第52話 自然界の恐ろしさ
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東城が本来の姿で目覚めた頃、千沙は由香里と戦っていた。
「超電磁砲が効かない?」
「ふふっ、無駄ですよ。幻想盾(ファントム・シールド)。私の創造力を上回る攻撃じゃないと破壊不可能な盾です」
「アイツが持つ盾と同じ……」
「私と六道様は東城明久の遺伝子を元に肉体を調整しました。そしてアルベルト様の力も受け継いでいます。肉体的な死に対する抵抗力は今の国家公認の魔法使いたちを上回ります。当然メンタルブレイクや精神干渉による耐性も高いですがね」
超電磁砲による攻撃が全て弾かれる千沙はイライラしていた。
火力任せの攻撃を得意とする千沙に対して、創造力を媒体に伝説級の盾をこの世に顕現させた由香里の力は絶大過ぎた。
魔力レーダーが危険信号を放つ。
由香里の持つ大量の魔力がすぐに底を尽きることはない。
力の差は圧倒的。
これが東城ですら警戒していた人物だと、ようやくその正体に気づいた千沙は自分の危機感知能力の低さを呪った。
「この魔力反応……甦りましたか。私の希望」
由香里が遠方で捉えた魔力反応に一瞬動きを止めた。
千沙はその隙をついて一旦距離を取る。
「それとわかってはいましたが、六道様ではやはり勝てませんでしたね」
「仲間が死んだのに感想はそれだけ?」
「えぇ。私は憧れた。そして惚れた。六道様の中にある彼の力に」
「それって……」
「そのまさかです」
「アンタたちでもアイツに魅かれることがあるって超意外」
「周りから見ればそうかもしれません。六道様が死んだ今、もう隠す必要はありませんし成功体である本当の私を特別に見せてあげましょう」
空気がピリピリと痛いものに変わる。
千沙の全身が震える。
過去に何度も見たことがある光景が目の前に現れる。
瞬間魔力安定率九十五パーセントの境地に足を踏み入れた由香里の背中に六枚の羽根が生えた。
全身を駆け巡る魔力が疑似回路を生成し造られたソレは人間離れした魔力操作があってできる偉業でもある。
気づいたら、いつしか憧れて男の背中。
絶対に追いついてやる、と心の中で勝手に闘争心をいつも燃やしていた。
だからかもしれない。
圧倒的な魔法使いとしての才能を前にして、千沙から笑い声が出てきたのは。
「あはは~」
「遂に頭が可笑しくなりましたか?」
「いんや~逆」
千沙は大胆不敵に笑う。
まるでこの状況を楽しんでいるように。
死ぬことより、この状況をただただ楽しむ。
命懸けの魔法使いとしての挑戦が今始まる。
祈れば誰かが助けれくれるなんて考えない。
この状況をなんとかできるのは自分しかいないと覚悟を決める。
「アンタも六道相手にペテン師を演じてたってことは相当の幻術魔法使いでしょ?」
「かもしれませんね」
「でもね、憧れた背中だからアンタの弱点も知ってる」
小型超電磁砲を捨てた千沙が動く。
手足に魔力を集中させて、魔力のグローブを装備する。
「まず一撃!」
千沙の拳が幻想盾を殴る。
重たい鉄の扉から鈍い音が聞こえてくる。
「次はどうしますか?」
勝利を確信した目。千沙を目で追う由香里はその場から動く気配を見せない。
「殴る!」
宣言通り、幻想盾を殴り続ける千沙。
だけど重たい音が響くだけで、傷一つ付かない。
「その程度の攻撃では後何年もかかりますよ?」
もう少し戦いを楽しめると思っていた由香里が失望の声を投げかける。
「それくらい言われなくてもわかる!」
それに反論するかのように大きな声で返事をする千沙。
「私はアンタと違って実際に自分の拳で殴らないとわからない。その盾の強度とか。でも殴れば感覚的になんとなくわかる」
「魔力レーダーだけで全てがわからないのは不便そうですね」
力強い言葉と拳といっしょに正論で返す千沙。
「普通はわからないわよ!」
そもそも、と付け加えて。
「アイツの力を借りないと何もできないアンタが威張るな!」
