第35話 聖夜の魔法が送る初恋 9



 間奏が終わると同時に全ての魔力を解放する和田は安定出力九十パーセント越えを維持する。そこまでくると次元が違うと多くの者が肌でそれを感じ取ることができる。

 和田が一輪のバラを空に投げると夜空に消える。指を鳴らすと、それを合図に消えたバラが不思議なことに女子生徒の心臓から飛び出してくる。色は赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫、黒の八色。


「えっ? なにこれ?」


「わぁ~綺麗」


 女子生徒の期待が高まり、男子が彼女を取られないか心配を始める。

 千五百人を対象にした魔法などそう長くはできない。

 だが、それを一切悟らせない男は手をあげて指を鳴らす。


 赤色の花火が一斉にあがり、夜空を照らす。

 すると赤色のバラが女子生徒の胸から消える。

 花火の色とバラの色がリンクしていのだ。


 二十秒おきに指を鳴らす。

 オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫の順に花火と一緒に消えていくバラ。


「あー、消えちゃった」


「えー、くれないの?」


 あまりにも綺麗なバラだったため惜しむ声が聞こえてくる。


「今のバラは皆さんの心を表した物です」


 音楽のイントロに合わせて語り始める和田。


「私の魔力レーダーを使って赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫の七色の順で私に対する好意ごとに色分けしてみました。どうでしたか? 私に好意を抱いている方程長く楽しめたのではないでしょうか?」


 その言葉に多くの女子生徒が勘違いを始める。

 私今ときめいていたのかな? と。

 本当はこの人のこと好きかも、と。

 揺れ動き始めた心はもう誰にも止められない。


『真実の愛は消えない 証明してみせてよ~』


 空気が塗替えられる。

 それは気のせいなどではない。瞬間魔力安定率九十五パーセントの空気感だ。


「す、すごい……」


「き、綺麗……」


 和田の背中に大きな蝶の羽が生える。


『ちょっと臆病な君 隠した物を見せてよ その心の中』


「どうなってんだ?」


「はっ、うそだろ?」


 残像じゃない実態が三人。

 全てが和田。どれも本物。

 東城明久の魔法は一流だ。

 そこにあげは蝶の歌と踊りが組み合わさることでさらに高揚感と好奇心を刺激する。

 だが、そうじゃない。

 東城明久の魔法はマジックでもある。


 二人の和田はそれぞれ北条と小柳をお姫様抱っこして告白の舞台(特設ステージ)に誘う。

 案内役の和田は役目を終え夜の世界に消えると、残った和田が羽を広げ二人の後方上空にやって来る。


「黒いバラのお二人は何者にも染まらない特別なバラを手に入れました」


 聖夜の魔法という特別な日の夜にお姫様抱っこされた。

 それだけでも女子の中では特別な経験かもしれないが、相手の期待を上回ってこそマジシャン。


「さぁ、幻想世界(イリュージョン・ワールド)へようこそお姫様」


 指を鳴らす。

 すると、風景が侵食され別世界へと生まれ変わる。

 既に大衆の心を感動したと言ったシンプルな物に変えた和田だからできた。

 小柳が扱う固有魔法『大幻想世界(ファントム・オブ・ワールド)』を縮小した世界。

 北条だけに見せる、今の気持ちと北条と過ごした想い出の日々が詰まった世界。

 小柳だけに見せる、小柳と過ごした初恋の想い出が詰まった世界。

 大衆に見せる、先生たちの記憶をもとにした入学式から今日までの世界。

 北条と小柳に見せる世界にはぎっしりと想い出が詰まっていた。そして大好きだって気持ちも沢山詰まっていた。


 ――そして、全員がわかってしまった。


 目の前にいる和田が本物の東城明久だって。

 相手の心に響くには――どうしたらいい?

