第12話 もう一つのフィーリング 6
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人の感情を正確に把握することは難しい。
天気と同じで常に変化するからだ。
例えば感情が乏しいと自覚症状がある和田。
それでも。今は小柳千里に対して申し訳ない罪悪感が心の中にある。
唐突に重ねてしまう。
過去の自分の姿と。
過去自分がどうやって心が疲弊し今の状況になったのか。
それと重なる部分が最近の彼女にはある。
でも助けることは難しい。
だから――。
「中途半端な偽善が何になるってんだ……」
自分に苛立ちを覚えながらも屋上に繋がる扉を開けた。
久しぶりに芽生えた怒りの感情は良くも悪くも矛先をもう一人の自分に向けた。
「…………」
見慣れた屋上に繋がる扉を開けた和田は一瞬戸惑った。
忘れていた……いや、脳が無意識に蓋をしていた元カノの背中がそこにあった。
そんなはずはないと目を凝らしてもう一度よく見てみる。
すると小柳千里の物だった。
一人目を瞑って、ベンチに座っている。
普段見ることができない無防備な姿に「疲れてんのか」と感想がでる。
……。
……。
二秒程、考えた。
そして出た結論は。今日は会わなかったと言う事にして出直すこと。
「待って。初めてだね同じ学園になって会いに来てくれてたの」
「…………」
目を閉じたまま、意識だけを向けた小柳は言う。
「隣空いてるよ。魔力レーダーの感知で明久君が来るのわかってた」
小さく「なるほど」と感心して。
「……バレたら怒られるぞ」
そんな言葉と一緒に小柳の隣に座り、背もたれに体重を預ける和田に緊張はない。
どれだけ可愛い女の子が隣に居ても心臓が平常運転なのは良くも悪くも心に余裕がないからだろう。それともただ疲れて反応することすら忘れているのか。
どれだけ強がっても体の全てを騙すことはできない。
やはり北条がずっと隣に居てくれる未来の提示だけでは心としては物足りないらしい。鼻腔をくすぐる夏の香り……とても懐かしく感じる。
そのまま彼女の心に意識を向けてみる。
ふとっ、思い出す噂話。
色々な噂を聞いている。
クラスに居れば勝手に耳に入って来るから。
『聞いたか? 小柳さん過去に一度だけ彼氏が居たって噂。あぁ聞いた、聞いた。信じられないよな。もしかして今も続いてたり? その可能性はあるな。だって男子の中でも一番人気の先輩からの告白も「ごめんなさい」したらしいからな』
そんな噂話が今日の昼休みだったか……生まれていた。
どこから情報を仕入れているのかわからないが、プライベートまで監視されているようなそんな生活に疲れない人間はいないだろう。
「怠いよな。根ほり葉ほり根拠がない噂話されるの」
「……そうだね」
いつもの元気がない。
とてもじゃない、こちらの都合だけを押しつける気分にはなれない。
「お前このままだと潰れるぞ」
和田は『俺、なに言ってんだ?』 と自分の言葉に疑問を持った。
「もし私が潰れたら、明久君ならどうする?」
「さぁな」
「こんなに弱ってる女の子が近くに居ても優しくしてくれないんだね」
突き放すことでしか自分を護ることができない弱い人間は不器用だった。
その癖して見ていられない、と中途半端な行動を取っている。
でも放っておけないのは……一見完璧に見える小柳でもこんな風に悩むぐらいに不器用な一面を持っているからだろう。
コミュニケーション力、人脈、二人を比べれば圧倒的な差がある。
和田に無い物を全部持っている小柳でさえ悩むのだ。
人生とはやはり難しいの一言に尽きるのかもしれない。
「…………」
さて、どうするかな……と考える和田。
