第45話 アルテミスとアシュラの実力差


 ■■■


 東城明久は奇跡を起こす者として知られている。

 国内最年少で国家公認の魔法使い。

 それだけでも凄いが、今では世界で活躍する一人でもある。

 それは天才だからではない。

 決して運がないとは言わない。だが東城明久は他の国家公認の魔法使いと比べて圧倒的に素質の伸びしろが少なかった。

 故に弱い。

 三週間前。


「余興は終わりだ。どうだ俺の下に付く気はないか?」


「正気?」


「お前には道具としての価値がある。それ以上でもそれ以下でもない」


「ふざけるな!」


「そうか。では自害しろ小娘」


 欧州地区の軍事施設から物資を運搬中のこと。

 欧州政府から救援要請を受け、アルテミスが急行した。

 既にアシュラ兵と欧州政府の軍隊が衝突との報告を受けていた。

 状況は均衡していたが後方に妙な魔力反応があると言うことから、アルテミスが前線部隊を片付けてから様子を見てくることになった。

 東城の魔力レーダーでも違和感を辛うじて覚える程度。

 危険性は限りなく少ないと判断し、東城は避難が遅れた一般市民の安全確保のため現地に残ることを選択。そして部下の北条とニ名の部下に偵察を任せた。

 しかしそれが過ちだった。

 北条がその地点に到着すると同時のことだった。

 何者かに無線が遮断され、急に魔力反応が強くなった。


「真奈!」


 殆ど反射的に身体が反応した。

 しかし座標変更(ポジションチェンジ)を使おうと思っても上手く機能しなかった。

 周囲に高魔力の歪みが生まれ、東城の魔力レーダーだけでなく魔法全体に悪影響を及ぼしていたからだ。

 とにかく一秒でも早く駆け付けるため、必死になって走る。

 到着すると、真奈が目から涙を溢し自分で自分の首を切ろうとしていた。

 必死に抵抗しているが、操り人形のように勝手に身体が動いているようだ。

 他の部下は既に大量の血を流して倒れている。

 指を鳴らし、自らの意識に働きかけ強制介入を試みる東城。

 しかし北条は自らの腕に力を入れ、ナイフで首を切り裂いた。

 首から綺麗な鮮血が舞う。

 噴水のように止まる事を知らない、赤い液体が沢山溢れ出ては戦場を赤く染めていく。

 役目を終え捨てられた操り人形のように、膝から崩れ落ちる北条を見て、微笑むアシュラ隊。

 それは。あまりにも残酷で無残な最期を見て楽しむ道化師たち。


「愚かな女だ。俺の配下に加われば……」


 六道の顔から笑みが消え、険しい視線を死体となった北条に向ける。

 それは向けられただけで恐ろしいと感じる怒りを含んだ視線。


「……これは有像幻覚(イメージ・マジック)」


 騙されたことに怒りを覚えた六道は「黒魔法使い」と東城が逃げた方向に目を向けた。

 近づく時は濃い魔力に自身の魔力を隠し、逃げる時はバレても良いと全力で逃げる東城。

 騙されたことに苛立つ六道は居心地が悪くなったのか、部下に撤退の指示を出し、アシュラ隊と共に戦場を後にした。

 逃げる途中、東城は後方に気を配り続けた。

 対面しただけでわかった実力差。五人相手ならまず間違いなく勝ち目はない。この濃い魔力の中難なく魔法が使える時点で六道は強いとわかった。

 それに他の側近五人も実力者だと直感でわかってしまった。

 六人全員が油断していたから幻術に掛けることができた。

 同時に座標変更を使い素早く北条からナイフを奪い気絶させ回収。

 後は有像幻覚(イメージ・マジック)で作り出した分身に部下の回収を任せ逃亡。

 所詮二流の幻術魔法。すぐにバレることは百も承知だった。

 アシュラ隊が追って来ないのは運がいいだけ。東城は自分の無力差を痛感した。相手の気分一つでこうも自分たちの生死が決まってしまうのかと……。

 奥歯を嚙み締める東城はそれでも止まらない。暁で待つ医療班に北条と部下を任せるまではただ一直線に逃げる。今まで積み上げてきた自信がボロボロと音を立てて崩れていく感覚に身体が恐怖し始める。もっと強くならなければいけない。そう心に誓い今は弱者として逃げ続ける。

