第26話 憂々・1

 リナは盛大に溜め息を吐いた。

 隠す気もないそれに、隣にいたサーラは驚いたようにリナの顔を覗いた。

 あの真面目で厳格なリナにしては珍しい行動に、槍でも降ってくるのかと心配したぐらいだ。

「ちょっと、リナ。珍しいね。どうかした?」

 顔色を伺うように聞いて来るサーラに、リナは「いえ」と短く答える。

 その様子を見ていたサーラだが、どう見ても「何でもない」という雰囲気ではなく、思わず苦笑いを零した。

「そんなにナギサが心配?」

 サーラの言葉に、リナはぴくりと肩を震わせると、じとりとサーラを睨んだ。

“睨む”という、普段ならあまりしない行動に、サーラは再び槍が降る心配をしたが、そんな心の内を知らないリナは、ゆっくりと口を開いた。

「当たり前でしょう?主なのですよ?あなたは何とも思わないのですか?」

 声を荒げたいのを我慢しています、と言わんばかりの声音を出すリナに、サーラはぽりぽりと頬を掻いた。

「確かに心配だけどさ。でも、ナギサはわたし達……というか、他人を頼るタイプじゃないのも知ってるし」

「ナギサ様は一人で抱え込むタイプですからね。今回だってそうでしょう?護衛も付けず、キョウノ=ウーフのところに出かけて、帰ってきたらこれですよ?一人にしてほしいって言ったきり、自室に引きこもっているんですよ?そんなあからさまな態度とられたら、心配するに決まっているでしょう!」

 思わずヒートアップしたリナが、吐き捨てるように言うが、サーラは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

「まあ、魔界で何があったかは気になるけど……今更じゃん。ナギサの性格考えたら、どうしようもないと思うな」

「サーラ!なんでそんなに呑気なんですか!?大体、護衛するのがあなたの役目でしょう?何かあったら、あなたの首まで飛ぶんですよ!?」

「まあ、その時はその時かな。そもそも、ナギサの立場考えたら、今後一人で行動とか増えるだろうし、強いのも知ってるから、あんまり心配してない」

 能天気にへらへらと答えるサーラに、リナが思わず掴みかかろうとするが、そこに突然声がかかった。

「お前ら、何してんだ?」

 突然やって来たカスリは、ナギサの部屋の前で大騒ぎをしている二人を、呆れた表情で見つめている。

「あ、カスリ。カスリこそどうかした?」

 サーラが「よっ」と片手を上げながら問う。

 サーラから見れば、王族であるカスリも護衛の対象になるのだが、古い付き合い故に未だにフランクな態度が抜けないでいたし、カスリもそれを気にしないタイプでもあった。

 そのため、カスリも釣られるように「よっ」と片手を上げて挨拶を返しながら、口を開いた。

「いや、ナギサに用があったんだけど……なんで、そんなとこで揉めてるんだ?」

「いえ、ナギサ様が……はっ!カスリ。あなた、力を貸しなさい」

「えっ!?いきなり何だ!?」

 リナの突然の言葉にカスリはぎょっとしたが、サーラは「ああ、なるほど」と合点がいったようで、笑顔でカスリに向かって手を振った。

「こうなったリナは止められないからねー。頑張れ!」

「他人事だな!話の意図が全く見えないんだけど!?」

 カスリの大声にもリナは動じず、そのままナギサの部屋の側にある護衛用の控室にカスリを連れ込んだ。

 その後ろを、楽しそうについていくサーラの姿があった。


「え?ナギサが引きこもってる?」

 控室に押し込められ、リナから事情を聞いたカスリは、訝しげに聞き返した。

「ええ。魔界から帰って来てからこの調子で。……というか、婚約者ならばそれぐらい察してもいいはずでは?」

 カスリの問いに返していたリナだったが、途中からリナも訝しげな表情でカスリを見た。

「いや、そう言われても……あいつ、最近忙しそうだったし、全然会ってないんだけど」

 ややムスッとしながら答えるカスリだったが、リナがあからさまに呆れた表情でカスリを見た。

「もう少しナギサ様を気遣ってもいいのでは?忙しそうとは言え、ずっと外出していたわけではないのですよ?クロス様とフウ様を見習ってほしいものです」

「いや、あの二人は別次元だろ!」

 カスリは思わずツッコんだが、常にイチャイチャしている実兄と、未来の義姉を思い出し、身震いをしそうになった。

 とんでもなく失礼な態度だとは思うが、公務などで別々の時以外はずっと一緒にいる二人を、自分とナギサに置き換えた時に、思わず頭をぶんぶんと振ってしまった。

 その様子をリナはじとりと見てくるのに居心地を悪くしたカスリは、思わず話を逸らした。

「って言うかさ、ナギサは忙しすぎだろ。それはお前たちでどうにかできないわけ?」

 その言葉に、リナとサーラはお互いの顔を見たが、すぐに盛大な溜め息を吐いた。

「そんなのできるわけないじゃん。王女としての公務だけじゃなくて、次期月王としての公務、更には次期大神としての仕事を冥王に任じられてるんだよ?わたしじゃ口出せないよ」

 サーラの言葉に、カスリも「うっ」と言葉を詰まらせたが、少し考えてからゆっくりと口を開いた。

「ってか、魔界に行ったって、それも仕事関係なわけ?あいつが魔界嫌いなのは知ってるだろ?それなら引きこもったのだって納得だと思うけど」

「当たり前じゃないですか。ナギサ様が仕事以外で魔界に行くわけないでしょう?それに、先日は魔界とは言え、両族長の……キョウノ=ウーフのところへ行くとのことだったので、私も渋々とは言え納得しました」

「キョウノ=ウーフ?」

 カスリの質問に答えたリナの言葉の中に、知らない名前が出てきたことで、カスリは聞き返したが、その問いにリナはキッとカスリを睨んだ。

 その視線にカスリは、「マズイ!」と思ったが時既に遅く、リナは怒鳴りたくなるのを我慢するように咳払いをすると淡々と話し始めた。

「もう少し勉強なさってはどうです?仮にも、ナギサ様の将来の旦那ですよね?ということは、将来の副神ですよね?まさか、ナギサ様一人に仕事を放り投げる気ですか?もう少し、世界の情勢など勉強されては?」

 あまりの怒気を含んだ声に、カスリはうんうんと首を縦に振りながら、「ご、ごめんなさい」と思わず謝る。

 リナは、自分を落ち着かせるように大きな溜め息を一つ吐き、話を続けた。

「キョウノ=ウーフは、魔界両族長です。現在、冥王以外で“封印の神”と契約を交わしている人物です。そのため、冥王候補に挙げられており、冥王代理人を請け負っています」

「代理人だから、ナギサと関わってるってことか」

「ええ。代理人とは言え、役職は魔界両族長ですから、魔界に居を構えております。そのため、ナギサ様はそちらに出向いたのですが……それからこの状態でして。もう何かあったとしか思えないでしょう?場合によっては、戦争も厭いません」

 リナの過激な発言に、思わずカスリがぎょっとした。

「お、落ち着けって。怒る気持ちはわかるけど、事を大きくするにはまだ早いって!」

「そうだよ、リナ。わたしも怒ってるけど、神官のリナがそれを言っちゃダメだってば」

 カスリとサーラに宥められ、リナはふんっと鼻を鳴らした。

 リナは昔から、一番大人しそうに見えて、いざという時は一番過激な性格なのを思い出し、変わってないな、と言いそうになったのを、慌てて飲み込んだカスリがいた。

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新生月姫 宇奈月希月 @seikaKitsuki

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