第一章 交渉
第38話 会談
戦場に安全が確保できたタイミングで暁が高度を落とし海面に着陸する。
そのまま徐行し港に艦隊を付ける。
「ご苦労様です。アルテミスで暁の艦長をしている大和です。搭乗員三十五名の上陸並びに滞在許可をお願いします」
大和が敬礼し、搭乗員がそれに続く。
「お疲れ様です。私は福岡特別魔法協会で協会長をしているロネス・ジ・エルミスと言う者です。皆さんの上陸と滞在を認めます」
敬礼し深々と頭を下げるエルミス。
三名の護衛を引き連れている。
「ところで大和艦長。アルテミス総裁の小柳様はどちらにおられるのですか?」
「総裁は今別件で忙しく、落ち着いたら降りて来られると思います。戦闘員の者たちも落ち着き次第こちらに合流予定となっています」
「そうですか。わかりました。では先に皆様をご案内すると致しましょう」
エルミスは大和たちを先導するため歩き始める。
途中視線を横に向ければ、海から飛んできた砲弾が街の一部を破壊していた。
瓦礫となった建物の下敷きになった一般市民。
別の所では建物が火に包まれ、今も消火作業が進められている。
スーツ姿で身なりを整えた老人の背中は僅かに怯えていた。
「補給は勿論。部下に指示して近代化改修もさせますので、しばらくはこちらでゆっくりとされてください」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが近代化改修とは?」
「大和艦長でしたら噂に聞いていると思いますが、巨大空中戦艦アカツキ型二番艦――焔が先日完成しました。その予備部品がありますので、暁にそちらを装備させ強化させていただきます」
「お待ちください。そんなことをしたら焔が損傷した際はどうするのですか?」
「それはあなた方が一番ご存知のはずだ。どれだけ優秀な船があってもそれを扱える者がいなければただの宝の持ち腐れというものです。焔はけん制が出来ても戦いでは力を発揮しないのです」
どこか悲しげに背中で語るエルミスに大和はかける言葉が思いつかなかった。
各国や武装集団アシュラのようなテロリストに対するけん制として作られた最新艦隊。
だが性能が高すぎる為、それを百パーセントの力で引き出すことができるオペレーターが国内には居なかった。
育成の不十分は国力低下に劣る。
しかし教える者がいなければそもそも話にならない。
人間の進化より文明の進化が加速してしまった。
惜しくも技術者が平和を願い生み出した秘密兵器は高性能過ぎた。
そんな噂を耳にしたことがある大和はお礼の言葉を送ることにした。
「……ご配慮感謝致します」
エルミスは大和たちを港に建設された福岡特別魔法協会が保有するホテルに案内した。
■■■
福岡特別魔法協会に小柳千里が訪問する。
入口を抜けると見ただけで高そうな装飾品が壁際に飾られている。
建物全体の雰囲気は落ち着いている。
視線を上げると吹き抜けがあって、大きなシャンデリアがぶら下がっている。
外の世界とは違い、平和と富に飾られた空間がそこにはあった。
それでいて建物の中は厳重な警備体制によって守られている。
すると、奥の方からエルミスが笑顔で出迎えてくれる。
「お待ちしておりました。さぁこちらへ」
小柳は会釈をして少し後ろを歩き付いて行く。
「長旅ご苦労様です」
ロビーから伸びる長い廊下。
廊下の一部がガラス張りになっており、手入れがされた庭が見える。
日本庭園を縮小したような庭は落ち着きがあって風情を感じさせ心がホッと落ち着く。
最近は戦争が激しくなっている。
それに合わせて各国との重鎮たちとやり取りをしていただけに中々休むことができなかった小柳の心は特に疲れていた。
気を休めたくても休められない、そんな日常でもあった。
「ありがとうございます」
それらを全て隠した疲れの見えない笑顔にエルミスが微笑む。
常に余裕を感じさせる小柳にエルミス自身安心したのだろう。
「早速ですが、最近禁忌魔法使い集団アシュラが世界各国で活発化しているのはご存知でしょうか?」
だが、小柳がホッとするのも一瞬だった。
すぐに気を張る仕事の話になる。
立場上、責任が重く心が疲れやすい。
それでも今は学園時代とは違い、側で支えてくれる人がいる。