 そして東城の目から涙がこぼれ落ちる。

 和田明久が北条の姿に泣き、強い悲しみを覚えたからだ。

 感情を抑え、感情を表に出すことを苦手とするように疑似心。

 それが内側にいながら、外にまで影響を与えるほどの悲しみを覚えた。

 その事実に東城は心が痛んだ。そして深層意識に沈んでいく和田明久の心。

 そもそも東城明久は世間から奇跡を起こすように思われているが、それは努力あっての姿で、本来の姿ではない。

 本当は誰よりも弱くて、優しくて、好きな子の側に居たいから、力になりたいから、そんな恋愛感情に素直な男の子。

 それなのに不器用と自覚していながら、誰かが困っていたらすぐ頑張るから虚像の希望になってしまった。

 だから必要だった。

 偽りの心が。

 だけどその心も遂には上手く機能しなくなってしまった。


「あんた大丈夫?」


 千沙は小肘で東城の脇腹を突く。


「えっ? あぁ、うん」


 千沙の問いかけで意識が現実に戻った東城は返事をした。


「ぼっーとしてるように見えたけどなんかあった?」


「なんでもない」


「それならいい。もう到着したよ」


「わかった」


 時刻は十九時ちょうど。

 アルテミスを乗せた、巨大空中戦艦アカツキ型二番艦――焔は禁忌魔法使いテロリスト集団アシュラが本拠地とするエターナル基地に到着する。

 ハッチが開き、小柳を先頭にして東城と千沙が艦隊から降りる。

 他の者たちは緊急事態に備え艦隊内で待機する。

 一部の者は艦隊整備の振りをして周辺の情報収集や敵兵の位置確認など情報収集の役目を担う。


「お待ちしておりました。アルテミス総裁小柳千里」


 金色の髪色をした中年男が爽やか顔で三人を出迎える。

 三十六才と若い身でありながらその実力は確かなもので、過去に何度も各国の国家公認の魔法使いと戦い勝っている。なにより、東城にとっては忘れたくても忘れられない顔の一つでもある。

 そんな六道の後ろにはアシュラ隊の一人由香里がいる。背丈は女性の平均程度で全体的に瘦せている。黒いドレス衣装に身を包んだ彼女は清楚系。ただしどこか近寄りがたい雰囲気を持っている。腰下まで伸びた麗しい黒髪はしっかりと手入れがされていると見て分かる。

 東城は六道ではなく由香里の服装から見て戦闘は避けられるか? と一瞬思ったが、安易な考えはすぐに捨てて周囲を警戒する。北条の時と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないと六道と由香里の言葉や動きに集中する。


「こんばんは。アルテミス総裁小柳千里です。こちらは護衛の方々です」


「そうですか。では参りましょう」


 警戒していなければ気のせいかと思う程の一瞬。

 六道は東城を見た。

 それは軽蔑を含んでいて、見下したような視線でもあった。

 少なくとも東城はそう感じた。

 小柳の訪問は喜ばれても、東城の訪問は喜ばれないらしい。


「ここに来てくれた。と言うことは前向きなお返事を期待していいのですよね?」


 小柳に歩幅を合わせた六道の質問。

 その目は何かを期待しているように見える。

 後ろから見れば、手を取り慣れ慣れしい光景。

 それは明らかに東城を意識して取られている。


「その話は後でしましょう。そのための会談の場があるはずです」


「そうですね」


 そのまま手を引っ張って小柳をエスコートする六道。

 そんな六道にモヤモヤした気持ちを募らせる東城に由香里が口を開く。


「気になりますか?」


「いえ」


「ここでは力が全てです。力がない者は全てを奪われます。愛する人も家族も。求められれば弱者はその身を捧げ生涯その方に尽くさなければなりません」


「世紀末のような考え方ですね」


「ここでは力が正義。そして全てですから」


 その時の由香里の目は何処か悲しそうな目をしていた。

 まるで東城と同じような痛みを今共有しているような感じ。


「貴方には力があります。ですが、私がこの場にいなければそこにいる彼らがそこのお嬢さんの首を今頃切り落としていたでしょう」


 そう言って由香里が向けた視線の先には合鉄、マリア、ベルの三人が敵意を向けていた。三人はアシュラが遺伝子操作を行い生み出した忠実な手下であり子供たち。遺伝子操作は世界で人知非道として認められていないが、強さのために人間を捨てた者たちだ。

