第47話 理想が甘さとなった瞬間


 ■■■


 小柳と六道が会談中。

 部屋の外で待つ東城に由香里が話かける。

 近くの柱に軽くもたれかかり、リラックス姿の由香里。


「焔。いい船ですね」


「はい」


「ふふっ。そう言えば東城様は人の心を読むことができるのですよね?」


「しようと思えばできますが?」


「では私の心を見てみてください。魔法使ってもらって構いませんよ?」


 東城が由香里の心を除く。

 魔法を使い相手の心理状況を独自に読み解くことは幻術魔法を使うために必要。

 そんな理由で相手の心を読むことは得意分野の東城。

 そして、焦る。

 なぜなら――由香里の心は読めなかった。


「読めないのですか?」


 東城の心を見透かしたように問いかける由香里。


「いえ、できないの間違いでしょう。今の東城様は弱いです。もう一つの心に力を与えたから。そしてもう一つの心は今眠っている。違いますか?」


「…………」


「アッ……」


 手を伸ばし、千沙を止める。

 東城の真剣な眼差しは由香里だけを見ている。


「レノール。上の下程度の心のプロテクトすら解除できない力では六道様を幻術に掛けることはできませんよ?」


「なにが言いたいのですか?」


「本当の黒魔法使いに私は会いたいのです。会わせてはくれませんか?」


 その言葉に――。

 東城明久の時間が止まった。

 千沙の時間も止まった。

 国家公認の魔法使いを除いてはほんの一握りの者しか知らない真実を知っているような口ぶりに背筋がゾッとする。

 それは今の黒魔法使いが偽りであることがバレている可能性を意味していた。

 そうなれば、アルテミスがアシュラに与えられる抑止力と言うのは当然低くなる。

 もっと言えば――既にアルテミスがアシュラに与えている抑止力は東城や小柳が思っていたより弱いことを意味している。

 抑止力が弱くなれば当然攻撃を受けるリスクが高くなる。

 そう考えた東城は一瞬言葉に詰まった。


「会ってどうするのですか?」


「ただ私の願いを叶えて欲しいだけです」


「願いですか? どんな願いなんですか?」


「それは秘密です。ただ男と女のように全ての物事には対となる事情が存在します。片方だけ救うのなら今の東城様でも可能でしょう。ですが、両方救うのならそれでは役不足です」


「…………」


「その沈黙がなにを意味するのか。その答えは既に気付いていますね?」


「…………」


 沈黙を続ける東城に由香里は一瞬千沙の方に視線を向ける。

 その後視線を東城に戻して言う。


「このドレスの意味も考えてもらえると嬉しいです」


 ただのオシャレではなかった。

 そこに意味があるのなら、と東城はこう答える。


「由香里様だけは私たちに敵意を向けていないことなら気付いていますよ」


 会話はそこで終わった。

 三人の沈黙はしばらく続き、部屋の中から小柳が出てきたことで終わりを迎えた。


 小柳は合流と同時に「お見送りは結構です」と由香里に断りを入れて、皆が待つ焔へと戻っていく。


 その背中は偉大で逞しかった。

 言葉ではなく背中で語る小柳に東城は薄々と感じとってしまった。

 それでもまだ迷う東城に千沙が周囲に気を配りながら小声で語り掛ける。


「アンタが今何考えているかなんて知らないけどさ、いい加減私我慢の限界なんだけど?」


「えっ?」


「アンタなにがしたいの? 敵に喧嘩売りたいの? それとも世界平和を実現したいの? 話はそれだけ」


 とげとげしい言葉は東城の弱り切った心に容赦なく突き刺さる。

 千沙は少し気まずそうに頬っぺたを指で触ってチラチラと視線を向ける。


 そんな千沙を見て東城は自分を捨てることを決めた。


 深くて暗い海に沈むように意識を沈め、自分の心を偽りの正義に染める。

 さっきから魔力レーダーに反応がある方向に意識だけを向ける。

 魔力反応や気配を消し近づいて来る何かにそっと見えない刃を向けた。


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