第27話 憂々・2
カスリは、ナギサの自室を前に、どうしてこうなった、と言わんばかりに立ち尽くした。
リナに押された末、「婚約者として、あなたが何とかするべきです!ほら!フウ様とクロス様を見習って!」とトドメを刺された挙句、ぽいっとナギサの自室の前に放り出されたからだ。
ここまで来ると、リナもサーラも自分を王族と思ってなさすぎだろ、としか思わない。だからと言って、制裁とかは考えていないが。
そこまで考えて、大きな溜め息を一つした後、気合いを入れるように頬を叩くと、ナギサの自室にノックをした。
しかし、返事は一切なく、一瞬ムッとした表情を浮かべ、「ナギサ、入るぞ?」と声をかけた上で、ドアノブに手をかけた。恐る恐るドアを開け、そっと部屋の中を覗くが、気配はなく、再び「ほんとに入るからなー」と声をかけながら、ナギサの自室へと足を踏み入れた。
ナギサの部屋は、王族にしてはそこまで大きくない。また、その年齢の女性の部屋にしては、落ち着いた雰囲気で纏まっていた。無駄な装飾品がなく、インテリアも月王家が好む青系統で纏めているだけで、華やかさなどはあまりなかった。
カスリは数歩進むと、部屋の中央に置いてある大きめのソファの上で、ナギサが横になっていた。
「いるなら返事しろよ。真っ昼間からゴロゴロしてるのか?」
カスリの声に、ナギサは視線だけ向けた。
「ちょっとカスリ。女の子の部屋に勝手に入るとか何事?マナーとかないわけ?」
「俺はノックしたし、声もかけたけどな」
ムスッとしたナギサの言葉に、カスリは頭を抱えつつ返答すると、そのままナギサが転がるソファの横で仁王立ちになった。
「ほら、いい加減にしろよ。ナギサが引きこもってるって、リナもサーラも心配してるぞ」
「それは、わかってる、けど」
そう返事はするものの、一向に起きないナギサに痺れを切らし、カスリは溜め息を零すと、そのまま話を続けた。
「キッチンを借りてもいいか?」
「え?ええ。構わないけど」
突然の申し出に、ナギサは訝しげな表情をしながら、カスリを見上げた。しかし、カスリはそのままナギサに背を向け、そんなに大きくないキッチンへと向かった。
少しして、ふんわりと漂ってくる甘い香りに誘われるように、ナギサはキッチンを覗いた。
「こ、この香りは……」
そわそわした様子で見てくるナギサに、カスリは「ホットケーキ。確か、好きだったろ?」と答えると、パッと晴れた顔をしてナギサがカスリの隣までやって来た。
「ホットケーキ!スイーツはどれも好きだわ!」
そのあまりの切り替えぶりに、カスリは苦笑いを零した。
「いくら何でも、切り替え早すぎだろ」
「いいじゃない!カスリの手料理とか、久しぶりなんだもの!」
ナギサは頬を膨らませながら答える。
月界に戻って来る前、普通の高校生をしていた時に、ナギサはカスリとカスリの父親と一緒に暮らしていたが、その際に料理を担っていたのがカスリだった。
記憶を失くし、十一歳ぐらいから中学卒業するまでの数年は孤児院で過ごしていたナギサと違い、カスリは記憶を失くしておらず、父親と共に暮らしながら、陰からナギサのメンタルが落ち着くのを見守っていた。
とは言え、父親と二人暮らし。また、カスリの父親であるキセイは柔和な性格ではあるが、とんでもなく楽観的な人物なのも相俟って、「食べられればいいよねー」と味は二の次な料理を日々出していたため、必然的にカスリが覚えたのだ。
それは、高校に入学し、ナギサが合流してからも変わらなかったのだが、この頃にはカスリの料理の腕前が上がりまくっていた。
「ほら、できたぞ。トッピングは任せてもいいか?」
ナギサの前にホットケーキを乗せた皿を渡すと、「ええ」とナギサはふんっと鼻息を鳴らす勢いで、アイスやフルーツを乗せ始めた。
テーブルに二人分の皿を置き、紅茶も並べ、お茶会が始まった。
「いっただっきまーす!」
ナギサのご機嫌な声が響き、一口頬張ったナギサの笑顔を零した。
「さすが、カスリ。相変わらずね」
「なら良かった。こっちに帰って来てからは別に自分がやらなくてもいいから、することもなくなったし。それに俺、どちらかと言えばお菓子作りより、普通に飯作ってる方が得意だし」
その言葉を聞きながら、「確かに、あまりお菓子を作ってるところは見なかったな」とぼんやり考えるナギサだったが、カスリが「機嫌が直ったならいいけど」と話を続けてきた。
「それで?魔界行ってから引きこもってるって聞いたけど、何かあったか?」
その単刀直入な言葉に、「うっ」と言葉を詰まらせるナギサは、ちらりとカスリを見た。カスリも、じとりとナギサを見ている。
カスリは、はあっと溜め息を吐いてから口を開いた。
「別に、言いたくないならいいけど。ただ、仕事の関係で魔界に行って、嫌な目にあったっていうなら、そんな仕事辞めればいいだろ」
その言葉に、ナギサがぎょっとした表情でカスリを見た。
「いや!?さすがにそれはマズイでしょ!聖界代表みたいなものでもあるし、威厳に関わってくるわ」
「そうか?代理人の仕事なんてさ、将来王位を継ぐ時にいろいろな視点で物事を見られるように、だろ?」
表情を変えずに、事実を淡々と言うカスリに、ナギサはぐっと眉を顰めた。
「確かにそうかもしれないけど……でも、普段なら関わることがない人たちだからこそ、得られる情報だってあるわ」
ナギサは、先日の聖力を剣術に応用できるかもしれないことを思い出しながら言う。
しかし、事情を知らないカスリは、訝しげな表情を浮かべた。
「それはそうかもしれないけど。ただ、ナギサは混界で過ごしていたんだ。そいつらとは違う知識とかを持ってるだろ」
「そうね。相手が持ってない知識はあるかもしれない。でも、私の知識や情報が全てではないでしょう?聖界だけを考えるなら別にいいかもしれないけど、外交を全くしない、というのはまた別だと思うの」
ナギサの言葉は正論ではあるが、「それでは何も解決しないのでは?」という気持ちの方が優先し、カスリは不満そうな表情を浮かべた。
「それに!他の代理人が仕事をちゃんとしてるのに、私だけしないというのは、何か悔しくない?戦う前から負けた、みたいじゃない。だったら、完璧にやってぎゃふんと言わせてみせるわよ」
ナギサは、その負けず嫌いを発揮し、ふふんっと鼻を鳴らしながら答えた。
それには、カスリも大きな溜め息を吐いた。
「お前が負けず嫌いなの忘れてた」
「だから、あまり気にしないちょうだい。その代わり、みんなには迷惑をかけると思うけど、支えてくれるだけで十分よ」
「はいはい。もう、我が儘すぎて、本当にプリンセスって感じだな」
カスリはそう言いながら食べ終わった食器を片そうとするが、ナギサがすくっと立ちあがった。
「と、いう訳なので、ホットケーキのお代わりを所望するわ!甘いもので支えてちょうだい!」
目をキラキラさせながら言うナギサに、カスリは再び大きな溜め息を吐いた。
「ほんとに現金だな!」
そう叫ぶカスリだったが、すぐに作る準備に入るのを見て、ナギサも空いた皿を持って横に並んだのだった。
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