第44話 アルテミスの決断


 ■■■


 午後三時過ぎ。

 二人がホテルに戻ると福岡特別魔法協会から緊急呼び出しを受けた。

 既に魔法特務国防大臣。国家公認の魔法使い統括。エルミス。の三人が座って待っている。

 小柳が統括の前に座る。東城と千沙が小柳の後ろに立つ。

 残りのメンバー東城の指示を受けて後方で待機している。

 部屋中に重苦しい空気が漂っている。

 今から良くないことが起きる前兆のような雰囲気。

 だけどプライベートから仕事スイッチに切り替わった東城と小柳は堂々としている。

 その場の雰囲気に飲まれるようなことはない。

 自分という芯を持った二人の面構えは他のメンバーと格が違う。


「久しぶりだな、東城。元気にしていたか?」


「はい。総裁や後ろにいる部下たちに支えて貰っていますので」


「そうか。お前も成長したのか」


 その言葉に微笑む統括。

 東城は思う。

 統括は美しい容姿を持っている。

 だけど男か女か未だにわからない、と。

 問題は容姿もだが……。

 いつもなにを考えているかがわからないことだ。

 何度会っても、いつもわからない。

 かつて東城が和田明久として生きていけるように手配したのも統括だった。

 そして和田明久として生きてみてはどうか? と助言したのも統括だった。

 東城から見た統括の背中は安心と恐怖が混ざり合っていた。


「挨拶が遅れた。申し訳ない。小柳総裁、東城副総裁、そしてアルテミスの皆よく来てくれた」


「招集令を受ければすぐに参ります。それより今回はどういったご用件でしょうか?」


 小柳の言葉に統括の表情が険しいものに変わる。


「アルテミスに会談要請だ」


「誰からです?」


「アシュラのNo.二にして代理人でもある六道からだ」


 その言葉に全員の息が詰まる。


「内容はアルテミスとの停戦。もしこの会談に応じない場合日本列島を魔導兵器で鎮めるとのことだ」


 魔導兵器。高純度の魔力を含んだ兵器。核兵器のように魔力耐性が低い一般人や動物が呼吸などで体内に取り組んだ場合呼吸困難になって死ぬ。時間経過に合わせて魔法使いの大半も成す術なくして死ぬだろう。魔力は酸素と同じく魔法使いにとっては必要なエネルギー。だけど高純度過ぎれば人が死ぬ毒となる。魔導兵器の使用は各国で禁止されているが、アシュラに取っては関係ない話だろう。彼らは禁忌魔法の使用を世界に認めさせるために活動している。そんな奴らが世界ルールを守るはずはない。


「内容はそれだけではない。福岡特別魔法協会が管理するアルベルト解放についてもだ」


「些かタイミングが悪いですね」


「そうだ。総裁率いるアルテミスと今は六道が率いるアシュラ。最近は交戦が続きお互いに消耗戦となっている。逆を言えば向こうからしてみればアルテミスが一番邪魔というわけだ」


「統括の言われる通りです」


「だけど総力ではアシュラの方が上。向こうがその気になればアルテミスも今頃壊滅危機に陥っていただろう。だが向こうも痛手は追いたくない。どうせ勝つなら被害を最小限にして、最大の利益を得ようと言うわけだな」


