第29話 聖夜の魔法が送る初恋 3


「うん、そうだよね。さっきのあげは蝶凄かったよね~」


「そうだな。千里はずっと興奮していたからな」


 入口の方から聞こえてくる声に和田が視線だけを向けると、小柳と先輩の姿がそこにあった。


「ごめん。二人きりにさせて」


「わかった」


 先輩は扉を閉めると同時に姿を消す。

 普段誰も近づかない屋上には文化祭の日も誰も来ない。

 なぜなら生徒たちの中に屋上って言う発想がそもそもないからだ。

 気づけば和田と小柳だけの空間となった屋上は今日も二人の場所として存在する。


「先輩呼べよ? 一人じゃなにかと不便なんだろ?」


「だね。でも明久君なら別かな。それより隣いい?」


 この後の展開を考えると北条と小柳が鉢合わせする。

 和田の思考は悩む。

 お互いに嫌いと宣言する二人の鉢合わせはどうにか回避したい、と。

 和田が思い悩み黙りこんでいると「よいしょ」と夏の香りを携えた小柳が来た。


「聖夜の魔法前に聞く話じゃないかもなんだけど、明久君の初恋ってそう言えばどうなったの?」


「ん?」


「ほら好きだったけど別れたって。だからその想いはどこに行ったのかなって」


「あぁ。それは――」


 和田はこの二日間で出した答えを告げる。


「蓋して、そのまま放置してる」


「ぶっ。ぅぅふふっ……」


 手で口元を隠して、もう片方の手でお腹を抑える小柳。


「笑いたかったら笑っていいぞ」


「あははははっ」


 和田の前で小柳は大笑いした。

 目から涙が零れるぐらいに面白かったらしい。


「初恋って中々忘れないよね~」


「だな」


「忘れようと思っても忘れられなくて。忘れたと思ってもふとっした瞬間に甦って。中々終わらない。初恋って本当に特別なんだよ」


「そうかも……しれないな」


 和田も同じ意見だった。

 未だにこの想いに明確な答えを出せずに悩んでいる。

 初めての経験って本当に特別で中々忘れることができない。

 初めてってだけで脳はそれを特別大切にしようとするからだ。


「そうだよ。初恋以上に素晴らしい人が現れない限り永遠に続く恋。それが私の初恋」


「いいんじゃないか。それで」


 恋の形は人それぞれ。

 それを否定する権利は誰にもない。


「少し前まで一人舞台に立っていた明久君。そんな明久君の横には今北条さんがいるよね?」


「そうだな」


「北条さんは明久君の初恋が続いているの知っているの?」


「知ってる。一昨日の夜正直に話した。真奈以外で信じられる相手は初恋の相手ちさっ――」


 その時、ふとっ和田が言葉に詰まった。


「ちさと。お前と偶然同じ名前の女の子だ。その子について訳合って話した」


「それはなんのお話でちさとさんの名前が出てきたの?」


「誰なら信じられるかって話し」


「そういうことか。魔法関連のお話かな?」


「そんなところ」


「なんで北条さんとちさとさんは信じられるの?」


「今は真奈。昔はちさと。だけだった。いつどんな時も俺の味方で入れくれたのは。なにより俺を隣で支えようとしてくれたのは。だから信じられる」


 その言葉を聞いて、顔を明るくする小柳。


「ふ~ん。そのちさとさんって方の何処が好きだったの?」


「最初は可愛いくて、元気が良くて明るかった。なによりいつも無邪気な笑顔を見せてくれる所に魅かれた。付き合い始めてからはとても一途で、いつも俺の言葉に共感してくれて、一緒に喜んでくれて悲しんでもくれた。これは期間限定だったけど俺が国家公認の魔法使いになるまでは辛い時はお互いに支えるような関係も魅力的だった。他にもマジックを教えて貰ったりと沢山あるが……ん?」


