第58話 精神干渉
「愚か者め。そのまま攻撃させていれば俺を魔力切れに追い込めたのにな」
拍子抜けだった。不老不死の前で確実に勝てる作戦を放棄するなど馬鹿げている、それがアルベルトの感想だった。
だが――目の前に立つ東城明久と瓜二つの和田明久の存在だけが気になってしょうがない。不老不死と言う割には見た目の変化も魔力レーダーの反応も全て東城明久と同じで何一つ変わっていない。かと言って、模擬戦の千沙みたく魔力を使って身体能力をあげた痕跡すら見られない。
「しかし、これは俺の知っている神秘ではない」
理解できないことへの苛立ちが言葉の節々に見られる。
ゆっくりと足を歩き始めた和田明久。
その先にはアルベルトがいる。
「ずっと待っていた。お前をこの手で殺す日が来ることを」
その言葉に違和感を覚えるアルベルト。
和田明久の心に素早く強制干渉した。なのに、何一つ考えが読み取れない。それどころか命令するための魔力回路が存在しない。よって自害や服従しろと言った命令が効かない、そもそも本来であれば絶対に繋がっているはずの魔力回路が、脳に繋がっていないことを意味する。それでは魔法はどう頑張っても使うことはできない。
声量は同じ。口調も同じ。なら外見はどうだ? 背丈は同じ。だったら魔力反応は……同じ。だとするならやっぱり魔法が使えるはずだ……となれば一つの仮説が生まれる。
「――ッ!? まさか」
アルベルトは嫌な予感を確かめるように言葉を紡ぐ。
既に両者の距離は十メートルの距離まで縮まっている。
「正解だ。黒魔法矢(ブラックマジックアロー)」
和田が魔法を使う瞬間、体内と脳までの魔力回路が起動した。
そして反応が消えた。
「――ッ!!!?」
だけど驚くべき所はそこじゃない。
声が聞こえた時には、既にアルベルトの身体を貫通していたであろう矢が三十二本飛んできていた。身体を貫通した衝撃波が一本当たりの矢の破壊力を教えてくれる。
咄嗟に無意識のレベルで高度な魔力障壁を展開していなければ、アルベルトは今頃全身を貫かれてバラバラになっていただろう。
目で追うことすらできなかった。
なにより魔力レーダーが感知するより早く矢を生成し放たれたソレに対処する方法は経験による予測だけだとわかってしまったアルベルトは舌打ちする。
その舌打ちは攻撃を受けたことだけに対してではない。
「右手がやられた?」
攻撃を受けた和田の右手がすぐに蘇生される。
不老不死と言うのはどうやら本当らしい。
アルベルトは半信半疑ながら東城と和田の言葉を信じることにした。
不老不死だが、痛みは存在するはずだ。その痛みによるフィールドバックが全身を襲うはずだが、和田の顔は涼しいままだ。まるで右手に最初から被弾しなかったような素振りと口ぶりにアルベルトに焦りが見える。
「痛覚遮断もしているのか……化物」
単純な火力勝負では和田に軍配があがる。
そしてこれだけの攻防でも和田の魔力は殆ど減っていないのに対しアルベルトは和田の五倍から六倍の魔力を消費していた。極論使った魔法が違うと言えばそれまでだが、圧倒的に地の利も悪すぎた。
さらにアルベルトは苛立ってしまった。
絶対に認めたくはないが、確認せずにはいられないと「風魔かまいたち!」と叫ぶ。
宙に浮かぶ魔法陣から生まれた風の刃が東城の首を狙い向けられる。
パチンッ。
東城が指を鳴らすと、東城と和田の場所が変わり風の刃は和田の首を切断する。
そして首が蘇生した和田と東城が再び元居た場所に戻った。
敵の攻撃を敵に向けるのではなく、自身の攻撃をもう一人の自分に向ける。魔力反応が全く同じなことから自動追尾機能を持つ魔法を使っても魔法は東城と和田の違いを区別できない。かといって自分の手で狙いを定めても、意味がない。まさに蜃気楼を相手にしている感覚だ。
「だけど魔力を殆ど消費せず蘇生は妙だ。俺のように組織の構造を変えた痕跡もない」
そんなアルベルトの疑問に答えるように。
「時間だ。俺は今望む時間軸に対して干渉している」
その言葉にアルベルトは息を呑み込んだ。
たしかに、辻褄は合う。
アルベルトは思い出した。
福岡に落とされた魔導ミサイルの残骸のことを。
本来なら自分の復活共に周囲の邪魔者を皆殺しにする予定だった。
しかし着弾されたミサイルの中身は着弾と同時に化学反応を起こしていた痕跡があった。なのに、中のエネルギーだけが何処かに消えていた。そしてミサイル表面に見慣れない刻印も刻まれていた。もしその刻印が時間に関係する文字だとするなら――。
「過去と未来の両方に干渉しているわけか」
と自己の見解を述べるアルベルトに対して東城の回答は。
「そこに存在する過去と未来、そして存在しない過去と未来、つまり時間の縦軸に対して俺は干渉してる。そして時間軸中でも特定の時間軸だけに干渉することもできるってのが正解だ」
「――ッ!」
五百年前。月夜野美琴はアルベルトにこう言った。
『封印が解けた時がお前の命日だ』と。
当時はそんなものは存在するはずがないと鼻で笑った。
