第40話 なにを想い、なにを後悔し、なにを求める?


 ■■■


 暁の館内に一人の男が居た。

 目の前にはベッドで眠り三週間目を覚まさない少女が居る。

 電子機器から伸びる線が沢山繋がれた身体。

 機械音が彼女の心音とリンクして安定していることを教えてくれる。

 精神汚染を受けた北条は今も夢の中で戦っている。

 禁忌魔法の一つ。絶対領域。

 六道の領域に入った者は自らの意思に関わらず彼の傀儡となる。

 そして――三週間前戦場で自害を命じられた。

 間一髪、駆け付けた東城が真奈を気絶させることで一命は取り留めた。

 だけど自害する前に受けた傷が酷く、まだ完治していない。

 外傷はある程度良くなってきている。精神汚染を受けた北条の心も徐々に回復しており、後は時間の問題で解決しそうだ。と東城は担当医から先ほど報告を受けていた。


「…………」


 北条が目覚めた時、なんて謝ればいいのか……言葉が出てこない。

 東城は自分を責めた。

 自分の判断一つで部下がこんな風になった。

 その事実に。

 なによりなぜ早期解決を考え、あの時敵を討つことに気を取られ、警戒が疎かになっていたのか。今にして思えば不自然だった。敵は明らかに帰還を考えていなかった。食料や水を含めた携帯物資を一切持っていなかった。あれでは戦闘が長引いたら死ぬ。それがわかっていながら突撃してきたようだった。弱者を餌にアルテミスを釣り仕留める、そんな作戦だった気がすると東城の頭が考える。そうなると敵の罠にハマったと認めるしかない。その結果がコレだ。


「くそっ……」


 奥歯を嚙み締める。自然と握った拳が震える。

 悔しかった。何もかもが悔しかった。

 もう何が悔しいかすら東城自身わからなくなるぐらいに悔しかった。

 その時だった。東城の魔力レーダーに反応があった。

 目から零れ出た涙を袖で拭き、部屋の出入口に視線を向け近づく者を待つ。


「隊長? 大丈夫ですか?」


「愛理? どうしたの?」


「近代化改修に合わせ暁のバックアップを取っていたら隊長がここに入るのが見えました。それでまだ帰られた感じがしませんでしたので顔を出して見ました」


「心配かけてごめんな。でも俺は大丈夫。それよりも真奈の方が大変だから」


 そう言って眠っている北条に視線を向ける東城。

 そこには綺麗な寝顔があった。

 今も眠る寝顔はシンデレラのように美しく、まるで運命の王子様からのキスを待っているような、そんな風にも東城には見えた。

 もしそうなら……。

 それは東城明久が昔作り出したもう一人の自分――和田明久の役目なのかもしれない。

 そんな和田明久の心は最近不安定で表に出てこようとしない。

 ずっと現実から目を背けるように東城の心の中で静かに眠っている。

 和田明久の心は北条真奈の現状を受け入れることができなかった。

 だけどこちらから声を掛ければ反応してくれるだけ状態はまだ良いほうだ。


「部屋には戻らなくていいんですか?」


 隣に立ち、東城の顔を覗き込む愛理。


「あぁ。仕事がまだ残っているからな」


「仕事ってそんなに大切ですか?」


 愛理は北条を見て、寂しげな声で質問する。

 彼女は艦内のメインシステムを一人で管理するなどエンジニアとしてかなり優秀だ。

 普段はしっかり者で落ち着いている。

 そんな彼女は東城明久に憧れてアルテミスに入った。

 普段は兄のように慕ってくれている愛理だったが、今はどこか雰囲気が違う。

 そんな愛理に東城が答える。


「大事だな。俺の判断一つで多くの生死が決まる。それに部下の命も預かっているからな」


「私真奈さんのこと大好きなんです」


「知ってるよ。俺から見れば仲の良い姉妹って感じだからな」


「隊長の部下は真奈さんだけですか?」


「どういう意味だ?」


「そんな疲れ切った顔を見せられたら私たちなんて声を掛ければいいんですか? もう少しだけ私たちを頼るってことをしてくれてもいいと思います。私たちって一方的に与えられる存在なんですか? 違いますよね? 隊長を支えるのが私たちの役目でもあるんですよね?」


