第25話 出会いは必然で・3

 ガイトに連れて来られた先は魔界の王城で、ナギサは身体を強張らせた。

「大丈夫だ。心配ない。中でキョウノが待っている」

 ナギサの様子に気付いたガイトは、安心するように声をかけると、ナギサの背に手を置き、エスコートをするように、城の中へと進む。

 そのまま一室へと入ると、そこにいた面々を見て、ナギサはぐっと体を硬くし、その場で立ち止まってしまった。

 部屋に入った途端、魔王・ルシフを筆頭に、ダークやキョウノ、そして見知らぬ女性が一斉にナギサを見たのだ。怯んでしまうのも仕方がないことだった。

「ああっ、ナギサ。怖い思いをさせたね。やっぱり、送って行けばよかった……」

 キョウノが駆け寄り、ナギサの手を握りながら声をかける。

「伯爵のせいじゃ……」と否定の声をかけるナギサだったが、その部屋の異様な雰囲気に負けて、最後まで言葉が出なかった。

 その様子を見ていたルシフが、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ガイトから事情は聞いた。怖い思いをさせてしまい、申し訳ない。まさか、あのダメ息子がこんなことをやらかすとは思わなかった。私から締め上げておく」

 深々と頭を下げながら言うルシフを見つめていたナギサだったが、ぐっと眉を顰め、嫌悪感の表情を向けて、ルシフを睨んだ。

「あなたがどういう教育したのかなんて興味はないけど!でもっ、最低だわ!!」

 声を荒げるナギサに、ルシフは頭を下げたまま受け入れるが、ガイトは一歩進んでルシフに向き合った。

「親父、レイガは埋めておいてくれ。ナギサを助けるのに一歩間に合わず……あいつは、ナギサの唇を無理矢理奪ったからな」

 その言葉に、ぎょっとしたルシフが慌てて顔を上げる。

「え?なん、だって?いや、それは……ほんとにっ、本当に申し訳ない!!」

 再び深々と頭を下げるルシフだったが、ナギサはふいっと顔を背けると、キョウノに隠れるようにぴたりとくっついた。

 その様子にキョウノも、ナギサの背を優しく摩り、慰めた。優しい表情でナギサを見ていたキョウノだったが、そのままそっとダークへと視線を向ける。

 その視線の先では、ダークが顔面蒼白になりつつも、激しい怒りを覚えたように拳を握りしめていた。

 その様子を見て、「確かに、好きな女の子が兄貴……しかも嫌いな兄貴に唇を奪われたってなれば、ああなるよな」と、内心ニヤニヤするキョウノ。

 ダークとは幼馴染であり、ダークがナギサに恋心を、幼い頃から抱いているのを知っており、応援はしつつも冷かしているキョウノにとっては、愉快なことでしかない。ナギサには可哀想だが。

「おい、キョウノ。顔がにやけてるぞ」

 ガイトが突然ツッコむが、「んー?プリンセスの騎士になれたっていう、男のロマンかな」と軽くあしらうキョウノだったが、ルシフとダークが激しく重い空気を醸し出している中で、今までソファに座って黙って聞いていた女性がすくっと立ちあがった。