「幻滅した? 本当の私ってとても弱いんだよ。皆が思ってるより全然強くないの」
まるで自分に言われているような感覚になった和田は。
「だろうな」
と、肯定する。
「誰に問いかけても欲しい答えは返ってこないから辛い。そもそも自分が欲しい答えがわかっていないから当然。偽善の優しさでもいいから欲しい。でも偽善の優しさなんていらない。なら本物か? そうじゃない。そんな矛盾した感情ってのは自分の心を苦しめる。そんな話ならわかる」
「なのに寄り添ってくれないんだ」
「寄り添ってるだろ? 今こうして」
「流石にとげとげしい言葉ばかりだと私もイラッてすることあるよ? 実際に向けてあげないとわからない? そもそも私が明久君って呼ぶ理由知ってる?」
思わぬ展開に興味の眼差しを向ける。
「なんでだ?」
「本名が東城明久だから」
その言葉に恐れより先にフラッシュバックが早かった。
悪意が混ざった声。
とげがある言葉。
和田が今まで周囲に無意識で向けているような言葉だった。
学園長に申請して特別に偽名での在学許可を貰っている和田。
学園側としては元とは言え国家公認魔法使いを重宝してくれているから、特例を認めてくれたと両親から聞いている和田は小柳の顔を見る。
「国家公認の魔法使いの情報網舐めないでね。テレビ・新聞・SNS・インターネットと今の私は人脈もコネも結構あるよ」
「なるほど……」
「私の力量を見極めての殺意と言い、明久君は普通とは違う行動をよく取るよね。魔法使いとしては凄いけど演者としては大根役者。それは今も昔も変わらないみたいだけど」
グサッ、グサッ、と心に突き刺さる言葉の数々。
いつものように声に優しさがなく棘がある。
「私と同じ世界に来ない? 正確には戻って来ない?」
和田の目が小柳から外れて宙を泳ぐ。
そんな和田を真剣な眼差しで見る北条は本気だった。
「今の私ならもう一度明久君が活躍する場を作ることができるよ」
言葉に棘がなくなった。
「俺はもう固有魔法を使えない。だから無理だ。悪い」
「固有魔法で魔法使いとしての格式が決まるならきっと私の人生ってバラ色だったと思うんだよね」
その言葉に思い当たる節があった。
同じような質問を和田自身したことがあるからだ。
似たような答えは……考え方の方向性が一致している証拠だろう。
それを確かめるように、わざと。
「違うのか?」
と聞いてみる。
知りたいと思ったから。
「違うよ」
その言葉は明確な否定。
少し迷いを見せながら言葉を続ける。
「もう一度聞くよ。弱り切った私に優しくしてくれないの?」
どこにもいなかった完璧な人間なんて。
一見完璧に見える彼女ですら、こうして救いの手を求めている。
いつも笑顔が可愛くて、いつも謙虚で、いつも優しい女の子。
そんな女の子はどこにもいなかった。
和田の過去を知っている人間、そんな風に考えると一つ納得のいく解が生まれる。
「本音で話すなら、まずは似た痛みを持つ者同士助け合える関係になりたいな」
小柳千里が和田に近づいた理由がわかった。
そして求められる返事。
「北条さんの隣に居ていい。だから今は北条さんに向けようとしてる優しさを少しでいいから私にも向けて欲しいの。それだけでも私の心は安定すると思うから」
北条が敵対視されているような気がすると言う理由は此処にあったのかと納得する。
国家公認の魔法使いの悩みなんて同じ国家公認の魔法使いにしかわからない。
単純に考えればその通りである。
向けられる世間の目の数が全然違うのだから。
助けを求める相手としては理にかなっている。
だったら。北条は許してくれるだろうか……。
自問自答する和田。
違う、な。
手放した自分はこんなに他者都合を優先していただろうか?