だから頑張れるし、頑張らないといけない。
脳裏に存在する彼に力を貰い小柳は仕事モードで対応する。
「はい。アルテミスにも世界各国から救援依頼が来ていますが、残念ながら対応できる数に限度があり申し訳ないと感じております」
「そうでしたか。各国の内政事情がある以上、簡単に協力して共通の敵を討つができません。利権や思惑が絡むと大変でしょう」
「ですが、私たちは必ず平和が訪れると信じています。そのためにアルテミスは今後も世界を飛び回るつもりです」
「私共もいつか平和な日が来ることを願う気持ちは同じです。今後も協力し友好的な関係を築ければと思います」
小柳が案内された部屋は会議室だった。
既に六人が座って待っていた。
百人は余裕で入るような大きな部屋に長方形の長机が一つ。
その周りに配置された会議用の椅子が二十席。
小柳は六人を正面した真ん中の席に座る。
案内が終わったエルミスは小柳の隣に座った。
「お待たせ致しました。こちらアルテミスの総裁小柳千里様でございます」
「初めまして。ご紹介に預かりました小柳千里です。皆様のご活躍は日々部下を通して聞いております」
小柳が頭を下げて挨拶をした。
小柳から見て左から魔法特務国防大臣。日本魔法協会会長。日本魔法組合会長。国家公認の魔法使い統括。西日本統括魔法管理局長。東日本統括魔法管理局長が座っている。
小柳から見れば全員が全員大きな裁量権を持つ相手だ。
呼ばれれば無理に時間を作ってでも直接会わなければならない相手でもある。
そんな相手を前に心の中でため息をつく。
「予定より十分遅刻だ。と言いたいが急に呼んだ私たちにも非がある。気にしないでいい」
魔法特務国防大臣の言葉にもう一度頭を下げる小柳。
「お気遣いいただき感謝致します」
そして再び魔法特務国防大臣の口が開く。
雰囲気から察するに重たい話であることは薄々気付いている小柳。
だけどここで逃げる訳にはいかないと自分を鼓舞する。
そして真っ直ぐな視線を向けて毅然とした態度で応じる。
「早速ではあるが小柳総裁。此度の件で幾つか聞きたいことがある。いいかな?」
「なんでしょう?」
「東城隊長率いるアルテミス戦略攻撃隊。彼らはアシュラ兵が乗った艦隊撃沈後、逃亡する者たちを見逃したと報告が来ている。なぜ見逃した? 我が国にとどまらず奴らを野放しにすればどうなるか君にもわかっているはずだ!」
最後は鋭い目つきで威嚇するように言葉を放った魔法特務国防大臣。
「東城隊長の判断にご不満がある、そう聞こえますが?」
「そう聞こえなかったかね? これは彼が安易に敵を見逃し、我が国を再び危険に晒したとも捉えることができる」
「失礼ですが、東城隊長の判断は正解だったと思います」
「なぜそう思う?」
その言葉に小柳は三週間前の出来事を思い出して。
そして東城明久がどういった気持ちでこの決断をしたのかを考えて。
慎重かつ冷静に言葉を続ける。
真っ直ぐな瞳で静かな声。
だけど力強い声で告げる。
「三週間前。アルテミスは欧州政府から救援要請を受け出動しました。その時北条隊員がアシュラ隊と接触。戦闘中に重傷を負い今も治療中です。経緯は既に報告書で皆様に提出しているので省きますが、東城隊長はあの場で同じ過ちを繰り返すリスクを回避したのだと思います」
「逃げた者たちが再び攻撃して来たらアルテミスがすぐに駆け付けてくれるとでも?」
「それは無理です。お言葉ですが、私たちにも限界があります。その為の自衛組織が本国にはあるはずです」
魔法特務国防大臣の言葉が詰まる。
どうやら自国の防衛能力だけでは不十分だと自覚しているのだろう。
国内全域を護れる戦(兵)力は存在しない。
今の詰まりがソレを間接的に証明する。
なにより人が反論に使われて最も困る論は正論。
口では否定しても頭ではそれが正しいと理解しているから困るわけだ。
最新の報告書を見ながら、今度は国家公認の魔法使い統括が小柳に質問する。
「では聞くが、東城隊長はなんのために戦場に立ったのだ?」
「本国を守るためです」
「あぁ、そうだ。だが実際に敵を見逃し一般人が乗った船が襲われ逃走に使われた。残念なことに乗員六名は殺された。これは東城隊長があの場で敵を見逃していなければ起きなかったのではないか?」