 パッと一輪の花が咲いたような満面の笑みを見せてくれる小柳は明るい。


「もしかして初恋の女の子って私?」


「……なんだ? その期待した眼差しは?」


「だって私も千里だから☆ それにいつも明るい女の子だよ!」


 ポジティブ思考もここまで来れば凄いと和田は感心する。


「残念ながら違う。名前は大空千里」


「ちぇ~私じゃないのか。なら仕方ないか」


「まぁ、そう落ち込むな」


「もし私が初恋の女の子だったら運命の赤い糸で結ばれてたかもだね!」


「そうだな。まぁよく似てるんだけどな雰囲気とか」


 今にして思えばよく重なる。

 ちさとと千里の雰囲気が……。


「そう言えば言ってなかったね、私の初恋が続いているって」


「そうだn……はっ?」


 突然の告白に言葉が詰まった。

 それはつまり……ちさとが千里であると言うことだ。


「大空千尋は両親が離婚して小柳千里になりました。その子は明久君の初恋の女の子で中学一年生の時、放課後誰もいない教室に呼ばれました。その後、千里は東城明久君に告白され嬉しさのあまりファーストキスをあげてしまった女の子です。違うかな?」


「そ、そうだが……」


 なぜ気付かなかったのか。

 和田は頭が混乱した。

 思えば面影がある。なにより雰囲気がとても似ている。

 夏の香り……そうだ、ちさとの匂いだった。

 それに明るくて元気が良い女の子。背丈だって殆ど変わらない。

 得意魔法も同じ。

 何もかもが言われて見れば納得がいく――大空ちさとは小柳千里なのだろう。


「私は告白を受ける時にこう言ったよね『私を一番にしてくれるなら彼女になってあげる』って。当時の明久君は女子が注目の的だったからね」


 本人しか知らない言葉。

 蓋していた記憶が蘇る。

 心の感度を上げなくてもわかるぐらいに確信してしまった。


「どう? 私強くなったよ? 明久君を護れるぐらいに強くなったよ? 可愛いくなったよ? 国家公認の魔法使いにもなって隣に立つ相応しい女の子になったよ? 勉強も頑張って同じ学園に入学したよ? あの時の明久君と同じぐらい皆の人気者になれたよ? 私隣に立つに相応しい女の子になれたかな?」


 小柳の言葉は和田の胸に響いた。

 そこに秘められた想い、感情、努力の結晶、そう言った物が詰まった言葉はとても輝いていて魔法より凄い力が宿っていた。約二年の歳月でそれを成し遂げたのだ。まさに秀才(天才)の偉業と呼べるだろう。


「そうか……そうだな、すげぇー頑張ったんだんだな」


「私の魔法じゃ桜花学園に入れないって気付いた私はね大好きなマジックを捨てたんだ。大好きな人の気持ちの方が大事だったから。それで国家公認の魔法使いを目指したの」


 沢山傷つけたはずなのに……和田の側にはまだ初恋の女の子が側にいた。

 和田は心が見えない手によって掴まれたように苦しくなる。

 自分の魔法使いとしての実力に最初は絶望しただろう。

 それでも諦めなかった小柳千里はやっぱり凄い。


「――第七十九回全国魔法演習組手で私は認められた。同じ苦悩をすれば明久君を助けられると思ってずっと追いかけてここまで来たんだよ」


「そうだったのか……だから似たような道を歩んでいたのか……」


「……うん」


「辛い思いさせて悪かった」


「ううん。そうでもないよ。明久君がいたから私ここまで来れたんだよ。それにどんなに変わっても明久君は明久君だった。本質は私が好きになった優しい明久君のままだった。だから怒ってないよ」