 その答えがコレ――想い出だった。


「あき……こんなにもわたしのこと……」


 ステージ上で北条は膝を折って女の子座りのまま泣き始める。

 和田の当時伝え切れなかった心の声が魔法文字として映し出される。

 そして和田の気持ちを知った北条は何度も頷く。


「明久君なんで私のことばっかり優先したのよ……潰れたら意味ないじゃん……」


 口元を手で覆い、大粒の涙を溢す小柳。

 魔法文字が真実を教えてくれる。

 何度も謝る小柳。隠しきれない後悔の数々。


 音楽が終盤になりメロディーだけになる。


「お姫様に泣き顔は似合いませんよ」


 和田が指を鳴らす。


「最後は私からのプレゼントです」


 メロディーが終わり、一斉に打ち上げられる花火。

 感動とサプライズに包まれた和田のマジックショーが終わりを迎える。

 綺麗な花火を見ていると北条と小柳の目の前に赤い宝箱が落ちてくる。

 それを二人が受け取ると和田は二人の前から姿を消した。


 そして、最後に『Next 告白Time』と花火文字が夜空を照らした。


『これにて、【黒魔法】(ブラック・マジック)は終了となります。それでは国家公認の魔法使い『黒魔法使い』(ブラック・マジシャン)の告白タイムとなります』


 坂本が司会進行役の人にバトンタッチをして舞台裏に消える。

 全員の中で和田明久に対するイメージが変わった。

 口が悪くて、人付き合いが悪くて、近寄りがたい。それに勉強もダメ、魔法もダメ、と言った学園の底辺から、スゲー奴、憧れる奴、カッコイイ奴になった。

 今なら二人と対等な立ち位置で向き合うことができる。


「待ってーーー! 私に告白して!!」


 圧倒的な演技力に魅せられた女子生徒の声が聞こえる。

 たった十分足らずで人々の意識を変えてしまった和田が再び華麗に登場して舞台に立つ。


 和田は息切れを忘れるぐらいに集中していた。


「北条真奈さん」


「は、はい」


 緊張して北条の体が強張る。

 ここまで頑張れたのは誰の為でもない。辛い時期から今日までずっと側に北条が居てくれたからだ。言葉だけでは足りないと思った。努力しないと隣に立つに相応しい存在になれないと思い死に物狂いで頑張って。体にムチを打って、過去と向き合って、現実と向き合った。

 和田は過去の経験から結果を出してこそ、言葉に重みが宿ることを知っている。


「好きです。本物の恋人に――」


「な、なります! よ、よろしくお願いします」


 緊張のあまり、最後まで聞かないで同意してしまう北条の顔は真っ赤だった。

 北条はこうなることを知っていた。

 さっき和田が見せた幻想世界で今の気持ちを伝えていたから。

 既に全て……知っている。

 多くの生徒たちが見守る視線につい北条の目が泳いでしまう。


「落ち着け。お前が欲しかった答えはもう手に入ったんだから」


 和田がぽんぽんと頭を撫でてあげると、少しだけ周りが見えるようになる北条。


「あっ……そ、そうだね。これからもよろしくねあき♪」


「あぁ」


 振り返って作り笑顔が素敵な小柳に体を向ける和田。

 今にも言葉によっては泣き出しそうな小柳。

 だけど送る言葉は最初から決まっている。

 約束したから――ヒロインにするって。

 それは和田明久じゃ叶えられない儚い夢物語だった。

 だけど今は違う。

 今、という期間限定においてなら奇跡を起こしてこそマジシャンだ。

 再び和田がパチンッと指を鳴らすと、もう一人の和田が登場する。


「小柳千里さん」


「はい……なんでしょう」


 ゴクリ、と小柳が唾を飲みこむ。

 もう後には引けない。

 ここまで小柳のためにも頑張った。

 後は今の想いを誠実に伝えるだけ。

 後から登場した和田はゆっくりと近づいて語りかける。


「千里が好きだった男はさっきここに居たか?」


「う、うん。居たよ」


「その男は千里から見てどうだった?」


「……かがやいていたかな?」


「最後は千里の番だったな」


「うん?」


「好きな人がいるんだろ? その人は俺が思うに今だからこそ胸を張って言える物凄くカッコいい奴だと思う。多分誰もがお似合いだって認めるしかないぐらいに。だったら世間の目も関係ないさ、そいつなら絶対に千里を裏切らないし守ってくれる。違うか?」


「なんだ……。気づいてたんだ」


「だって……それ嘘の涙だよな?」


「えへへ~。合格♪ 私の幻術魔法に気づくなんて流石私の元彼だね☆」


「当然だろ。それに俺はあいつ等の愛も応援するし、俺にもまだチャンスがあるならこれからも愛し続けるさ。それが俺の初恋だ。永遠の愛を君に……なんてな」


 和田はもう一人の自分と北条が抱き合う姿を見て微笑む。


「奇遇だね、実は私の初恋もまだ続いてるんだ♪」


「それは楽しみだ! おっと……それより約束通り、皆が見てるぞ、最後の勇者誕生の瞬間!」


「だね!」


 小柳は満面の笑みを見せると、司会進行役からマイクを受け取り大きく息を吸い込む。

 そう。小柳千里は最初からそう言っていた。

 その気持ちにもっと早く気付いてあげればと男はちょっとだけ後悔した。

 和田を和田君と呼ばない本当の理由それは――。


「――私まだ東城明久君のことがだい………心の底から愛しています!!! 私と結婚を前提に今度は付き合ってください(⋈◍>◡<◍)。✧♡」


 その言葉を聞いた東城明久は一度微笑むと魔力切れを起こして会場が消えてしまった。


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