「部下を危険に晒し、夜の海に潜むかもしれないアシュラ隊と遭遇しこちらが全滅しては本末転倒です。それに救援依頼を受けてすぐに駆け付けたため、こちらは情報不足の中対応していました。リスクを余計に取ることはできません」
責任のなすりつけ合いである。
報道は既に本国の防衛能力に問題があったと独自に解析している。
世界規模のテロリスト相手では自衛能力が乏しい。
だから政府はアルテミスに救援依頼を出した。
そしてアルテミスが戦場に駆け付けたことで被害が最小限に済んだと見解を述べていた。
国としてはアルテミスに責任をなすりつけ事を穏便に済ませたいのだろう。
だけど総裁として……。
小柳はソレを受け入れることはできない。
それをしてしまえば東城たちの努力が報われない。
魔法使いは道具じゃない。
命ある人間。
だから無謀な無茶は絶対にできない。
戦場で無謀を勇気と勘違いしている者はすぐに死ぬ。
それは数千年の人類歴史が証明している。
小柳は悔しかった。
愛する者たちがただの道具のように扱われることが。
だが、熱くなってはダメだと自分に言い聞かせ心は熱く頭は冷静に対応する。
「常にあらゆる危険を予測し最善の手を討てない隊長など隊長ではない! だから一般人が死んだのだ!」
「避難警報が出ていたのにも関わらずあの場に一般人がいるとは普通考えません。それに戦場から距離もありました。魔力レーダーの範囲外です」
「そんなことは……こちらもわかっておる!」
「なら何故に無茶を言われるのですか?」
「総裁もわかっているだろう。東城がなんて世間が呼ばれているか」
「黒魔法使い(ブラック・マジシャン)」
「そうだ。総裁のように幻術魔法を固有魔法レベルで扱えるわけでもない。かと言って座標変更の魔法を固有魔法レベルで使えるわけでもない。なのに、唯一二流の魔法を掛け合わせた偽りの固有魔法だけで国家公認の魔法使いになった男。その男の活躍はたしかに素晴らしい。それは百も承知だ。だからこそ問題なのだ」
「と、言いますと?」
「人は愚かだ。だから過剰評価してしまう。アルテミスなら奇跡を起こすのではないか? とな」
その言葉に小柳は過去東城明久の心が死んだ日のことを思い出した。
十年以上前最年少で国家公認の魔法使いになった天才魔法使い。
だがその少年は周りの期待に応えようとして潰れた。
期待に応えれば応えるほど、身内や世間の期待のハードルが高くなり、その重圧に押しつぶされて心の殻に閉じこもった。そして作りあげた。疑似心――和田明久を。それを自分の分身として作りあげ、一時期心の奥底で療養していた東城明久の過去。
それは世間には周知されず、極秘事項として当時扱われ今でも知る者は少ない真実。
「まさか統括は全ての民を守れと言いたいのですか?」
「少なくとも世間はそう思い始めているぞ? アルテミスならそれができると」
「御冗談を。それは不可能です。幾ら東城隊長が優秀でもそんな神のような真似事は絶対にできません」
「ならばどうする?」
試すような眼差し。
それでいて『できない』とは言わせない力強い視線に小柳の言葉が詰まった。
「……この件については少しお時間を下さい。何かしらの形で対応致します」
重く苦しい空気の中、統括の険しい顔に一瞬微笑みが生まれた。
「良かろう。成長したな総裁。俺からの質問は以上だ、期待している」
「嬉しきお言葉ありがとうございます」
それ以降も続く質疑応答。
しばらくして終わりが見えなかった質疑応答に終わりの時が来る。
既に小柳の疲れはピークに達していた。
だけど小柳にはやるべきことがあった。
アルテミスに対する更なる支援要請である。
日に日に激化する戦闘に医薬品が足りてない。
このままではいつか戦闘に負けてしまう。
そこで小柳は交渉に入った。
そして数時間に及ぶ話を持って無事交渉は可決される。
最後に幾つか向こうからも検討を持ち掛けられたが、会談は終わりを迎えた。
小柳が福岡特別魔法協会を出る。
気づけば太陽ではなく月明かりが空を照らしていた。
見送りは結構と伝えて小柳は一人用意されたホテルへと向かった。
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