 何度も言うように彼ら彼女らに世界のルールは関係ない。

 己の利己的な欲望を叶えることを善とし、力こそが正義だと誇示する集団。

 そのため、過激派が多いのは必然と言える。


「あの時逃げた奴と、殺されかけた女クラスが一人。へっへっへ、ここでやっちまってもいんじゃねぇか?」


 その言葉に千沙の頭に血が上り始める。


「貴方たち、下がりなさい」


「そうだ。今日は客人。俺の許しなしで手を出すことは絶対に許さん!」


 由香里と六道がそれぞれの客人を守るように一歩前に出ると、合鉄が舌を見せて近づいて来る。手には鞘から抜かれた剣を持っている。血に刻まれた本能に従うように、戦いを娯楽と考える狂人。

 東城の顔ギリギリに突きつけられた剣先。

 合鉄が半歩でも前に進めば、東城の左目を貫通するであろう剣。

 それでも東城はビビることなく、冷静にその場に立って相手の動きを見る。


「なら軽い手合わせをさせてください。コイツらが宮殿に入る価値があるかをここで試す。それならいいでしょう?」


「止めなさい。六道様の交渉前に話を破断させるつもりですか?」


「ぐっ……」


 六道だけでなく由香里に対しても何処か一歩引いている所を見るに、由香里より序列が下であるとわかる。後方ではベルとマリアがヘラヘラ笑いこの状況を楽しんでいる。


「なさけなーい。由香里さんに守ってもらわないと、ここに来れない落ちこぼれなんてー」


 マリアの声に東城がやれやれと首を振る。

 東城の過去のトラウマを抉るような言葉に小柳と千沙も僅かに反応する。

 そして合鉄の下半身に力が入る。

 東城が一歩下がると、それに合わせて一歩前に出ることで距離を詰める合鉄。


「油断したな、カスども」


 いち早く危険と判断した千沙が素早く合鉄が持っていた剣を蹴り飛ばす。

 剣は回転しマリアの目の前に落ちる。


「アンタさっき舐めた口聞いてくれたわね。かかってきなさい」


 合鉄ではなく、直接仲間を侮辱したことに怒りを見せる千沙。

 手でかかってこいと挑発する。


「由香里さん」


「なんでしょう?」


「構いませんね?」


「……はい」


 その言葉に由香里が六道にアイコンタクトで確認を取る。


「止めても無駄なら止める気はないが、千沙わかっているな?」


「当然」


「ならいい」


 東城も小柳に最終確認を取り、見守ることにする。

 アシュラ隊の情報は少ない。

 情報が取れるなら少しでも欲しい。

 つまり東城や小柳としては考え方によっては良い流れでもあった。

 それを利用し、千沙の感情までも利用した東城の頭は冷静。

 過去のトラウマを克服したとは言えない。

 だけどこの程度の挑発ではそれを表に出すことはない。

 長年の訓練によって、特に敵の前では出さないようにしている。

 メンタル攻撃も立派な戦術だと東城もまた考えているからだ。

 だから自分にとって都合が悪い戦術ほど何より詳しい。

 故にその対抗策も万全だ。


「合鉄下がってな。どうやら喧嘩相手に選ばれたのは私らしい」


「ふんっ。なら仕方ない」


 合鉄と入れ替わって、マリアが北条に剣を向け近づく。


「私たちは固有魔法を全員が使えることをご存知のはず。固有魔法が使えない彼女では絶対にマリアには勝てません」


 東城は由香里の言葉に返事を返さない。

 マリアの剣に対して、千沙は拳で受けて立つようだ。

 千沙の魔力反応率が上昇し、全身が魔力のオーラに包まれる。

 防御性能に優れているソレは現代版の鎧。

 武士が鎧を着るように千沙も魔力の鎧を着て防御力を高めている。


「いい目をしてるわね。デカい口を叩くだけあるじゃん」


「いつでもどうぞ。ってもアンタの剣が私の肌に触れることができればの話だけど」


「そう? なら試してあげるわ」


 千沙の死角を突き、低空姿勢で一気に間合いを詰めるマリア。

 剣は勢いよく千沙の体を真っ二つに切り裂くように動く。

 それを足裏で受け止めた千沙は剣を足場に大きくジャンプして攻撃に移る。

 足を大きくあげ、かかと落としから始まる攻撃のコンボ。

 鉄と鉄が衝突するような甲高い音が響く。

 千沙の拳は鉄よりも固く重たい一撃を持っている。