千沙が勝負にでる。
幻想盾を打ち破るために、大きく足を開き全身の体重を右拳に乗せる。
重心移動をしながら最大火力で放たれる拳。
「これで決める!」
千沙が大きく息を吸う。
そして体内の魔力回路をぶん回す。
「どんなに強い奴が相手でも私は私の拳を最後は信じる! 神の拳(ゴッド・インパクト)!」
瞬間魔力安定率八十七・二パーセントと千沙が扱える最大火力の近接戦闘魔法だった。
激しい風が辺り一面を吹き飛ばす。
生身の人間がまともに喰らえば即死級の一撃。
それは由香里の後方にあった巨大な岩が割れるほどの拳圧を持っていた。
砂煙が舞い、視界が悪くなった中から聞こえる微かな声に千沙の頬から汗が流れた。
「ふふっ」
千沙は全身に襲い掛かるフィードバックを無視して、急いで由香里から離れた。
砂煙が晴れると、傷一つない幻想盾があった。
「くっ。身体のリミッターを強制的に外してこれとは……アンタの妄想ヤバすぎ」
攻撃を正面から受け切った由香里はゆっくりと足を動かして千沙に近づく。
「降伏すれば命だけは助けてあげますよ」
「……誰がアンタなんかに」
「いいんですか? 死ねばなにも残りませんよ?」
ゆっくりと……近づいて来る由香里に。
ドクン、ドクン、ドクン。
千沙の心臓の鼓動が早くなる。
死が、死が、死が、近づいて来る。
神の拳の反動でまだ身体が上手く動かない。
全身が恐怖に飲まれていく。
どんなに強がっても、無視できない存在を前に――。
恐怖で魔力回路に乱れが生まれ、魔法が全てキャンセルされてしまう。
再構築を試みるが、魔法式の形成が上手くできない。
既に集中力は乱れまくっている。
由香里は千沙の正面までやってきて。
綺麗な手を伸ばして、千沙の頬に手を当てて。
「恐いかしら?」
思わず両目を閉じた千沙の全身が強張った。
今まで経験したことがない恐怖に足元に水たまりができる。
下半身が緩み、おしっこが出てしまった。
だけどそれにすら気づかないほどに千沙の心は由香里だけを見る。
あらゆる自分が由香里の力に屈服し、あらゆる自分が敗北を認めたがる。
死にたくない。助けて。無様でもいい。奴隷でもいい。家畜でもいい。だから命だけは助けて……。
素直になればいい。
神様なんてこの世にはいない。
弱い者は死に強い者だけが生き残れる世界が現実。
弱肉強食のピラミッドで言えば千沙より由香里の方が上。
ならば、認めればいい。――敗北を。
頬から首。そして千沙の小さな膨らみにそっと触れる手。
左胸を少しいやらしい手で触られる。
胸を通して感じる由香里の手の温もりは――恐い。
「私が手に魔力を流せばどうなると思いますか?」
その言葉に涙が止まらなくなる。
助けてください。と言いたいのに嗚咽で声がでない。
それでも必死に声を出そうと頑張る。
「あ、……ぁっ……あ、、、……ッ……」
助かっても地獄。
このまま半殺しに甚振られても地獄。
千沙はわかってしまった。
自分の未来に繋がる全ては由香里の手の中にあることを。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしら? ふふっ」
そして心が完全に折れてしまう。
人としてじゃなくても命があるなら、家畜や奴隷と言った身分でもいい。
まだ生きたいと。
まだ死にたくないと。
最愛の坂本達也に最後にごめんと心の中で謝る。
本当はずっと一緒にいたかった。
結婚して幸せな家庭を築きたかった。
それはもう叶わない。
だから『アンタがもっと私だけを見てくれたら……嬉しかった』と後悔の言葉と今まで隣に居てくれたことへの感謝を込めて『さよなら……幸せになれバカ』と別れの言葉を紡いだ。
「最後のチャンスです。降伏しますか?」
千沙の左胸に突き立てられた指先に力が入る。
小さな膨らみに由香里の爪が喰いこむ。
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