第28話 表裏一体の思惑・1
「月王家第二王女、ナギサ=ルシード。只今参りました」
ナギサは両膝を付き、両手を組み、頭を垂れた。
その、頭を垂れる先には大神・ルゥが、笑みを零しながらナギサを見ていた。
「ナギサ、構いません。顔を上げなさい」
その言葉に、ナギサがゆっくり顔を上げると、大神が口を開いた。
「よくいらっしゃいましたね」
「いえ。大神様からの召喚でしたら、すぐに馳せ参じます」
淡々と答えるナギサに、大神は苦笑いを零した。
「そんなに緊張しなくてもいいのですよ。こちらの生活にも慣れてきたようですね」
「はい。まだ、戸惑うこともありますが、公務を任されることも増え、皆に支えられて精進しております。聖力の扱いも、少しずつですが慣れてまいりました」
ナギサがそう答えると、大神は笑みを深くした。
「そうですか。それならば、ちょうどよかったかもしれません。実は先日、あなたの噂を聞きまして」
「噂?」
ナギサは訝しげな表情で問うた。
正直、自分の耳には入っておらず、何かしただろうかと、不安そうな表情で大神を見た。
しかし、大神は悪戯っぽく笑うと、楽しそうに口を開いた。
「ええ。月界の王女が剣を振り回して、その辺の男も薙ぎ倒すほどの勢いだった、と伺ったもので」
「えっ!?」
予想外の、大きく尾ひれがついた噂に、ナギサは驚きの声を上げると同時に、口をパクパクと動かした。
「ふふっ、そんなに驚かなくても良いではないですか。カズエラ=レキニートのところで、武術を習っていると聞きました。何でも、剣術が性分に合っているとか。聖法術が使えない際に、武術もできると心強いですからね。止めるつもりはありません。しかし、次期大神として聖法術も使えなくてはいけないので」
大神はそこまで言うと、パンッと手を叩いた。
それに答えるように、ヴィルジェがぽんっと音を立てて突然現れた。
「ヴィルジェ!?」
ナギサが驚きの声を上げるが、ヴィルジェはむっと頬を膨らませると、両手を腰にあて、怒り始めた。
「もーうっ!ナギサってば全然呼んでくれないんだもーん!」
“ぷんぷんっ”という擬音が、目に見えるような怒り方をするヴィルジェに、思わず圧倒されたナギサが「ご、ごめん」と答えるのを、大神は「ふふっ」と楽しそうに笑った。
「あなたが来ない間、とても大変だったのですよ?ずっとこの調子で……精霊長なのだから、もう少し威厳を持っていても良いというのに」
さらっと嫌味を言う大神だが、ヴィルジェには効いてないようで、変わらずぷんすこ状態で返す。
「だって大神様。折角ナギサと契約結んだのに、音沙汰ないんですよ!?」
「はいはい。わかったから、落ち着きなさい。ナギサ、そういう訳だから、今日はヴィルジェに付き合って、聖法術の勉強でもしてあげてちょうだい」
大神の言葉に、ナギサも苦笑いを零しながら、「かしこまりました」と承諾した。
ヴィルジェに「外で勉強しよ!」と腕を引かれ、大神に笑顔で見送られながら、二人は大神殿の外へと出てきた。
大神殿の外は草原が広がっており、色とりどりの花々が咲き誇っている。
その中でもあまり人が通らない場所で二人は座った。
「それで?ナギサってば、ずっと剣術の勉強してるの?」
「そ、そんなにずっとはやってないよ?」
ナギサが慌てて答えるが、ヴィルジェはじとっとした目でナギサを見た。
「剣術ばかりだと偏るから、聖法術の勉強もしてよね」
「え、ええ、もちろん。でも、剣術にも聖力を取り入れようと今、試行錯誤していて。上手くいけば、聖法術も上手くなる、かな、って」
それにはヴィルジェは驚いた顔をしたが、「じゃあ」と話を続けた。
「法術の勉強そのものは?歴史とか、原理とか」
「ええ、しているわ。法術って一口で言っても、かなりの種類があって、それぞれ原理が違うから呼び方が変わる、とか。細かすぎて、全部は覚えられないのだけれど」
ナギサが肩を竦めながら言うと、ヴィルジェも頬に手を当てながら、溜め息を吐いた。
「あー、それはちょっと同感かも。種類だけで言ったらとんでもない量あるし、伝承者がいないとかでなくなった法術も入れたら、キリがないもんね」
「でしょう?サーラが使う“召礼術”は、女系であるメイル家の女性にしか伝承されていなくて、それ故に今はサーラしか使えない。他にも、扱いが難しくて発動までに時間がかかるとかで、使う術者が限られている“聖導術”や“召喚術”だってある」
ナギサの言葉を聞いていたヴィルジェは、思わず苦笑いを零した。
「あはは、確かに。多くなってしまったのも、術を使うのに、“精霊”または“同等の力を持つ神”との契約、または使役が必要で、その細かい組み合わせで全部名前変わるからね」
「精霊が、この世界の人口より多いのだから、仕方ないってこと?」
ナギサの疑問に、ヴィルジェは「うーん」と考える。
「それはそうかも。“精霊”は人に認識されないと力が弱り、最悪消える。人と契約するのが、一番手っ取り早いもん」
「でも、人に力を貸すのに、精霊自身もある程度力ないと無理でしょう?」
「まあね。ただ、力がないならないで、名前を持たない精霊の“一部”として、同じ力を持つ“神”に使役してもらえば、解決すると言えばするよ?まあ、プライドどころか、自我もないかもしれないけど」
ヴィルジェは冷たい表情で言うが、精霊長なりにいろいろと思うところはあるのだろう。
しかし、ナギサは「そこよ!」と声を荒げた。
「それを考えると、“神”の意義がわからなくなるのよ」
「え?」
「だって、強い精霊と契約をした“人間”を差すのよね?」
ナギサが眉間に皺を寄せながら問う。
ヴィルジェは苦笑いを浮かべながら答えた。
「うーん、正確には、その“属性”でもリーダー格の精霊ね」
「大して変わらないじゃない。一つの属性に特化した法術士ってだけだと思うのだけど。なんで“神”なんて大袈裟になってしまうわけ?確かに、法術士にとっても、精霊にとっても、お互い利益があるのはわかるけども」
この言葉に、ヴィルジェはぐっと眉を顰めた。
“精霊長”という、全属性を持つ強い精霊であるが故、大神に対しても強気な態度を取れるヴィルジェだが、ナギサの意見には同意しかない。ナギサの言い分は、精霊側の意見に近いが、それをハッキリ口にして言うあたり、ナギサが白黒をつけたい性格なのがわかる。
ヴィルジェからしたら、面白い存在であり、ナギサがこの世界を変えてくれるかもしれない、という思いと同時に、それ故に大神の怒りを買わないようにしてほしいと、願わずにはいられなかった。
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