「んっ?」


「兄のように慕っているからこそ私にはわかります。今の隊長は無理をされていると。このままだと潰れちゃうんじゃないかって心配です」


 その言葉を聞いて、小さく頷く東城がそこに居た。

 表には出さないようにしていた疲れ。

 それを愛理に見抜かれた事実に東城は思った。

 過去に心が潰れた時もこんな風に一人気張って潰れた。

 そんな経験から今なら止めようとしてくれている人の気持ちが痛いほどわかる。

 だから。もう一度最初から考えてみる。

 目の前の部下ばかりを大切にして、周りにいる部下がちゃんと見えていなかったんじゃないかって。

 気づけば視野が狭まっていたんじゃないかって。

 不安は双方の信頼関係に影響する。

 仲間で動くからこそ今の愛理の言葉は無視してはダメだと東城は考えを改める。


「そうかもしれないな……。今日は帰ることにする」


 その言葉に胸に手を当て、一安心の姿を見せる愛理。

 本気で東城のことを心配していたらしい。


「わかりました。それと隊長?」


「なんだ?」


「真奈さんのこともっと信じてあげてください。私が知ってる真奈さんは強いです。それにあの日から治療中の方々は誰か一人でも隊長を責めましたか?」


 愛理の言葉に東城は首を横に振る。


「そんな顔ばかり見せられると、私たちも正直困ります。黒魔法使い(ブラック・マジシャン)は『奇跡を起こす偉大なマジック魔法使い』ってのが、私の知ってる東城隊長です。既に奇跡は起きてるんです」


「どうしてそう思うんだ?」


「各国の国家公認の魔法使いでも苦戦するアシュラ隊。そのアシュラ隊と遭遇して死者〇人で帰還。そんな奇跡が過去にありましたか? 少なくともアシュラ隊全員と遭遇しての生還は初です。だから隊長のことを私たちだけじゃなくて世界も認めたんだと思います。だから隊長の部下である私を含めた誰もが責めないんです」


 愛理が一度小さく深呼吸をする。

 真っ直ぐ向けられた黒い瞳の中で首を傾ける東城に微笑んで言う。


「既に隊長の役目は終わっています。後は担当医に任せてみませんか? 私たちにはそれぞれの役割があります。真奈さんと担当医の二人を信じれると言うなら、もう必要以上に自分を責めないでください」


「でも……」


「隊長が万能の神様と言うならそれでもいいですよ? でも違いますよね。少なくとも私が知ってるお兄ちゃん(隊長)は人間です。欠点があるから人は支え合い、一部の人とは愛し合うんです。もう一度聞きますね。私たちを百パーセントでは信じれませんか?」


 東城は納得した。

 自分一人で全部抱え込もうとしていたことに。

 東城は神様ではない。

 かといって小柳のように一つの才を磨きオンリーワンの強さを持っているわけではない。

 なにより東城は知っている。

 自分が愚かで弱いことを。

 なにより無力であることを。

 だからいつも隠そうとした。

 その弱みを。

 そして過去潰れた。

 だったら今の答えは一つしかない。


「そうだな。悪かった。もっと自分の部下全員を信じて見ることに今決めた」


 口にすると不思議でとても心が軽くなった。

 そうだ。失敗は必ずある。

 だから失敗してからどうするか学べばいい。

 それを次に活かせばいい。

 それを教えてくれた愛理に東城は心の中で感謝する。

 お礼は北条が目覚めてからする。

 深い理由はない。

 ただ愛理がそうして欲しいように見えたから、そうするだけ。

 言葉を使わない信頼関係とでも言うのだろうか。

 たしかにこれは難しい。と東城は学んだ。


「はい!」


 元気な声で返事をした愛理はチラッと真奈の方を向いて。


「らしいですよ、お姉ちゃん」


 と、呟いて視線を東城に戻す。


「では、一緒にホテルまで行きませんか? 十八歳の女の子一人の夜道は危ないですし」


「そうだな。ホテルまで送るよ」


「ありがとうございます。では行きましょう」


 持ってきたノートパソコンを手に持ち病室を出る前、「お休み、真奈」と声を掛ける。

 そのまま愛理と一緒に東城は福岡特別魔法協会が用意したホテルまで夜道を歩いた。

 夜の風がどこか心地よくて新鮮だった。

 昼間とは違う感覚に張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩んだ気がした。

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