 それにビビることなく、攻守自在の剣技を見せるマリアに対して千沙は試すように徐々に攻撃速度を上げていく。

 最小限の動きでマリアの剣を躱す千沙の動体視力は一級品だ。

 そして見てから対処できる運動神経。


「へぇー、その鎧の強度中々ね」


「それはどうも」


「だけど避ける攻撃と避けずに鎧で受ける攻撃。そこに緩急を付ければどの攻撃なら鎧を貫通するかすぐにわかるのよ?」


「もう見切った? ……そんなはずはッ!?」


 そう思い、自分の力を疑った千沙。

 その疑いが命を繋げる幸運に繋がる。

 魔力で作られた鎧をまるでハサミでコピー用紙を切り裂くように軽々と切り裂いた。

 剣はそのまま千沙の首を切る軌道で残像を残したが、警戒し千沙が前もって後退していなければ死んでいた。


「なるほど。魔力を動力に身体能力をあげたわけか」


「ご名答。やってることはアンタとそこまで変わらないわ」


 今までの三倍は速い剣は東城から見たら残像が残る程に早く、千沙の鎧が意味をなさない程に鋭い一撃となっていた。

 油断すればマリアの気まぐれで千沙は死ぬだろう。

 だけどさっきの一撃で気合いが入ったのか千沙の動きにキレが生まれる。


「攻撃を止めた? でもあれでは勝てない。避けるだけで精一杯ってことかしら?」


 由香里の言葉に東城の口角が上がる。

 そして――マリアの基本的な剣術のレベルがわかった。

 東城がそう思ったタイミング。

 まさにそれを待っていたと言わんばかりのタイミングで千沙のカウンターがマリアの心臓を目掛けて一直線に放たれる。

 拳が空を切り裂き、力強く握られた拳が岩も砕く兵器となって向けられる。

 マリアの目つきが鋭くなり、ダメージ覚悟で剣を千沙の頭上から振り下ろす。

 拳が心臓を貫くのが先か剣が脳を切り裂くのが先か、そんな勝負に口を開く者たち。


「「そこまで!」」


 間一髪。

 両者の攻撃が後数ミリの所で止められる。

 東城と由香里の言葉がコンマ一秒でも遅かったら、どちらかが死んでいただろう。

 それくらいギリギリまでお互いが止めなかった。

 東城は由香里が同じく千沙を見ており、自分と同じタイミングで口を挟んだことに危機感を覚える。

 東城が隣を見れば微笑みを見せる由香里がいる。

 アシュラ隊の全員が固有魔法を使えると噂で聞いている。由香里もそう言っていた。

 そして全員がそれを扱う程の実力者であることも知っている。

 なにより三週間前の感覚がそれを真実かもと思わせた。

 そして今日東城は確信した。

 アシュラ隊のメンバーは国家公認の魔法使いと遜色がない者たちで間違いないと。


「良い余興だった。もう十分だ」


「はっ! 六道様」


 頭を下げ、大人しく引き下がるマリア。

 東城はそれほどの男なのだと判断する。

 由香里の時とは打って変わった態度に東城はここにいる全員にバレないように魔力レーダーを薄く広範囲に展開し、警戒心を強める。

 それは針の穴に動きながら糸を通すように慎重かつ丁寧に行われる。

 難しい、ではない。

 東城の考えはそんなに甘くない。

 しなければ殺されるかもしれない、だった。

 その危機感に思わず息を呑み込む。


「では、アルベルト様の宮殿へ参りましょう」


 慣れ慣れしく、小柳の手を取り誘導する六道。

 だけど今はそこに嫉妬する余裕すらない。


「なんであの瞬間止めたの? 私が負けるとでも思った?」


 負けず嫌いな千沙が不服な顔で東城の近くに戻ってくる。

 その足取りはどこか重い。


「行くぞ」


「部下が頑張った割には冷たいですね」


「そう見えましたか?」


「違うのですか?」


「飴を与えるばかりが上の役目ならどれだけ楽だったことかと思います。ですが、部下の成長を願うならそればかりではダメだということです」


「なるほど。もし東城様が私の運命の人だったら……私の人生も変わっていたかもしれません」


「それは残念です」


 宮殿に入ると小柳、東城、千沙は謁見の間へ案内され、そこで交渉が執り行われることとなった。

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