エピローグ

第36話 エピローグ(終)


 聖夜の魔法が終わり、特別休暇後の登校日。


 小柳千里は学園長室に呼び出された。

 五十代後半の女性は長い髪を後ろで纏めてスーツ姿で小柳を出迎えた。


「呼ばれた理由は察しが付いていると思うから、単刀直入に聞くよ。先輩役がいらない理由はなんだい?」


 学園長は機密事項と書かれたファイルに挟まれた書類と小柳をチラチラと見る。既に承認のハンコが押された書類には先輩役の依頼解除と見出しに書かれていた。


「彼以上に私を守ってくれる人が見つかりました。それだけです」


「その相手は?」


「東城明久君です」


「なるほど。でも東城明久は和田明久と言う名前で結局の所北条真奈と付き合ってるんじゃないかい?」


 学園長の嫌味にも聞こえる言葉に小柳はクスッと笑って答える。


「そうですね」


「なら先輩役は居た方がいいんじゃないのかい?」


「いいえ。多分、あの日幻想世界(イリュージョン・ワールド)で見た世界が私と北条さんと学園長で違う気がしているんです。ちなみにどんな光景を見られましたか?」


「若き少年少女が入学し成長していく姿さ」


 学園長は親が子供見守るようなどこか微笑ましい顔を見せる。


「やっぱり。あの日は圧倒的に色々凄くて気付かなかったんですけど、昨日想い出に入り浸っててふとっ思ったんです。北条さんと私が同じ光景見てないんじゃないかって」


「どういうことだい?」


 学園長が首を傾ける。

 その表情はどこか柔らかい。


「幻想世界は大幻想世界(ファントム・オブ・ワールド)の下位互換魔法なのはご存知でしょうか?」


「当然さ」


「よく思い返してみると、あの時私が見ていた世界には私しかいませんでした。つまりあの世界は私だけに作られたということです。精通している魔法だからそう確信出来ました」


 小柳が言いきる。


「なるほど。でもなんでそんな面倒なことを」


「東城明久君は気付いたんじゃないですかね。北条真奈さんが本当に好きな相手は私と別れてから今日までの和田明久君。そして私が好きになったのは東城明久君ってことです」


「つまり同じ人間を好きになったってことだろ?」


「そうとも言えますしそうとも言えません。そして東城明久君にも同じことが恐らく言えます」


「もう少し詳しく聞いてもいいかい?」


 学園長の手元には既に承認済みの書類。

 つまり学園長は学園長で小柳を試しているのだろう。


「そうですね。私のお話からしますと、私は和田明久君のことも好きです。でもやっぱり心が最も魅かれるのは東城明久君として彼が接してくれる時です」


「面白い考え方だね」


「次に北条さん。彼女は東城明久君のことも好きです。でもやっぱり心が最も魅かれるのは和田明久君だと思います」


「それで?」


「つまり私たちはいずれ片方が遅かれ早かれ失恋します。人格ならともかく二つの心が同じ器に宿り続けることはない、と言うのが私の見解です。私が心を読んだ時も明久君の中には一つの心しかありませんでした。恐らく明久君はスイッチみたいなのを心に持っていてそれを切り替えることで東城明久に戻れるのだと思います」


「その仮説が合っていたとしてどうしてどちらかが消滅すると言いきれる」


「そもそも和田明久とは東城明久が現実逃避し生きる為に形成した攻撃的な疑似人格、正確には疑似心と言えるのではないでしょうか。当然東城明久が完全復活すれば和田明久の心は要らない。と言う結論になります」


「そういうことかい」


「だから私たち二人共付き合うことになりました」


「東城はアンタと結局付き合ったってことかい?」


「はい。私は東城明久君とそして北条さんは和田明久君と付き合い始めました」


「はぁ!?」


 学園長が驚きの声を上げる。


「好きになった相手(心)が違う。たまたま同じ体だっただけです。私はそんな恋愛があってもいいと思います。そもそもよーく考えるとですね、東城明久君が好きな私って、東城明久君のことも良く知っていますし、和田明久君のこともこの学園に来て知っているんです」


「だからなんだってんだい?」


「つまり私はどちらも愛しているんです。そして北条さん。彼女はメインヒロインなのかもしれません。だけどメインヒロインの彼女は和田明久君のメインヒロインにはなれても東城明久君のメインヒロインにはなれないです。だって初恋はそう簡単に忘れられない蜜の味ですから♪」


「まるで自分は裏のメインヒロインとても言いたいわけかい?」


「はい☆」


 満面の笑みで応える小柳に迷いはない。


「なら最後にもう一つアンタの見解を聞かせて貰おうかね」


「なんでしょう」


「どうして東城明久はアンタと北条で揺れ動いて迷ったんだい。それとなんで東城明久として魔法が使えたのか。それについてはどう考えているんだい」


「揺れ動いていたのは和田明久という心に東城明久の心が混ざっていたからだと思います。和田明久君は北条真奈さん、東城明久君は私を一番好きだった。だから油と水が混ざるように普段混ざるはずのない存在が混ざり優柔不断な心になったのだと思います。まぁ元から優柔不断でしたが、それが酷くなったと言う方が正しいかもしれません」


「なるほど。それで魔法についてはどう考える?」


「そもそも魔法とは心と密接に関わっています」


「そうさね」


「つまり本来一つしかない魔力源と魔力回路心を同時に二人で使おうとすればそれはエラーが出て当然です。だから東城明久君の時は魔力供給安定率九十パーセントクラスであの日維持できたのでしょう。逆に和田明久君の時は東城明久君の心も混ざって不安定だったんだと思います。それでも発動が断続的にできたのはきっと東城明久君の意思が和田明久君に一歩譲っていたから……かもしれませんね」


「なるほど。そこまで自分で答えが出てるなら認めようじゃないか。悪いけどこの学園には二人も国家公認の魔法使いで魔法が使えない、なんて人物を保護する余裕はないんだ。それを条件にアンタの入学を特例で受け入れたんだ」


「わかっています」


「はぁ~、それにしてもアンタ本当に東城のこと好きだね。その様子だと昨日ずっと一日考えてたんじゃないのかい?」


「好きな人の事を考えているとあっという間に時間が過ぎますよね♪」


 その言葉に学園長は「……バカだね」と答えた。



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