を使い、常時魔力安定率百パーセント。そもそも人間の身体は百パーセントで魔力回路を維持出来ない。つまりこれは幻術魔法を自身に掛け、絶対的な創造力を持ってして、生身の身体が耐えられると自身を対象に偽った姿に過ぎない。百パーセント自分ならできると純粋な心で信じきれた者だけがたどり着ける境地であることをアルベルトは知っている。
「気になるか?」
アルベルトの心を読んだ東城が口を開く。
次元を超越した精神干渉攻撃によってアルベルトの心は徐々にプロテクトを失い丸裸になっていく。
「七層あるうちの一つが破られた……早すぎる……」
自分ですら気づかないレベルの精神干渉攻撃にアルベルトがアブルートに魔力を回し対抗する。第一世代の魔法だけに神秘に比較的近い存在のアブルート。だけど東城の精神干渉攻撃が止まることはない。
「お前が遅いだけだろ?」
そう言って目を閉じる東城は、自己の海に意識を向ける。
そこは深海で底が見えない。沈む身体(意識)はそんな孤独の海で探す。
なにもない海。
なにも見えない海。
東城はそんな海の中で自分の心の声を聞く。
他に聞こえる音はない。
なにもない海で東城は願う。
違う――創造する。
なにを望み、何を求める。
答えは決まっている。
失われたモノを全て取り戻す。
だけど後悔や未練はそのまま。
望む時間だけを遡る奇跡。
そんな奇跡は存在しない。
そんな奇跡が合ってもいいはずだ。
肯定が作り出す、存在しない奇跡。
……あまりにも理不尽で自分勝手な願い。
それは誰のため?
紛れもない自分のため。
それは許されることなのか?
誰に許される必要があるのか。
だって……時間軸は複数存在する。
世界が作りあげた時間軸、宇宙が存在する為に作った時間軸、神が作りあげた時間軸等々、ただ人間に観測できない時間軸。それらを、神秘を通して観測した男は静かに閉じていた目を開ける。
「――捉えた。俺の探していた時間」
心臓の鼓動が強くなった東城は体内の魔力を解放して、外部に放出する。
魔力に乗せて怒りの感情もアルベルトへ向ける。
魔法の理だの倫理だの、人間が自己都合で形成した魔法概念に疑いを持った魔法使いは自分が調べて精査して独自に作りあげた概念が最も神秘に近く正しい概念だと信じ、その境地に自ら飛び込んだ。
瞬間――本当の奇跡が起きる。
アルベルトのアブルートが最後の一層まで打ち破られた。
三百年地下牢で密かに蓄えていた魔力と改変による改良がなければきっと全部破られていただろう。
逆を言えば二百年の歳月をかけたアブルートでは意味をなさなかった。
それだけではない。
最後の一層はアルベルト自身の心を守るプロテクト。
そして六層目で厳重に管理していた精神支配者とのリンクと奴隷門契約のリンク。それらが強制的に解除された。
世界の至る所で生まれた落雷が東城とアルベルトを次元に対する危険人物だと錯覚し攻撃を始める。
東城の持つ魔力が危険だと誤認したのだ。そして東城の魔力と殺気を受けているアルベルトからも攻撃を受けるかもしれないと危機感を覚えた。
神秘なら許される暴挙も魔法では許されない。
詰まる所。神の威光や創造主なら世界は許容範囲と認めるがそうでない者は認めない。
巨大な落雷が何発も東城とアルベルトを襲う。
全身の細胞が焼けるように熱い。
神秘に近い何かで世界によって生成された落雷は魔法障壁では受け止めることができない。
だけど東城は止まらない。
この後に東城が起こす奇跡を危惧するかのように世界からの攻撃がさらに強まる。
神の摂理。それが間違った方向に動いた時のため、神は全ての世界に細工した。危険分子となった魔法使いを消滅させるシステムという名の疑似神秘を仕組んでいた。
雷による負荷が神経を焼き尽くすような痛み。
それでも東城明久は『そのままでいい』と魔力レーダーに反応がある小柳へアイコンタクトでメッセージ送る。
楽な道を歩む資格はない。
北条真奈はこれ以上に過酷な道を歩んだはずだ。
そう思えばこの程度の痛み我慢できる。
「ま、まずい……このままでは……」
東城の精神干渉攻撃と世界からの攻撃に対処するアルベルトの魔力が戦わずして、急激に消費されていく。
それを見た東城は世界の意思に反する行動にでる。
その合図はパチンッ。
指を鳴らす音だ。
それを鳴らしてしまえば、もう後戻りはできない。
けれどそんなものは関係ない。
東城は東城が守りたいモノを守るために戦う。
そして守りたい存在を守るために希望の星となる。
なにより――ちょっと恥ずかしいけど。
東城明久は小柳千里の前ではカッコいい存在でありたい!
「認めろ。この世界の創造主は千里と俺であることを」
落雷が東城を避けるように逃げていく。
千里と同じ境地に立った東城は当然のように、堂々とした声と態度で世界に対してペテン勝負を仕掛ける。
「認めろ。俺が月夜野美琴の子孫であり、正当な後継者であることを」
時間が逆流を始め、今と繋げる。
そして幻術魔法とは違う、別の方法で召喚された高度な分身がアルベルトの前に姿を見せる。
書き換えられた世界の中で再び和田明久が蘇生された。
「不死だと言ったな、アルベルト。宣言通りお前の魔力を全て削る」
和田明久はこの世界において不死の存在として蘇った。
創造主足る東城明久の意思一つで甦ることが出来る存在として、顕現した彼の姿に世界が静まり返った。
「認めろ。和田明久の存在を」
その言葉に世界から落雷が消え、静けさが戻る。
小柳と同じ境地に立ち、月夜野美琴の子孫として、それらしい行動と態度を見せる東城のペテンに世界が騙され、従う。
空を見上げると満点の星の夜が見えるようになっていた。
手を伸ばせば届きそうな星空の明かり。
暗い世界を照らす光は、月夜野美琴の子孫がこの世に降り立ったことを、祝福するように綺麗な光で、出迎える。
なにもない世界に星が輝き始めた。
些細な変化ではあるが、それ以外を必要としない世界は新鮮でどこか心地よい。
世界の敵ではないと判断し、東城に対する攻撃を止めたことでその魔力を強く受けていたアルベルトへの攻撃も止まった。
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