第9話 もう一つのフィーリング 3


 ■■■


 魔法とは才能だけでも努力だけでも開花しない。

 そこに自分の適正も影響してくる。

 そんな堅苦しい話は聞き飽きた。

 魔法工学の授業を右から左に受け流し頬杖をついて考えごとをしている和田はチラッと隣の席に座る小柳千里を見た。

 凛とした横顔はとても綺麗で美しい。

 まるで芸術作品のようだ。

 和田は周囲の男子生徒と比較して、特別扱いされていると感じた五限目の授業を思い返す。

 小柳は男子生徒の名前を呼ぶとき、必ず苗字だった。

 今にして思えば名前で呼ばれているのは自分だけだった。

 小柳のことについて考えていくうちにこの答えが出てきた。

 と、急に小柳を気にした理由はもっと違う理由で――強すぎるから。

 可愛い容姿とは真逆の大魔王級の強さ。

 国家公認の魔法使いなだけ合って五限目の実技演習で誰一人歯が立たなかった。

 その中でも最も善戦したのが北条真奈だった。

 少なくとも和田の目にはそう見えた。

 それでもかすり傷一つ付けることはできなかった。

 座標変更を利用した連続攻撃も移動先が読まれてしまえばその効果は半減する。

 カウンターを得意とする者同士、力を存分に発揮できたわけではない。

 それでも同じ条件下ならば百回やっても結果は覆らない。

 それだけの実力差が二人にはある。

 そんな二位の北条真奈だけでなくクラス七位の坂本の足元にすら立てなかった、クラス最下位の和田は改めてこの学園のレベルの高さを実感する。


「あっ」


 見られていることに気付いた小柳が小さく手を振って挨拶する。


「なんで私見てるの?」


 朝にも感じた疑問がここでもやって来る。


「べつに」


「用もないのに私を見てたの?」


 二人のひそひそ話が気になるのか聞き耳を立てるクラスメイトたち。

 クラスで一番人気と最下位の会話。

 話題性としては充分か。

 二人はそんな聞き耳を無視して話を続ける。

 ただし、ここからはノートの端を破った紙の文通で。

 先生の目を盗み行われるソレは二人だけの会話となる。


『どうして俺を対戦相手に指名したんだ?』


『クラスで明久君だけ私に勝負挑んでこなかったから』


 勇気と無謀は違う。

 男子の多くは小柳の気を惹こうと無謀な勝負を挑んだ。

 女子の多くはせっかくだからと軽い気持ちで無謀な勝負を挑んだ。

 残りの少数派は真剣に勝ちに行った。どれも結果は火を見るよりも明らかだった。

 それを近くで見ていた和田は最初から戦う気すらなかった。

 もっと言えば先生から呼ばれ強制的に行われる試合以外するつもりはなかった。

 だけど最後の最後で「先生! 私最後に明久君と試合します!」なんて宣言されたら断りたくても断りにくい。先生とクラスの目が一斉に向けられ、「良し! いいだろう! 北条真奈、和田明久、前へ!」などと言われたら逃げ道がない。

 こうして小柳千里の総渡り戦は幕を閉じた。

 余談だがおまけエピソードも授業終わりに生まれた。

 最終戦。もし全勝記録を防げたら男として恰好良かっただろうが、和田では無理だった話。


『でも何だかんだ明久君が一番厄介だったよ』


『なんでそう思った?』


『私を本気で殺すつもりだったでしょ? だからかな~私恐かったなぁ~』


 文章を見て苦笑い。

 勝てないから諦める、それは相手に失礼。

 そう思ったから全力で挑んだ。

 ただし勝ちたいと思い“誰も勝てなかったんだから”と考えた和田は賭けにでた。

 もしかしたら出力制御を無視した殺す気で行けば勝てるんじゃないかって。

 だけど、信じていた。

 それでも攻撃が届かないって。

 結果はかすり傷なしの圧勝。

 つまり……そう言うことである。


『なら今度は私の番ね』


 二通目の文章が送られてくる。


『もし私がアレで怪我したらどうしてた?』


『信じていた』


『もう少し詳しく教えて』


『小柳千里にはそれでも触れることすら叶わないって』


『本当にそう思ってた?』


 向けられた視線に頷く和田。


「うん、なら合格。これからも仲良くしてね」


 友達としての関係性を続けるか止めるか。

 その審議されていたと知った和田は「あぁ」と小声で返事をした。



 そして授業終わりに先生から告げられる告知。


「――良し、お前達に先生から重大な発表があるからよく聞け。皆が最近ソワソワしているのは先生も知っている。だから今日に限っては授業中に居眠りしていた者、文通していた者、落書きをしていた者、隣の席の者とコソコソ話をしていた者、目を瞑った。この時間を作る為に。この後から今週の金曜日まで文化祭で出し物をしたい有志を募集する。募集者はこのあと職員室で各々担任の先生に申し出るように。そして聖夜の魔法――」


 その言葉が教室に響いた瞬間。

 そわそわとしていたクラスが静かになった。

 それだけ皆が例年胸を膨らませているイベント。

 どうやら先生たちもわかっているようだ。


「――これは俺にさり気なく申し出ろ。先生が一人で管理してお前たちの青春を応援してやる。それとは別にもし一人で準備が不安だと思う者がいたら――」


 あれ? 厳しくて口うるさい先生が良い先生に見え始める者たちが居た。


「――告白者は誰に告白するか。口で恥ずかしかったらノートの切れ端にその人の学年と名前と性別を書いて俺に渡せ、いいな? 当日先生がその子がいるかさり気なく確認しといてやるから、自信を持って皆の前で名前を叫んで舞台に呼ぶんだ。手伝いが欲しい物は俺に直接言え! 可能な限り俺が力を貸してやる。なにより日曜日の午後九時から十時を目安に行われる花火をバックにした告白は例年成功率が高く、周囲の目が合って断れずお付き合いをスタートし卒業と同時に結婚した先輩の一人が俺だ! だから好きな人がいる者は勇気を持って恋の青春に挑め! 以上、解散!」


 先生の力説が終わると、タイミングよく六時間目終わりのチャイムが鳴った。

 今まで生徒から嫌われていた先生の株が物凄い勢いで上がっているのは……。

 クラスの皆が魔法工学担当の先生の認識を改め始めたからだろう。

 人の好感度や印象とは……どうやらなにかをきっかけに変わると言うのは本当らしい。

 まさかそれを証明するために普段は嫌われ者を演じていたとしたら、それは正に学生にとっての恋の教師(Cupid)とも言えるかもしれない。


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