 その言葉に小柳が頭を抱える。

 世界規模に展開する集団と三十五名の小規模集団。

 もし一ヶ所に集めて数の力で攻められたらアルテミスに勝ち目はない。

 そんなのは分かっている。


「交渉の席は向こうが本拠地にしているエターナル基地。移動式の人口浮島(メガフロート)だな」


「困りました。それでは逃げ道がありません」


「あぁ。交渉は総裁とだけ行うとのことだ。護衛はアルテミスのメンバーに限るとおまけ付きの条文もあった」


 統括が小柳の前に一通の文章を差し出す。

 小柳はその文章に目を通す。


「東城隊長はこれを見てどう思いますか?」


 小柳の視線が右後方で待機している東城へ向けられる。


「百パーセント罠かと思います」


「ですよね」


「ですが、ダミーシステムで常に保護され、こちらから一切観測ができないエターナル基地。その正体に近づけるチャンスかもしれません」


「わかりました」


 何処にあるのか。

 ダミーシステムで保護されたエターナル基地は特定が今までできなかった。

 高性能な迷彩機能、ジャミング機能、ワープ機能、が備わっていた為である。

 その為、何処かに存在するという情報だけしか今までは分からなかった。

 それもあってアルテミスや多くの国が後手に回っていた。

 エビで鯛を釣るような選択に小柳が重たいため息を見せる。


「愚か者共! なぜ悩む!? これはアシュラを叩く好機でないか!」


 魔法特務国防大臣の大きな声が部屋に響いた。


「アンタ本気で言ってんの!?」


 それに負けじと一歩前に出て、威嚇する千沙。


「千沙!」


 それを見た東城がすぐに腕を引っ張って止める。

 国家公認の魔法使いだけがこの場に置いて落ち着いていた。

 東城が後ろを見れば、千沙に続いて坂本も何かを言いかけていた。

 もし東城が目で牽制しなければ今頃暴言を吐いていただろう。

 視線を前に向ければ統括の横で挙動不審になり始めたエルミス。この場をどう治めるか迷っている。

 既に心に余裕がなく、冷静な判断が出来ていない者たち。

 今まで訪れなかった絶好のチャンスと自分たちの安全だけが優先された言葉。

 それに千沙が怒るのは当然だった。

 だが、喧嘩する時間はない。

 先ほど東城と小柳が見た文章には会談は十九時からとあった。

 もし応じない場合は十九時三十分日本列島が高魔の海に沈む、とも。


「アルテミスが落ちればどの道日本は危険に晒される。選択は慎重に越したことはない」


「統括! これは奴らの本拠地を叩くチャンスだ! この機会を逃せばいつどこから魔導兵器や核兵器が撃ち込まれるか恐怖し続けるんだぞ? 犠牲者だってもっと増える」


「ふむ、ならお前がアルテミスの代表として行くか?」


「き、貴様誰に向かって――」


「忘れるなよ? お前が国の自衛組織を動かせるように我も魔法使いを動かせる。内戦をする暇があるなら受けて立つが?」


「チッ。で、どうするんだ総裁!?」


 交渉時間に追われ、自らの立場に追われ。

 イライラが隠しきれない魔法特務国防大臣の言葉にそれでも悩む小柳。

 メリットとデメリットを天秤に掛けた場合、どうしてもデメリットの方が大きい。

 だけどこの戦いに終止符を討つ一手になるかもしれない。

 考え方によっては、アルベルトを餌にアルテミスがアシュラを襲撃することも可能だろう。


「わかりました。輸送機を用意してください。私一人で行きます」


「千里!」


 異論を唱える東城。


「大丈夫です。私が不在の間、東城隊長がアルテミスの皆を纏めてください」


「無茶だ。幾ら君でも」


 未知なる敵に対して護衛を付けずに行くなど正気の沙汰じゃない。

 小柳が幾ら強くても、アシュラ隊を前にして勝つことは無理だと薄々わかっているからこそ、東城に熱が入った。過去に逃げるしかできなかったからこそ止めようと必死になる東城。そんな東城を見て微笑む小柳。


「私が交渉し時間を稼ぎます。同時にエターナルの情報を掴んで来ます。強襲は情報が集まってからでも遅くはないと思います。命と未来を最優先に動きましょう」


「せめて俺が護衛に」


 その言葉に首を横に振る小柳。

 真剣な表情を見せる。


「ダメです。もし私たち二人になにかあればアルテミスは完全に指揮系統を失います。だから認めることはできません」


 無意識に握られた東城の拳が震える。


「エルミス?」


 二人の話を割るように少し大きな声で統括が聞く。


「なんでしょうか?」


「暁は今どうなっている?」


「改修中です。後一日は掛かるかと思います」


「焔は?」


「いつでも動かすことができます」


 それを聞いた統括は納得ができない東城と納得して欲しいと願う小柳に向かって言う。


「とのことだ。総裁を運ぶ船はこちらで用意する。ただし一人では動かすことができない最新艦だ。それなら副総裁も納得するか?」


「お待ちください!」


 東城ではなく、小柳が反論する。


「待つのは総裁の方ではないか?」


 その言葉に小柳が戸惑う。


「後ろを見ろ」


 統括がアルテミスのメンバーに指を向ける。


「総裁が交渉の余地がないと言えば我は隣にいる魔法特務国防大臣を止めるつもりだった。だが、総裁は自らの意志で交渉を利用することを決めた。そしてそこにいる者たちはそれに付いて行くと自らの意思で決めたのだろう。皆が良い目をしている」