 和田はこの時、微笑みかけてくれる小柳が聖母のような存在だと思った。

 それは母性愛の塊のような存在。

 それに改めてよく見るととても可愛いくて、一途な所が本当に愛らしい女の子。

 記憶を辿っていくと確かに小柳千里が隣に居てくれた。

 心が再会を喜んでいる。


「私たちこれで本当に心の内、暴露しちゃったね! 好きな人がいて、実はまだお互いに初恋が続いているってことも」


「だな」


「会えなくても同じ記憶がそこにはあったし忘れていなかった。つまり心は通じ合っていたんだよね?」


「そうかもしれない」


「うん。大好きだよ明久君! 私の明久君……ずっと会いたかった」


「あぁ。俺もだ」


 会いたかったと言う気持ちに嘘はない和田は照れながら頷いた。

 ましてや学園のアイドル小柳にストレートに言われたら心が揺れてしまう。


「なのに、今は北条さんが隣にいるんだよね?」


「あっ、あぁ」


「本気で嫉妬しちゃったんだよ私。なんであの泥棒猫に今さら心揺れてるのって」


 小柳が北条を嫌いな理由の一面を見た気がする和田は息を呑み込んだ。


「明久君の隣は私の特等席だったのにさ」


「そうだったな……」


「そうだよ? 幾ら待っても初恋の女の子に話しかけてこないしさ~、そう思っていたら幼馴染からのアタックは全部受け入れちゃってさー、それでも夏休み前にアプローチあるかな? って期待してたら全然なかったし☆」


 笑みの裏に隠すことを忘れた怒りが見えた和田は、


「すまん」


 即座に謝った。


「そこで私は二学期になってからアプローチ始めたけど、なに? なんで北条さんと普通じゃありえない速度の恋愛始めてるの?」


「…………あれは、」


「知ってるよ。どうせ北条さんの提案なんでしょ? あの泥棒猫昔から私のこと敵対視してたからさー。でもバレてないと思うんだよねー私が明久君の初めての彼女で初恋相手だって……千里って名前で気付いたのかな……?」


 呆れたように、でもちょっと悲しげに語る小柳。


「だから出来る限りバレないように明久君へのアプローチは二人きりの時にしたんだよ。でないと結婚とか言い出しそうだからさ」


「――ッ!?」


 思わす和田の体が反応してしまう。

 その反応を小柳が見逃すはずもなく。


「するの? 結婚」


 笑みが消えた。真顔で問いかけてくる小柳に嘘は通じないだろう。


「わからない。俺は真実を知って迷っている。真奈を好きな俺ともう会うこともないだろうと思っていた初恋相手との間で。だけど今日の夜までにはこの気持ちに整理を付けるつもりだ。だから今はわからないとしか言えない」


「ならいい」


 どうやら命は助かったようだ。

 それにしても、と和田は思う。

 なぜ相談相手が和田だったのか、今ならわかる。

 他にも小柳の行動の先に和田が居た理由の全部も。

 小柳は最初から和田に心を開いていた。そして信用してくれていた。だからだと。


「聖夜の魔法で告白するの?」


 和田の中で緊張が走る。

 これからやろうとしている一大イベントなだけに、重圧はとても凄い。


「魔法……まだ安定して使えないよね?」


 心配顔の小柳に和田は微笑む。


「心配するな。千里と真奈の二人のためならそれができる……かもしれない」


 小柳は真剣な表情で問う。


「それは私? それとも泥棒猫? どっちに告白するの?」


 目力が凄い。

 恐らく和田の回答次第では小柳のこの後の行動が変わるのだろう。


 パチンッ


 和田が指を鳴らす。

 すると向日葵の髪留めが手の中に出てきた。

 それを小柳の左髪に付けてあげる。

 もう一度指を鳴らす。

 今度はオレンジ色のトパーズのネックレス。

 それを首に掛けてあげる。


「今はこれくらいしかしてあげれない」


「う、うん……ありがとう」


「一つだけ確認するぞ」


「なに?」


「先生の配慮で最後は千里が告白するんだよな?」


「そうだよ? でも本当はもう泥棒猫って決まってて、聖夜の魔法で私を陥れたいとかなら本気で怒るよ」


 牽制とも取れる怒りの言葉。

 その怒りを立ち上がって、鼻で笑い飛ばす和田。


「千里の初恋相手はそんなことをする男だったか? 少なくとも今日の俺はマジシャンだ」


「ま、マジシャン?」


 その言葉に驚きを見せる小柳。


「――『黒魔法使い』がしっかりとお膳立てしてやるよ。例え俺がどっちを今から選ぼうが恥はかかせねぇ。それが国家公認魔法使い東城明久だよ」


 その言葉に頬を赤く染めた小柳は「き、期待しています」と恥ずかしさ混じりの言葉を残して屋上を出て行った。

 その光景を見た東城(和田)は「なるほど」と納得した。


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