第28話 聖夜の魔法が送る初恋 2
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聖夜の魔法に合わせて大掛かりな特設ステージの再点検と細かい修正が現場で行われている。火薬やガスなど普段では使用が禁止されている物も今夜に限り使用が許される。朝から専用業者を呼び念入りに先生が全生徒の要望に応えられるように手配していく。照明や音響も卒業生でプロとして活躍している者に協力してもらいと準備は完璧を持って行われる。当然司会進行役もプロの人を使う。
これが伝統と歴史がある桜花学園の聖夜の魔法。
午後九時から十時に合わせて一時間打ち上げられる花火の準備も同時に行われる。
ただし今年は例年以上に告白者が多いので、予備の花火も追加で用意され、過去一番の大掛かりな作業となっていた。
既にリア充となっている者たちや告白する予定がない者は勇者たちが魅せる愛の告白を盃に花火を楽しめると言うわけだ。
そんな準備の光景を横目に和田と北条は体育館に向かって歩いていた。
今から体育館では卒業生によるダンスが披露される。
ダンスメンバーは元ダンス部を中心にチームが組まれていて、地元では有名なダンスグループ『あげは蝶』。運動場では同時進行でミニパレードが行われる。序盤から飛ばして予定を入れないと消化しきれない沢山のプログラムの数々。そんなわけで全部を全部見ることは到底敵わない。それが残念な所であり、来年は……と繋がっていく良い所でもあるわけだ。
「ごめんなさい。お手洗いは何処にあるかしら?」
「それなら渡り廊下を渡った右手にすぐにありますよ」
「ありがとう。私は踊らないけどこの後のダンス見に来てね」
「んっ? 今可愛い先輩目で追ったね?」
「すみません」
綺麗な女子大生の先輩が別れ際手を振ってくれたので、和田の視線がそっちに向かった。
北条はぎゅーと握っていた手に力を込めて意義を唱える。
金髪ロングヘアーでモデル体型の美女だったから仕方がない、は北条の中では完全なアウト判定である。
そんな慎ましい光景に嫉妬する隣のクラスの男子が近くで囁く。
「チッ、アイツばかりイチャイチャしやがって」
「マジで、きも」
そんな悪口を聞き逃すはずもなく、北条の怒りの矛先が二人の男子生徒に向く。
次の瞬間、体育館二階の入り口と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いていた男子二人組が悲鳴と共に一階の地面に落ちていった。
壁をすり抜けて地面から落下した生徒を見下ろす北条の視線に二人の男子生徒は文句の一つも言わない。疑問に思い窓から下を見る北条と男子生徒を和田が見るとこちらを見て体が震えていた。
「文句ある?」
窓を開けて、投げかけられた視線に男子は、
「い、いえ……ありません」
「すみませんでした」
そのまま逃げて行った。
普段優しい北条。皆は北条が怒らない優しい女の子とよく勘違いするが、それは男が自分たちの都合だけで作りだした虚像である。怒る時は怒るし優しい時は優しい女の子と言うのが正しい認識だ。
強く握られた左手に逃げ道がないと察した和田は北条に確認する。
「俺も同じようになるのか?」
「なりたい?」
「いえ……すみません」
和田は再度謝った。
「別に怒ってないから二回も謝らなくていいよ? でもさ、隣に私が居るのにがっつり見るのはどうかと思うよ?」
「そんなにがっつり見てたか?」
「うん」
和田は納得した。
どうやら和田と北条の認識の違いが誤解を生んだのだと。
たしかにがっつり見た見てないと言う基準は人によって変わるので一概には言えないだろう。
でも和田が見る限り本気で怒っているわけではなさそうだ。
ちょっと嫉妬して後に引けなくなってしまったのか、と申し訳なさそうにする北条を見て思った。
だからそこに関してはなにも言わないことにした。
「悪かった。その話は後でちゃんと聞く。まずは遅れないように体育館行かないか?」
「だね! さっきは怒ってごめんね?」
申し訳なさそうに横顔を覗き込む北条。
どうやら和田の考えは正しかったようだ。
「あぁ。それより着いたが何処に座る?」
「ならあそこがいいな」
