第15話 もう一つのフィーリング 9
「あっ! 遅くなったけど明久君おはよう!」
なにかを思い出したように挨拶をする小柳。
「おはよう」
そしてもう一つの声。
これも何か思い出したように。
「あっ! あきー、聖夜の魔法は私と一緒に回るよね?」
女子グループから抜けて北条が確認しながら近づいてくる。
これを機にさっきの話は完全に終わり、小柳の彼氏と言う線は否定できないが聖夜の魔法に可能性は残ったと多くの男子が安堵する。
のも、一瞬で。
チッ、と聞こえる舌打ち。
北条も人気が高いだけに……今度は和田が注目される。
「私たち恋人だし人目気にしないでいいよね?」
「「「「「なにィィィィ!? あの噂は本当だったの(か)!」」」」」
悲鳴のような絶叫のような男女の声が木霊する。
ざわっ、ざわっ、と、どよめきがクラスを飛び越えて廊下まで広がっていく。
「おい。面倒ごと増やすな」
坂本がバラしていたのは薄々気付いていた。
だけど本人たちが認めない限りそれは噂に過ぎない。
「あっ、ごめんごめん」
周りの反応にようやく和田の言いたい事を理解した北条はチラッと小柳を見て。
「私負けない」
「なんにだよ……」
「そもそも昨日珍しくあき寝ちゃったから聞けなくてモヤモヤしてたの」
一年生で一番人気が小柳千里なら二番人気は北条真奈だろう。
そんな美女とだけ仲が良い、嫌われ者の男に味方は少ない。
「ちょっと待って。北条さんなんでコイツの睡眠状況把握してるの?」
「なんでって昨日一緒に寝たからだけど?」
パリンッ!
瞬間、廊下の窓ガラスが割れた。
誰かが誤って魔力を暴走させたらしい。
けが人は居ないが、カオスな空気が隣の教室にも広がった。
坂本の発言に即答した北条。
悪気がないのかもしれないが、嫉妬の対象となった和田はため息を隠せなかった。
「おい、和田。表出ろ」
「てめぇ一人抜け駆けばっかしやがって調子乗んなよ」
「噂だと小柳さんとも仲が良いみたいだなぁ!」
「黙ってないでなんか言えや! カス」
思春期男子高校生の嫉妬は恐い。
大人のような平和的解決以外の方法を取ってくるからだ。
恐らくこの怒りは様々な物の積み重ねで溜まりたまった物が爆発しているのだろう。
なにより自分より弱くてクラスでも学園でも浮いている男子。
鬱憤晴らしを含めた虐めの対象としてはうってつけの相手が和田だったのだろう。
「めんどくせぇー」
「行くつもりか?」
「それが一番手っ取り早いからな」
「お前確実に負けるぞ?」
「そう思うならお前行くか?」
「遠慮しとく」
ビビるわけでもなく、諦めて殴られに行こうとする和田を止める北条。
「どう見ても平和的じゃないけど、皆なにするつもり?」
まるで弟を護ろうとする姉のように一歩前に出て立ちはだかる北条。
「ちょっと遊んでくるだけだって」
「そうそう。だから北条さんは気にしないで」
その言葉にカチンときたのか北条が珍しく怒りを露わにする。
「具体的には?」
「えっと……その……なぁ? あれだよな?」
「そうそうあれ」
「軽い組手? 的な感じの」
「わかった」
その言葉にホッとする嫉妬男子一同。
「なら、和田行くぞ?」
その言葉に。
「今ここで私が相手になってあげるから全員掛かってきなさい。先生には私から説明してあげるから」
味方が少ない和田だが。
その味方がクラスいや学年トップクラスで強い和田の安全はある意味保証されていた。
「おい、止めておけ」
後ろから肩に手を伸ばして止める和田。
嫉妬男子を護ったわけではない。
正直殴られたことを理由に全員退学処分にしてやろうと考えていた。
だがこのままでは退学処分者に北条の名前があがるかもしれない。
それは和田としては望んでいない。
つまり。これからの北条の学園生活を考えて投げかけた言葉だった。
「あき止めないで!」
どうやら熱くなっているようだ。
「いや……お前が本気になると全員病院行きになるから……」
直接的な理由ではなく、建前上の理由で説得を試みる和田。
喧嘩に発展して北条の知名度が下がることも避けたい。
和田は負けることを心配しているわけじゃないと遠回しに伝えた。
「別にいいじゃん。あきを病院送りにしようとしたんだから。少しぐらい……あれ?」
北条が振り返るとそこには誰も居なかった。
「皆、逃げましたよ」
坂本が状況を説明したことで、北条の怒りは収まりを見せる。
「頼もしい彼女さん出来て良かったね。それにしても進展早いね☆」
和田が席に座ると聞こえてきた声は小柳。
「そうか? ん……?」
笑顔でいつも通りの声。
しかし棘があるような声に今度は「お、俺、ッぁ、と、トイレ!」と坂本が逃げる。
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