第46話 アルテミスの正義とアシュラの正義


 ■■■


 机を挟んで六道の正面に小柳が座る。

 その両隣に東城と千沙が座り、由香里が東城の対面に座る。


「早速、本題に入りたいと思います」


「わかりました」


 六道の提案に小柳が頷く。


「こちらの要求は二つ。一つ目アルテミスとの停戦。二つ目アルベルト様の解放。以上が要求する内容です」


 ここに来る前に統括たちと一緒に見た書面の内容と一致していた。

 と、なればここからは小柳の役目となる。


「その条件をこちらが了承すると思いますか?」


「はい。お互いに犠牲を払うのは得策ではないですから」


「なるほど。でもアルベルトを引き渡したら、そちらは全世界に対して総力戦を仕掛けるのではないですか?」


「弱者は強者に従う。その業に従う者は小柳総裁だけじゃない。例えアルテミス全員の保護でも約束しますよ」


「でも弱者に人権はないのですよね? それは独裁政治や圧政と何も変わりません。そこに本当の自由や愛は存在しません」


「ふふっ」


 六道は鼻で笑った。

 口元を手で隠す。


「なにが可笑しいのですか?」


「いえ。ただ総裁はなにも知らないのだと思っただけです」


「なにが言いたいのですか?」


「俺たちの過去について、なにも知らないのだと思っただけです」


「全てが秘匿事項のため、その内容については一切お答えできません」


「答える必要はありません。なぜなら、俺たちはアルベルト様がいなければ、今頃死んでいた弱者だった者たちなのですから。色々な物に恵まれた者たちからすれば知ろうとも、いや自ら興味を持たない限り知ることすらない存在でしょう」


 その言葉に小柳の思考が一瞬止まった。

 六道ほどの男が死んでいた。

 その言葉の意味がわからなかったからだ。

 不敵な笑みを浮かべた六道はどこか懐かしむようにどこか遠くを見て語り始める。


「アシュラは六年前に結成させました。なぜ結成されたかわかりますか?」


「いえ」


「例えるならお前たちアルテミスが日の光を浴びればそこに影ができる。その影が正に我々アシュラ。生まれて間もなく父が戦争で殺され、流行り病で妹は病院にすら行けず死んだ。貧しいから兵隊として過激な戦場の最前線にいつも送られ、貧しいから病院は相手にしてくれない。貧しく弱い者には人権すら存在しない国や地域がまだ世界には沢山ある。例えば人身売買が日常的に行われる地下街でその日の食料を盗みで手に入れるか、罪を着せられ売られるか、そんな日常が今でも世界には幾つもあることを総裁はご存知ですか?」


「…………」


「答えない。まぁそれも一つの答えでしょう。俺の父は戦場の最前線で死に、母は人身売買の対象となり知らない男たちの奴隷となり人権がなくなった。年を取り用済みになった途端銃殺されたとアルベルト様から聞いた。俺たちアシュラはそう言った全ての最底辺に生きる者たちの希望なのです」


 淡々と六道は続ける。


「アルベルト様はそう言った者たちを救い、そして守るためにアシュラを創設した。力ない者が生きるためにその身を禁忌魔法に注げ、永遠の命を持って俺たちを守って下さると誓ってくれた。我々は守るべき対象が違うだけで誰かの希望として活動する想いは同じのはず。もし本気の戦争を望むのなら、今頃魔導兵器を使いアルベルト様を力技で取り返していた。各国に手を出さなければ我々のような最底辺の魔法使いや人間は無条件に殺されるか、人権すらなく奴隷として過ごすことになるだろう。男は肉体労働、女は欲望の捌け口として使われるのが九割以上だ。この世はアニメのようにハッピーエンドばかりではない」


「貴方のお話を聞く限りではそうかもしれませんね」


「だから六年かけた。アルベルト様が封印されて四年間。俺は部下を守るために一の犠牲で十を守る選択を取り続けた。今では世界から警戒されるぐらいの力を手に入れた」


「その先になにがあるのですか?」


「アルベルト様や俺が悪の象徴として世界を征服し、世界に革命を起こす。愚かな強者はアルベルト様を頂点とした弱者に従う世界。それが俺の理想郷だ。永年の時を生きるアルベルト様を犠牲なしでとり返すならそれに越したことはない。だがアルテミスがそれを拒むのなら俺は悪を演じる。ただそれだけだ」