北条が指さしたのは前列寄りで通路側の席。
そのまま通路側の席に和田、通路から二番目の席に北条が座る。
するとタイミングよく『あげは蝶』のダンスが始まった。
プロのダンサーが見せる踊りはキレがあって迫力がある。
メリハリがしっかりとしていて、動作に無駄がない。
音楽に合わせて、メンバー全員が動く。一体感が生み出す幻想的な世界はつい心が惹きつけられてしまう。
マジックだけに限らず、洗練された動きと言うのは人の心を惹きつける。
隣でキャーキャーはしゃぐ元気な北条を見て、見る側ではなく見せる側の大切なことを思い出させてもらった和田はここに来て良かったと思った。
「――好きなら好きと伝えましょう 勇気の一歩を踏み出しましょう♪」
突然聞こえてくる声。
開始から五分ほど見ていたダンスだけでも凄かった。
そこに先ほど和田と北条がすれ違った金髪の先輩が入って来ると今まで見えていた世界観にさらにリアリティが生まれる。幻術魔法を使い体育館全体が別世界に生まれ変わる。歌姫が歌い、歌姫を取り合うダンスメンバーたち。まるで花に群がるアゲハ蝶のように舞う先輩たち。
「――友から始まる関係は恋になるよ 愛の言葉と一緒に私をサラってあげは蝶♪」
和田は久しぶりに震えた。
これがプロの演者だと。
目の前で見るプロの演目。
このレベルで何かをしてこそ人を魅了出来るのだと知る。
今日の夜、自分がこのレベルでできるか?
そう考えた時、少し不安になった。
今は感動を実体験し勉強させてもらう。
相手の期待を上回り、相手の心を掴む、そんなダンスと歌の行進曲に血が疼き始める。
「俺なら……」
誰にも聞こえない声でボソッと呟いた和田。
それからも続くダンスと歌が作り出す世界は終始和田と北条を魅了し続けた。
気づけば一時間と言う時間はあっという間で、気づいた時にはもう終わり? と思ってしまうぐらいに二人は先輩たちの世界に夢中になっていた。
「す、すごかったね!」
興奮がまだ収まらない北条に、
「そうだな」
と答える和田。
「あっ、あき笑ってる!」
北条の笑顔につられて無意識にでた微笑みは笑顔ではない。
でも北条からしたら笑顔だった。
普段笑わない和田の明確な変化につい嬉しくて涙してしまう。
「そっかぁ、そっかぁ。あきも私と一緒に楽しんでくれたんだね!」
「あぁ。楽しかった」
「なら私のおかげかな?」
「だな」
「えへへ~。あっそろそろお昼になるしご飯食べる?」
「そうだな。なら買いに行くか」
「賛成!」
次の目的が決まり体育館を出る時だった。
和田は体育館の中をもう一度見て、「なぁ、真奈?」と問いかける。
「なに?」
「今夜俺にもできると思うか?」
「うん!」
「ならお昼ご飯任せていいか? 俺はアイツの所に行ってくる」
その視線の先には魔法工学の授業を担当する中年の先生が居た。
それを見た北条は「へぇ~いつになくやる気だね?」とニヤニヤ顔を見せる。
和田はさっき実体験の中で勇気と方法を教えて貰った。
だからできるような気がしていた。
「なら後でA棟の屋上で合流しよ」
二人は一旦分かれ、それぞれの目的のために動き出した。
和田は先生の所に行き相談した。
「いいだろう。全部手配してやる。だけどお前は本当にいいのか?」
「…………」
「そこまでしたら間違いなく正体がバレるぞ?」
和田は答えなかった。
ただ頷くだけ。
それで先生も納得した。
忘れていた見せる側のワクワク。堅く閉じていた蓋の僅かな隙間に圧倒的なパフォーマンス力で侵入してきた光はとても眩しかった。
目を背けたいのに、暖かい光で忘れていた感動を届けてくれる。
素直に認めるなら――初恋の時感じていた感覚に近い物が甦ってきてしまった。
全員が全員敵じゃなくて、そこにいる全員がお客さん。
そしてそのお客さんが喜んでくれて、それを見て喜ぶ自分。
何処まで行っても純粋な少年は純粋なままだった。
ただし今はちょっとだけ生き方を変えて、偽りの自分を演じている。
「さて真奈が来るまでゆっくり待つか」
そんなわけで先に用事が終わり屋上にやって来た和田は空いているベンチで座って待つ事にした。
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