忘れていたあの頃の自分。
そんな自分は自立していたと思い出す和田。
「俺には昔大切な彼女が居た」
「うん?」
「答える前に聞いて欲しい」
「わかった」
「国家公認の魔法使いになる前俺は好きな子の気を惹きたくて魔法を勉強した。そして得意な二つの魔法に集中して研鑽を積んだ。でもどれだけ頑張っても二流で止まった。それならと空間魔法と幻術魔法を合わせた。理由は単純でそれで好きな子を振り向かせられると思ったから。俺が好きな子はマジックが好きだった。だからマジックと魔法を掛け合わせることを思い付いた」
和田は誰か別の人間の想い出話をするように淡々と説明していく。
「面白い発想だね」
真剣に話を聞く小柳の目は真っ直ぐで凛々しい。
「恋が始まった日から俺はマジックと魔法を頑張った。それを魔法演習組手大会の練習で披露したら急に向こうから話し掛けて来てくれて、マジシャンみたいでカッコイイ! ってことをきっかけに仲良くなっていた。それからしばらくして告白した俺はその子と結ばれた。だけどそれが今に繋がってる」
「話せる範囲で続き教えて」
「あぁ。今のお前と同じで独創的で素晴らしいと興味を持った大人たち。そのまま持ち上げられ、有名人になった俺は周囲の期待で次第に押しつぶされることになる。本当はまだ大好きだった女の子に当時の愚痴を吐いて泣いてばかりの俺はこのままでは本当に傷つけてしまうと思い、最後は「別れたい、ごめん」と伝えた。本当はずっと側にいたかったけど、有名になった俺は両親がこの学園に入学させようとしていることを知っていた。その子はお世辞にもここに入れる魔法の実力がなかった。だからいつか離れ離れになって辛い思いするなら、せめて俺が俺らしく自分の意志で動けるうちにと思って別れることで傷つけることを止めた」
「当時彼女さんの意見は聞いた?」
「いや」
首を左右に振って否定する。
「なんで聞かなかったの?」
「自分のことだけで手一杯だった。来る日も来る日も普通の人とは違う生活と拘束される毎日。もう俺自身可笑しくなっていた。彼女との連絡さえめんどくさいと思う程に心は疲れ切っていた。だから一方的に逃げるために……違うな、俺が自分だけでも楽になるためにそれを選択した」
結果的に、逃げた。
当時の俺は間違っていた、と今なら考えることもできる。
だけど……そんな当時の和田でも誇れることがあるとすれば。
自分の意志で何かを決めて、自分の意志で動いたことだ。
人間は傀儡人形じゃない。
誰かの言いなりの道具でもない。
自分の為に、自分のなりの考えを持っていて、それを実行する生き物である。
しがらみがある中で可能な限り、それを当時自ら考え実行していた自分を和田は今でも誇りに思っている。あの時の俺は今より輝いていた、と。
「そっかぁ」
「もうわかるだろ? 俺は恐らくお前を傷つける。さっき言葉に棘あると言われたように。それでも中途半端な優しさをお前は求めるか?」
「求めるよ」
その言葉に迷いはなかった。
視線を外さずに即答された答えは一切の揺らぎや迷いを感じない。
「私より先に天才魔法使いと呼ばれた明久君なら私の気持ちがわかるよね?」
「その一部なら」
「その一部だけでいいよ。私多くは求めないから」
「そうか」
「だって多く求められても逆に困るでしょ?」
「そうだな」
「なら、これから改めてよろしくね。それとお前っての雑な感じがしてイラッとするから今度から千里って呼んで欲しいな?」
「……問題ごと増えるぞ?」
「なるほどね、そう言う意味もあったんだ。でも名前で呼んで欲しいな」
「どうなっても知らねぇぞ?」
「嬉しい悩み(進展話)は苦にならないから大丈夫だよ」
無邪気な笑みを見せる小柳
そのまま。ちょっと嬉しそうに、なによりちょっと照れくさそうにして。
「私たち明日からは手を取り合って生きていこうね」
そんな言葉を言った。
そのまま立ち上がると、大きく背伸びをする。
「今さり気なくおっぱい見たね?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて。
「触りたい? 今なら誰も見てないし私の気分一つで触れるよ?」
と和田の耳元で小悪魔が囁くのであった。
「けっ、くだらねぇ」
そっぽを向いて否定する和田に。
「な~んてね、少しは期待した? でもね、明久君になら意地悪な私も見せてあげる。もっと近い距離になればそれ以外の私も沢山ね。だから仲良くなってくれたら嬉しいな。なら、また明日教室で会おうね」
と、小柳が和田に手を振りながら、屋上を出て行った。
その時の笑顔はどこか吹っ切れて自然な笑みって感じがした和田は「あぁ」とだけ返事をした。
つられるように自然と出た微笑みに和田は鼻で笑った。
自分だけの苦悩と思っていた経験が案外身近な所にもあると知ってか、心が少し軽くなった気がしたからだ。
それは気のせいなどではなく、様々な要因で疲れ切っている心に安らぎを与えていた。
どこか懐かしい気持ちになるのは――きっと。
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