 それには、キョウノもガイトも驚いたようで、思わず息を飲み、様子を伺った。

 女性はナギサの前まで進むと、ゆっくりと頭を下げた。

「この度の非は、私からも謝罪いたします」

 そう告げる女性に、ナギサは困惑した表情を浮かべる。

「あの……あなたは?」

「申し遅れました。私は、ルミナ=ルベラと申します。魔王妃であり、彼ら兄弟の母親です。レイガの失態を、母である私からも謝罪いたします」

 改めて頭を下げるルミナに、ナギサはぎょっとした。

「同じ女性として、その辛さも恐怖もわかります。ルシフ様同様、母である私の責任でもあります」

「そ、そんなっ。あの、顔を上げてちょうだい。別にあなたに当たる気はないわ。今後、あの男を近づけないでくれたら、それだけでいいわ」

 ナギサが慌てて言うと、ルミナはゆっくりと顔を上げた。

「ありがとうございます。もちろん、彼には厳しく伝えておきます。しかし、本当に素敵なお嬢さんですね」

 笑顔を浮かべ、ナギサの手を取るルミナだが、その様子を複雑そうな表情でルシフが見つめていた。

 しかし、突然ダークが叫んだ。

「母さんが謝ることなんてないだろ!?あんな野郎のことに、首を突っ込む必要なんて」

「ダーク!みっともないですよ。口を慎みなさい」

 ダークが全てを言い切る前に、ルミナがぴしゃりと言い放ち、ダークは渋々と口を噤んだ。

「ダークが大変失礼いたしました。そうだ!よかったら、今度は普通に遊びに来てください。魔王家だからとか、そういうのではなく、一人の人間として、一人の女性としてお話してみたいわ」

 ルミナが穏やかな笑みを浮かべながら言うのに、思わず気圧されたナギサは頷いてしまった。


 帰り道、キョウノに送られている中、ナギサはふと呟いた。

「……ねえ、ダークってあんなに怒りっぽいの?」

 ナギサは先程、突然声を荒げたダークのことを思い出しながら問う。

「え?なんで?」

「いえ、帰って来てから一度会っただけだけど、どちらかと言えば寡黙な印象だったから。それに、子供の時に何度か会ってはいるけど……その時も、怒りっぽいって言う印象はなかったし。だから、なんでさっき、あんなに声を荒げたのかしら、って」

 ナギサは幼少時の記憶も思い出しているようで、若干の違和感を抱いたようだ。

 お互い、数年間会ってないのだから、性格が違っていてもおかしくはないのだが。

「ああ。確かにダークは、どっちかっていうと寡黙なタイプだよな。ただ……レイガとダークは腹違いなんだよ。レイガとガイトは魔王の前の……亡くなった前王妃の子なんだ。ルミナ様は後妻で、ダークの実母だな。レイガは、ルミナ様もダークも敵視していて、それが原因で城を追い出された形だな。だから、ダークはさっき、ルミナ様が謝ることじゃないって言ったんだ」

 それを聞きながら、ナギサは考え込むように視線を落とした。

「もしかして、第三王子であるダークが跡継ぎなのも、それが関係してる訳?」

「んー、それは微妙なラインだな。確かに、兄妹間でダークが一番、魔力が高いってのもあるけど。ただ、ダークが幼い頃から、継承権を巡って争ってたのは事実だよ。決着ついたのも、ここ数年の話だし。結局、レイガは半ば勘当状態で追い出されて、その腹いせにガイトを引きずって出て行ったんだけどな」

 キョウノがそう言いながらも、「ガイトが一番貧乏くじだよなー」とかあっさりと言うのを、「ふーん」と興味無さそうに返事をするナギサだが、その表情は難しく考えているようで、キョウノは苦笑いをこぼした。

「でも、ナギサもよく我慢したよね。ナギサが、ルミナ様にまで噛みつかなくてよかったよ」

「別に、私だって魔王の家族だって理由だけで、誰彼構わず噛みつかないわよ。それに、今回の件に関しては、魔王が悪いとは思ってないわ。悪いのはあの男なんだもの。確かに、魔王の教育っていう部分は否めないけど……でも、ガイトはいい人だと思うし。ダークだって悪い人ではないし、一概に魔王の教育のせいだけではないでしょう?」

 ナギサが複雑そうに答えるのを見て、キョウノはナギサの頭を撫でた。

「うんうん、いいこ」

「ちょっと!子供扱いしないでちょうだい!」

 そう怒るナギサだったが、キョウノの手を振りほどくでもなく、甘んじて受けた。

 その様子を見て、キョウノも内心「この調子でナギサと魔王の関係が上手くいってくれれば」と願った。

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