 ほんの少しだけ。

 六道がなぜ交渉の場を設けたのか理解できた、小柳は今の話を信じるか信じないは別にして六道の言葉を受け入れる。

 小柳はこれが、六道が示す組織のリーダーとしての覚悟だと思った。

 同時。もう止められないだろうとわかってしまった。

 どちらも世界に対して大きな影響力を持つ者同士の発言。

 後で冗談でした。などは絶対に通じない。

 それを改めて自覚した上で小柳が口を開く。


「悪を演じる? 貴方が今までに数千人の命を捨てているのは把握されていますか?」


「知っているさ。その三割はアルテミスの黒魔法使いに殺されましたがね」


 当然のように、嫌味で対抗する六道。


「ですが、数万の命は助かりました。一つでも多くの命を救う選択をした結果です。俺たちは明日食べる物がなくなれば少量物資で大規模な攻撃作戦を仕掛ける。そして死ぬことで組織に貢献し生き残った強い者を活かす為に限りある資源を回す」


「食料がない、水がない、物資がない、医薬品がない、兵器だって限られている。だけどスラム街や地下街、各国が目も向けないような弱者を救えば救うほどそれらが必要となる。だからある所から生きる為に奪う。だが、それでも足りない。だったらどうするか、生物の食物連鎖のように死を覚悟して己の明日の為に戦うしかない。だがそれも限界が近い」


「と、言いますと?」


「手段を選んでいられなくなってきたわけだ。再度問う。アルテミス総裁小柳千里。アルベルト様の解放と停戦受け入れてくれますね?」


 小柳は席を立ち、頭を下げる。


「申し訳ございません。どちらも受け入れることはできません」


「理由を聞いてもいいですか?」


「アルベルトが作る世界はきっと一部の者たちにとっては人権や命が保護され生きやすいのでしょう。ですが、今より愛のない世界かもしれないと感じました。それは本当に皆が望む世界なのでしょうか? 仮にアシュラの正義を善としてアルテミスの正義を悪としましょう。だとしても、それは世界が抱える根本的な解決になりません。むしろ別の悲しみが生まれると思います。貴方は部下を見るのが少々苦手のようです。部下がこれ以上疲弊すれば、強がりすらできなくなります。そう言った意味では明久君と貴方の正義はどうやら似ているようで違うようです」


「なら、アルテミスなら世界から貧困をなくせると言うのか!」


「無理でしょう。今の私たちでは。でも私が愛した人や私が信頼する仲間とならその未来に少しずつ長い年月をかけて近づいていけると信じています」


「もし死ぬまでに達成できなかったら?」


「簡単です。好きな人と結婚して子供を産む。そしてその子供たちが私たちの想いを継いでくれると信じています。そうすれば必ずゴールにたどり着けます」


「くだらん。そう言って多くの者が未だに達成できていないではないか。現実を見ないと言うならそれも良いだろう。まず見せしめに日本を予定通り鎮める。これは最終警告だ」


「必ず守ります。そして忘れないでください」


「なにを?」


「これは私からの最終警告です。仮に魔導兵器を使えば、私たちは総力を持って世界の敵であるアシュラを潰さなければなりません。ですが、今すぐ手を止めてくれるなら、私たちの力を持って、皆さんの人権をお約束できるかもしれません」


「そうか。では考えるとしよう。返事は魔導兵器の使用を持って返すとする」


「わかりました」


 小柳は静かに部屋を出て行く。

 魔導兵器起動までの残り時間は十二分。

 小柳は心の中で願う。

 六道の考えが変わることを。

 そして最悪の事態も想定する。

 今すぐ六道を力で止めることも検討してみるが、背後から刺さる視線にそれは無理だとわかってしまう。心を除かれないように幾重の精神干渉プロテクトが張り巡らされている。そして脳も同じくプロテクトが厳重で簡単に幻術魔法には掛けられない。そうなると、小柳が強引に動くと同時に六道も前倒しで動くことになるかもしれない。その場合、魔導の海に日本が沈んでしまうかもしれない。そもそもエターナル基地は今動いているのか、その場から動いていないのか、ワープして既に何処かとても遠くの地域に飛んでいるのか、それすらもわからない。そんな状況で魔導兵器を撃たれたら対処の仕様がなくなってしまう。


 だから小柳千里はある未来を選択した。


 その選択は――奇跡。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 部屋を出る前、一度立ち止まって背中越しに語る小柳。


「貴方と東城隊長は何処か似ています。正義感というか何処か争いを避けようとする所とか。それでいて組織を束ねる立場とかも。憧れたのではないですか? そんな感じがしました」


「くだらんな」


「そうですか。では失礼します」


 小柳が部屋を出る。

 一人残った六道は「チッ」と舌打ちした。

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