第16話 もう一つのフィーリング 10


「そろそろ時間だし俺も戻るよ」


「うん。またね」


 そうしてまた一人今度は先輩が教室に帰っていく。

 和田が時計を見ると朝のHRまでは五分弱。

 何処かに行くにしてはトイレぐらいだろうか。

 坂本が行くタイミングで付いていかなかった時点でそれは嘘だとバレそう。

 他にも考えてみるが、いい案が思い浮かばないので不機嫌さが隠しきれていない二人の間に挟まれることに決めた。

 現状これが無難だと判断した和田は気まずさのあまり口を開く。


「聖夜の魔法の件だけど真奈は本当に友達じゃなくて、俺とでいいのか?」


「うん」


「わかった」


「もう公に公表したしこれでコソコソしなくて済むわね。今日も一緒に帰ろう?」


「わかった」


 和田が静かだなと思いチラッと反対サイドに目を向けた。

 すると小柳は朝の読書を始めていた。

 どうやら右のオオカミと左のトラは衝突しないで済んだようだ。

 心の中でこれ以上のフラグが立たなかったことに安堵する。


「一つ聞いていいか?」


「なに?」


「帰り道、スーパー寄っていいか?」


「いいけど? なにかあった?」


「……説明必要なパターンか。なら聞くが、朝元気な女の子が俺の家に居た」


「うん」


「その女の子は朝ご飯を作った」


「へぇ~」


「どさくさに紛れて自分のお昼の弁当も」


「…………ッ!!!」


 ギクッ。

 北条の目が和田の目から外れて宙を泳ぐ。


「さてここで質問。今我が家の冷蔵庫にはなにがあるでしょう?」


「人参一本、お水が二本、後は……たまご一個とマヨネーズと使いかけのハム……賞味期限が切れた食パンが一枚? だった気がするけど……あ、後今日までの牛乳!」


「つまりそういうことだ」


「あっ! 夜ご飯の話? だったら私が作るから安心して。材料は持っていくから」


「いやそう言う問題じゃないだろ……。とにかくスーパー寄るぞ。飯は任せる」


「早く帰って一緒にゆっくりしたいんだけど……ってことでスーパーはご飯次第で! ちなみになにか食べたい物ある?」


「そうだな。久しぶりにオムライスとか」


「え?」


 少し困った顔を見せる北条。


「問題あるか?」


「いや、それだと……うちも卵切らしてるしどう頑張っても買い出しが必要だなって」


「だからスーパー寄るって……」


「今週分まとめて買うならリスト作った方が良いかな? 今から作るね!」


 急に熱が入り、リスト作りのために自分の席に戻る北条は嬉しそう。

 それならいいか、と和田は暖かい目で離れていく背中を見送る。

 なにかしら理由を付けて隣にいようとする真っ直ぐな気持ちは向けられて悪いものじゃない。

 むしろ大切にしなければならないことを和田は知っている。

 もしかしたら居る間はその優しさに気づかないで鬱陶しいと思う時だってあるかもしれない。でも失ってからそれに気づいても遅いことを知っている。だから大切にしたいと思った。


「今は冷たくて優しいんだね」


 いつの間にか読書を終えた小柳の声。

 もしかしたら気を使って読書をしている振りをしていただけかもしれない。


「そうか?」


「ちなみにいつ相談受けてくれる?」


 内容が内容だけにここで聞くわけにはいかないと判断した和田は困った。

 人目を気にする場合。

 小柳が一人になる時間は限られている。

 それでいて和田も暇な時間と言えば尚更。

 学園生活と言う時間の中だけで考えれば、特に今は難しいだろう。

 聖夜の魔法に向けて皆好きな人や気になる人と仲良くなろうとしている。

 そのため校内は今いつも以上に人が活動的に動いているとも言える。

 だからタイミングが合った時に、と言うのが妥当だろうか? そんな風に和田が思考を巡らせていると、


「今スマホ持ってる?」


 それを読んだように次の言葉が飛んできた。


「あぁ」


「ちょっと貸してくれない?」


 学ランのポケットから取り出して渡す。


「お互い有名人になると本当に大変だよね~」


 小柳の過去を昨日少しだけど知った。

 だからだろうか。和田に迷いが生まれなかった。

 受け取ると早速ポチポチとなにか操作する小柳が話しかけてくる。


「これで私たちいつでも連絡取れるよ」


 ピコーン。


『相談ちゃんと受けてね♪ 私明久君のこと信じてるから!』


 そんなメッセージが送られてきた。


「そうだな」


 幸運か。不幸か。

 小声で行われたソレは。

 幸い誰かに見られることはなかった。


「ところで二人は同居してるの?」


「いや。家が隣同士ってだけだ」


 既にクラスの大半の者にはバレている。

 トイレエスケープした口が軽い情報屋のせいで。

 なので、今さら隠す必要性はない。

 むしろ、下手に隠して誤解が生まれた方が大変である。

 そんなわけで正直に話す。


「ふ~ん、彼女さんの料理美味しい?」


「普通」


「そこは嘘でも美味しいって言わないんだ」


「色々理由があるからな」


「そっかぁ。ちょっとだけ真面目なお話いいかな?」


「どうした?」


「明日の魔法演習私とペア組んでくれない?」


 普段なら断っていた。

 和田では小柳の相手にすらならないし、お互いにメリットが一切ないからだ。

 明日の魔法演習は二クラス合同でグループごとに授業を受けることになる。

 北条はBグループ、千沙はCグループ。

 そんなわけで好敵手もしくは仲が良いメンバーとは離れ離れになる小柳。

 他の仲の良い女子グループも昨日の魔法演習終わりに発表された振り分けだとAグループにはいなかった。

 大きな問題にはならないか?

 頭の中で少し考えてから言う。


「わかった」


「ありがとう。明日は胸を借りるつもりで私頑張るね!」


「俺の言葉を取るな」


「えぇー? 私耳遠いから聞こえない~」


「コイツ……」


 明日が命日になる予感がした和田は苦笑い。

 口元を隠して笑う学園のアイドルは目から涙を溢す。


「え? お前弱いから本気で来い? うん! わかったぁ!」


「言ってねぇし、来るな!」


「あぁ~面白い。あはは~、普段落ち着いてる明久君があわててるぅ~」


 どうやら小柳はガス抜きができたみたいだ。

 変わりに悩みが増えた和田は少し頭が痛くなった。


 キーンコーンカーンコーン。


 この日、和田は気付かなかった。

 窓ガラスを割った張本人が嫉妬に狂った男子生徒じゃなかったことに。

 犯人は別にいて、感情が大きく乱れた者だったと言う真実は闇に消える。


 教室に担任の先生が来ると割れたガラスの掃除をしてHRが始まった。


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