だが時代の進化に合わせて、とんでもない魔法使いがこの世にいることを知る。
このままでは敗北すると考えたアルベルトが大魔法で勝負に出る。
巨大な青色の魔法陣が空に浮かぶ。
その様子を東城と和田は静かに見上げて眺める。
魔法の発動前にアルベルトを攻撃しても良かったが、向こうも不老不死。
それはアルベルト自身もよくわかっている。
だから隙が大きいことを関係なく、こんな大それた行動に出たのだろう。
ならば、アルベルトの作戦に乗り魔力を消費させた方が得策だと判断した東城と和田は攻撃の手を緩めて相手の準備が整うのを待つことにする。
「俺に時間を与えたことを後悔しろ。禁忌魔法として不死の力を手に入れた時から考えていたことがある」
「なにを考えていたんだ?」
和田の問いかけに。
「もし俺の力を色濃く継いだ傀儡が何かしらの方法で裏切ったらどうするか、についてだ」
「それでお前はどう答えをだした?」
「簡単なことだ。精神的に追い詰めて殺すことだ。今も隠れている小娘が傀儡(六道)にしたようにな!」
魔力の大部分を消費してアルベルトが作り出したのは、小柳千里と北条真奈の幻影。
「恋人に殺されるか、恋人を殺すか選べ。偽物だって割り切れるなら殺せばいい。だが人間は愚かだ。その者と親しい間柄にあればあるほど躊躇ってしまう。さぁ、フィナーレといこうか」
東城と和田の魔力レーダーには本物と錯覚するぐらいによく似た幻影が居た。
「俺たちの記憶から読み取って作られた虚像だな」
「みたいだな。よく出来てはいるが真奈はまだ眠っている時点で本物ではない」
「あぁ。それに千里の反応もしっかりとしているからな」
そんな冷静な二人の耳に聞こえてくる声はとても聞き覚えのある声。
「お願い明久君! 私を助けて!」
「待ってあき! 目を覚ましたらアルベルトに身体の自由が奪われたの!」
「明久君! 本当の私を見て!」
「あき! 私をもう一度よく見て!」
情に訴えかけるように紡がれる言葉に、東城は「わかってる」と答え、魔法発動の兆候すら見せずに意を決する深呼吸して『黒魔弾(ブラックバレット)』と囁く。
弾丸は千里の幻影を容赦なく撃ち抜いていく。
そして和田の方も。「よく見てるさ」と答え、『黒魔法矢(ブラックマジックアロー)』と魔法名を口にした。三十二本の矢が北条の身体を粉々に吹き飛ばして消滅させる。
が、二人の幻影はすぐに復活し再び姿を見せる。
「さて、いつまで無感情で殺せるか、見せてもらおう」
その言葉に東城と和田は「あぁ、それでいい」と言い放ち、無限に攻撃を続ける。
再生される小柳と北条の回数が増えるに連れて減っていくアルベルトの魔力。
何度愛する者の幻影を殺しても、心が全然痛まない二人。
「な、なぜそんなに躊躇なく殺せる?」
瞬殺され続ける幻影を前にアルベルトが質問する。
「目で見えるモノだけが全てじゃないからだ」
「そしてチェックメイトだ」
アルベルトの魔力がなくなるまで攻撃を続けた東城と和田は再び一つに戻って、東城明久としてアルベルトの前に立つ。
「約束通りお前の魔力は底が尽きた。無力となったお前の心では俺に抗うことはできない」
東城が精神干渉を始める。
常識では考えられない永遠の苦痛が今から始まると悟ったアルベルトが初めて恐怖する。
「時間軸を固定した。お前には永遠の悪夢を永遠に隔離された世界で見る権利を与えてやる。真奈がどれだけ恐い思いをして、もう一人の俺がどれだけ悲しんだがお前にわかるか?」
東城明久はアルベルトの心を完全に支配して告げる。
「今からお前が見る地獄は由香里が過去に愛した男と愛を育む過程でお前を殺す夢だ。奴隷門を刻み肉体的な支配と精神汚染による精神的な支配。そんな彼女が受けた心の痛みの声と一緒に殺される夢はお前にとってさぞ辛いだろうな」
「い、いや、ま、待て……」
「魔力の心配なら要らない。この世界は小柳千里が一回限りの使い捨ての世界として創造した世界。二度と開くことはないだろう。そして俺が干渉する時間軸はあくまでお前の意識と一緒に固定する。つまりお前の精神力が勝てばお前は自らの意志で俺の幻術魔法を解除できるというわけだ。だが魔力が戻り抵抗するだけの力が溜まった時、果たしてお前は今のように魔法が使える精神状態なのかは保証しないがな」
封印ではない。なにもない世界に閉じ込めるだけ。
終わりのない悪夢。
「お前がさっき俺たちにしたのと同じ。お前は俺たちに向けた悪意によって身を滅ぼす。永遠の苦痛を」
終わりのない悪夢に、希望の光は訪れない。
目を背けたくても背けれない悪夢に人の心は長くは持たない。
永遠の命を手に入れたために、肉体的な死による逃亡を許されない。
宇宙の寿命が尽きるその日まで何億年、何兆年、……それ以上に続くであろう期間、アルベルトはこれまでの罪をその生き地獄を持って償うことになった。
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