第17話 もう一つのフィーリング 11


 ■■■


 放課後になりスーパーに寄った和田と北条は帰宅した。

 和田は先に着替えて、明日のために少し考え事をして待つ。

 帰宅途中北条に相談した和田は、私が心配だから自分の力ちゃんと把握して、と念押しされて料理を手伝う選択肢はなかった。


「魔力回路正常。魔力回路安定最高出力五十三パーセント」


 瞑想し、集中する和田は自身の魔力回路に魔力を流す。

 魔力回路は平均で六十~八十パーセントの出力で安定させる。

 それが出来れば一通りの基本魔法は誰でも使えるとされる。

 六十パーセントを下回る低パフォーマンスだと発動が不安定になり、一部の魔法に影響を及ぼす。

 例えば北条が得意とする座標変更は師である和田も使えるが。

 一回の発動での移動距離に制限がかかったり、移動対象が自分だけにしか設定できなかったり、と些か不便である。

 安定率が低いほど、魔法は不安定になり発動しない。

 もしくは途中で途切れてしまうなんてこともある。

 逆に百に近い高パフォーマンスだと固有魔法のような高パフォーマンスを必要とする魔法発動のエネルギー確保ができると言うわけだ。


 だから今のうちに確かめておく必要があった。


「……どうやっても明日死ぬな」


 どうしたものかとため息が出る和田。

 そのため息にはもう一つの悩みが隠されていた。

 瞑想した時に感じたもう一人の自分。

 まるで制御装置のように魔力回路安定率が五十パーセントを超えた辺りから急に邪魔してくる。過去魔法を使いどうなったか、それはトラウマでもあり言葉では表現しにくい過去でもある。トラウマからくるフラッシュバックを恐れて意図的に脳が力を制御している、そんな感覚に頭を悩ませる。

 そうとは知らずリビングで鼻歌を歌う北条はご機嫌だった。


「タンッ~タンッ~タタンッ~♪」


 フライパンでご飯を軽く炒める。

 そこにチャップ、小さく角切りした人参、グリーンピース、を入れて味付け。

 ご飯が出来たら器に移して、今度は黄身と生クリームをかき混ぜた物を何回かに分けて薄く焼いていく。焦げ目が付く前に次の材料を入れて、最後に白身の部分を入れて終わり。

 出来上がった物を予め作っておいたご飯に被せれば半熟のオムライスが出来上がり。

 後はお好みで北条真奈特性のオリジナルデミグラスソースを贅沢に掛けて完成。


 リビングから聞こえる鼻歌が近づいて来る。

 どうやらオムライスが完成したようだ。

 廊下から漂ってくる出来立てのオムライスの匂いが気になって思考が纏まらない。

 なので、和田はご飯を食べてから考えることにした。


 帰宅途中家に寄り道したジャージ姿の真奈が和田の前にやって来る。


「お待たせ~」


「助かる」


「どういたしまして。いつも言ってるけどお礼はいらないよ。私とあきの仲じゃん♪」


 そんな会話には秘密があって。

 クラスの皆には内緒にしているが、ほぼ毎日北条真奈が暇な日は和田の所に来て料理を振舞っている。

 元々料理が好きなこともあり、本人が望んでやっている。

 最初は和田がご飯に困った時にお世話になりに行っていたが、それだと真奈の妹がベッタリ甘えて中々離れようとしない。それで帰りたくても中々帰れないことに困っていた所、北条真奈が、それなら私が行くよ! と言い出したのがきっかけで今は北条が面倒を見ている。


「おっ、今日は普通に美味しい」


「良かった」


 胸に手を当てて安堵する北条。

 そもそも北条は料理が下手ではない。

 むしろ上手な方だ。

 だが、稀に不味い物を作る天才になる。

 和田自身その理由を聞かなくても知っている。

 リビングに置かれた謎のサプリメントに秘密はあった。

 家から持ち込んだそれらを時折栄養バランスを考えて隠し味として入れてくるので、その時はとてもじゃないが控えめに言ってマズイ料理を提供してくる。

 それでも食べるが和田としては普通の料理が食べたいので、入れるなと言っても入れてくる北条に手を焼いている。

 例えばカレーがあったとしよう。

 そこにジャガイモやニンジンとは別に丸い錠剤が入っていたら?

 せめて溶かして目に見えないように……と思わないだろうか?