 すると、小柳を見て力強い眼差しを向けて頷く一同。

 今までどんな時も一緒だった。

 一人で戦う(交渉)ことが大変だとわかっているから力になりたいと思える関係こそがアルテミスの強さ。

 それを再認識した小柳は最後に一つだけ確認する。

 総裁としての最終確認だ。


「皆さん。私に力を貸してくれますか?」


 その言葉に鼻で笑う男が居た。

 普段はちゃらんぽらんな奴が真面目な顔で頷く。


「当然。俺たち仲間だろ」


 勢いのある声で坂本が答えた。


「えぇ。私たち学園時代からの仲間じゃない」


 やれやれ、と千沙が答えた。

 北条の仇を取るチャンスをずっと伺っていた。

 だから千沙としては断る理由はない。

 むしろ東城よりも心は熱く燃えている。

 感情的な性格が良くも悪くも作用し、モチベーションも高い。

 敵が強くてもビビっていない。

 その逞しい背中に部下が感化され続く。


「当然です」


「我々も一緒に戦います」


「艦隊のことは私にお任せください」


「艦長と同じ意見です」


 続く返事はどれも力強く安心できる力を持っていた。

 そして皆の視線がある男に向かう。

 皆が待っていた。

 その男の返事を。

 血塗られた一つの戦争に終止符を討つと皆が信じる。

 この人になら命を賭けて付いて行けると。

 アルテミスを支えるもう一人の重要人物。


「明久君……」


 東城はゆっくりと一人一人の顔をよく見てから答える。


「あぁ」


 最後の返事は小柳の覚悟を優しく後押しする力を持っていた。


「統括。では焔を貸して頂けますか? 交渉は私が行います。護衛はアルテミスでいきたいと思います」


 小さく頷く統括は視線を横に向ける。


「よかろう。ではエルミス」


「はい」


「焔に案内頼めるか?」


「承知致しました。では皆さん私に付いてきてください」


 エルミスがゆっくりと席を立ち上がって先導する。

 続いて会議室を出て焔に向かうメンバーたち。

 それを見た統括がとても小さな声で「いい覚悟だ」と驚きの声をあげる。

 熟練者が見れば一目瞭然だった。


(コイツらの雰囲気が急に変わったな……面白いやつらだ)


 実戦を通して培ってきた経験が自信に繋がっていると見抜いた統括は皆が出て行ったのを確認して口を開く。


「総裁は我と交渉内容について話し合うからこの場に残って欲しい」


「わかりました」


 交渉内容はあくまで機密。

 第三者に詳しい内容が漏洩することを防止するため、選ばれた人間だけで会談に合わせ準備を進める。


「副総裁はどうする?」


 統括は問う。

 アルテミスの副総裁であり国家公認の魔法使いでもある東城明久に。


「私も先に戻ります」


「心配か?」


「いえ。失礼します」


 一度頭を下げて、会議室を出ていく東城の背中を見送る三人。

 東城は小柳が自ら交渉すると言ったことを尊重する。

 ならば、とここは引き下がることにした東城。

 焔に行くと館内は暁とよく似ていた。

 だけど坂本と愛理の表情は良くなかった。


「なんだこのチンチクリンなシステムは……」


「先輩こっちは私が修正します」


「任せた。俺はこっちを担当する」


 焔は確かに完成しているのだろうが、エンジニア兼技術者から見たら運用にはほど遠いようだ。


「陽電子砲マジックテンペスト。起動まで四十二秒。システムに無駄があり過ぎるな……愛理メインウエポンもそっちで受け持ってくれ」


「了解」


 正式名称『マジックテンペスト』。それに必要な膨大な電力は焔で理論上用意できる。

 艦隊全域に設置された太陽光発電システムを使えば問題はない。

 ただ東城の目の前に映し出された、巨大ディスプレイにはエネルギーロスが大きく陽電子砲を使用すると推進力や他兵器にまで影響が出る可能性が早速指摘されていた。


「後地球の自転、磁場、重力影響による自動調整の確認と修正もな」


「了解」


「東城悪い。必ず発進までには全ての兵器が使えるように間に合わせる」


「頼む。愛理もお願い」


「任せてください! 暁の後継機なだけあって似たような感じです。これなら十分に間に合います。昨日私にムラムラするからおっぱい揉ませてと言って来た変態が居れば」


 その言葉に顔だけ向けて反論する坂本。


「あぁ!? 別に減るもんじゃないしいいだろ?」


「死ね!!」


 愛理が見せる本気の拒絶にもドヤ顔で「そう照れるなって、可愛いくねぇの」と言える坂本のメンタルは鋼の心だった。

 仲が悪いながら、仕事はしっかりとこなす二人に東城はやれやれと頭が痛くなった。

 いつもの光景を東城は静かに見守る。

 少し遠くでは露骨に不機嫌になる千沙がいる。

 変に気が立ってギスギスするのも問題だが、これはこれで問題だと心の中ではわかっている東城は見てみぬ振りで対応することに決める。今の東城には仲裁に入るだけの気力がない。正確にはこのあとの事がとても心配でそれどころではなかった。

 東城は艦長席の方に視線を向ける。


「大和艦長」


「なんでしょうか?」


「すみませんが後のことはお願いできますか?」


「お任せください。それに大丈夫ですよ。いつも喧嘩こそしてますが、仕事はキッチリする二人です。それに今は騒がしい方が変に緊張するよりいいでしょう」


 何かを察したように東城に言葉を送る大和。

 東城は顔に出ていたかと反省し、少し気分転換をすることにした。


「ですね。私は少し外の空気を吸って来ます」


「わかりました」


 気持ちが沈んだ東城は心の中に意識を向ける。

 外側と内側の両方から来る不安と向き合い、それを払拭するため、東城は大きく深呼吸をした。


 しばらくして――。

 会談が終わり、小柳が焔に到着する。

 それから発進前の最終確認を行う。

 焔の問題点は坂本と愛理の頑張りで無事に解決しており、理論上は戦闘に問題ないことも確認済み。

 それを見聞きした小柳の最終判断を受け、大和の号令と共に巨大空中戦艦アカツキ型二番艦――焔はアシュラが待つエターナル基地へ向かって発進した。


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