 そのレベルで当たりと外れの差が酷い。


「毎日この手の料理を出してくれたらいいお嫁さんになれるんだろうけど」


「なに? まるで私がいいお嫁さんじゃないみたいな言い方じゃない?」


「疲労困憊の日にサプリメント料理食わされる身にもなれ」


「でも疲れている時ほど栄養をちゃんと取らないとじゃん?」


「マジで止めろよ? あれ、オブラートに包んで超マズイから」


 本気でショックを受けたのか、空いた口が塞がらない北条。

 この世の料理とは思えない域の料理。

 それをもし美味しいと思って食べたい人間がいるなら見てみたいぐらいだ。

 ちなみに北条家で北条真奈が料理を禁止されている理由でもある。

 なので料理は和田家それも和田明久にしか提供出来ないルールが両家には存在する。

 皆命が惜しい気持ちは同じである。


 そんなわけで美味しいオムライスを頂いた和田は。


「サプリ料理作らないなら俺は好きだぞ、真奈の料理」


 と、感想を述べてから食べ終わった食器を台所に持っていく。

 素直に褒められた北条は口元が緩んでニヤニヤしている。

 かなり嬉しいのか赤面している。


「それはつまり毎日食べたいってこと?」


「あぁ」


「そっかぁ。そっかぁ。まぁ? あきがそう言うなら仕方なく作ってあげるよ!」


 後からやって来た北条には聞こえない声でボソッと心の声を消化しておく和田。


「照れ隠し下手過ぎだろ……」


「あっ! 洗うのは私がやるから変わるよ」


 そう言って和田が持っていた食器を貰い、ルンルン気分で洗い始める北条。

 他にも洗濯掃除も得意と家庭力が高いのも北条が男子から人気の理由だ。


「そこに座ってていいよ」


「わかった。助かる」


「気にしないで。それより魔力回路は正常に動いてた?」


「いんや。ちょっとマズイ感じがしてる」


「まぁ相手が相手だし気楽に行けばいいんじゃないかな? 皆はあきが国家公認の魔法使いだってこと知らないし、負けた所でなんとも思われないでしょ?」


 使った食器を洗いながらアドバイスをくれる北条はまるでお母さんみたいだった。

 だからだろうか。和田はその言葉に少しだけ安心できた。


「俺は元だけどな」


「それはあきが自分にはその資格がないって思いこんでいるだけ。国家公認の魔法使いリストにはまだ東城明久の名前あるよ。それより私が気付いてないとでも思ってるの?」


 動かしていた手を止めた北条は和田を見て言う。


「私に昨日甘えて心軽くなったでしょ?」


「…………そうか?」


「よく眠れて、安心した。違う?」


「それはあるかもな」


「だよね。今日教室で何処かの誰かさんと朝楽しそうにお話してたよね? あんなに元気が良い声三年振りに聞いたよ」


 リビングの空気が急に気まずい物になった。

 冷房入れたわけじゃないのに急に肌寒くなった和田はそう言えばツッコミ入れたな、と過去を思い出す。

 そもそも小柳と言う名前が出てこないで相当嫌っているのだろう。

 昨日は協力していいって言っていた。

 そして今日はコレだ。

 女心は難しいと思った和田は素直に頭を下げる。


「悪かった」


 洗い終わった食器を自動乾燥機に収納した北条が和田の隣に座る。


「もぉ~素直に謝られたら怒れないじゃん。私を嫉妬させて好きって気持ち大きくした責任ちゃんと取ってよね~」


 下げられた顔を両手で持ち上げて。


「なら少しだけ頑張って私のカッコイイ彼氏になって」


 真っ直ぐな瞳でそう言った北条は続ける。


「私ね、今日仲の良い友達にこう言われたの。あんな良い所が一つもない奴のどこがいいの? って。正直頭に来たし、悔しかったんだ。こんなにも素敵で優しい彼氏なのにって」


「真奈……」


「だからちょっとでいいよ」


 優しく語りかける言葉は。

 微熱を混ぜて告げられる。


「ちょっとだけ明日頑張って、皆を見返して欲しいな? だめかな?」


 その言葉にそっかぁ。と思った和田。

 今までならだから? で終わっていた。だけど今は違う。

 普通なら悔しいとかだろう。でもそれは心が豊かな証拠でもある。

 そうじゃない人間は顔から伝わる温もりと小さな震えから北条の感情を読み取った。

 本気で悔しそうだ、そう思った和田は自分に対してのため息が心の中で出た。


 ――真奈が無理してるぞ?


 ……知ってる。


 ――ならどうするんだ?


 ……愚門だな。答えは一つだろ?


 自問自答終了。

 和田が出した答えは。


「バカだな。そう言うのはもっと早く言え。頑張ってみる」


 少しだけ強がった答えだった。

 だけど言った以上、男としてやるしかない。


「うん。期待してるね。でも他の子の心までは動かさなくていいからね!」


 和田は苦笑いした。

 俺は精神操作系の魔法使いじゃねぇ、と言いたかったが呑み込む。

 自分の心一つですら満足に扱えない魔法使いが他の人間の心を操作する?

 結論から言えば、無理の一言に尽きる。

 なので、


「善処する」


 と、ありきたりな答えしか言えなかったのだが。


「良し! なら許す! ってことで私汗流してくるからあきもこっちで流して。その後は甘えたいな~って思ってるんだけどいいかな?」


 ちょっと照れくさそうに。

 でもずっと待ってましたと言わんばかりの笑みで質問する北条は身体をうねうねとさせている。


「わかった」


 ガッツポーズを見せて。

 一度自分の家に帰る北条を見送った和田はシャワーで汗を流すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る