第24話 出会いは必然で・2

 ナギサは重い瞼を、ゆっくりと上げた。

 ぼんやりとした頭を起こすように、何度か瞬きをしながら、周りを見た。

 シンプルな家具が置かれているが物は少なく、殺伐としていて、生活感が無さそうな部屋をぼんやりと見つめた。

 その見覚えのない部屋に、ナギサの頭は徐々に覚醒し、体を起こしながら「ここ、どこ?」と部屋を見渡した。

 困惑しながら部屋を見ていると、扉が開いた。

「あっ、もう起きたんだ」

「っ!!」

 男の姿を見た瞬間、ナギサは意識を失う直前のことを思い出した。

 この男に襲われたことも。全く話の噛み合わない男だということも。

「ここはどこ?」

 キッと睨みながら言うナギサに、男は構わず答えた。

「俺の部屋だよ」

 あっさりと答える男に、ナギサは『誘拐された』という事実を把握すると同時に、すぐさま頭をフル回転させた。

 男とのやり取りで、向こうは自分を知っていると思われる発言がいくつかあった。つまり、自分の正体を知っている可能性が高く、それを狙った犯行なのだと理解したからだ。

「何が目的なの?」

 単刀直入に聞くナギサだったが、その言葉に男はきょとんとした表情をした。

「え?目的?特にないけど……そうだな。強いて言うなら、結婚前提にお付き合いをしてほしいな」

「はあ?」

 予想外の返答が返ってきたことで、ナギサは素っ頓狂な声を上げた。

「いや、結婚前提が無理なら、友人からでもいいからお付き合いしてほしい!」

 そこに対しての声を上げたわけではないのだが、男は必死に食いついてきた。

 ナギサは思わず「そうじゃなくて!」と叫びながら首を振り、改めて問うた。

「ふざけないで!初めて会ったのだけど!?」

「え?初めてじゃないだろう?昼間に、噴水広場で会ったじゃん」

 その言葉を聞いて、ナギサはぐっと眉を顰めた。

 確かに昼間に会った。しかしそれは、“会った”というよりも、“擦れ違った”の方が正しい。お互いがお互いを認識していた訳ではないし、実際ナギサも「この人、私の姿を認識していたの?」とか思っている。

「まさか……あの一瞬の出来事で、ここまでやったわけ?」

「確かにたった一瞬のことだったけど、だからこそだと思うんだ。あの一瞬で、一目惚れしたってことは、もう運命の相手なんだよ!」

 そう滅茶苦茶な理論をぶっこんでくる男に、ナギサは思わず頭を抱えた。

「ただの、外見しか見てない男ってことでしょ?言っておくけど、私はあなたが誰なのかも知らないわ」

 ナギサの辛辣な言葉を聞きながら、男はぽんっと手を叩いた。

「あ、俺のこと言ってなかったっけ。俺はレイガ。レイガ=ルベラ」

「え?ルベラ?」

 すーっと冷たいものが背を伝い、ナギサは呆然と男を見つめた。

「ああ。身分は一応、魔界の第一王子だけど、王位継承権はないから、安心して。俺は本当に、ナギサのこと大好きになったから。身分とかそんなの関係なく、ナギサのことを愛してるんだ。だから、俺のことを見て」

 レイガは熱っぽい視線をナギサに向けるが、ナギサは恐怖のあまり後ずさった。

「な、なんで……私の名前を……」

「ああ。ナギサのことは知ってるよ。あのクソヤロー……ダークと仕事するから、念のため書類をもらったからさ」

 そうにこりと笑うレイガだが、ナギサは顔面蒼白で茫然としている。

 レイガは頭に叩き込んだ情報をぽつりぽつりと話し始めた。

「月王家第二王女、ナギサ=ルシード。月王の王位継承権第一位にして、次期大神。最近、聖界に帰還したばかりの十六歳。剣術が得意で、甘いものが大好き。親父……魔王、ルシフを殺したいほど憎んでいることも知っている。うん、それを知ってもなお、君だけだって思うんだ。その全部が愛おしい」

 そう言って、ナギサの頬を撫でようとしたレイガだったが、逆にナギサから頬に平手打ちを食らった。

「気持ち悪い!ただのストーカーじゃない!」

 そう叫ぶナギサに、レイガは叩かれて茫然としていたが、すぐに逃げようとするナギサの腕を掴んだ。

「待って!ストーカーなんかじゃない。俺は愛してるから……ナギサを知りたいんだ」

「放して!あなたの一方的な愛でしかないでしょ!?そんなものいらないわ!」

「一方的かもしれないけど……でもっ!この溢れる気持ちをどうしようもないし。愛してるのには変わりないから、ナギサがそのまま返してくれれば一方通行じゃなくなるよね!?」

 レイガはそう叫ぶと、掴んでいたナギサの腕を引き、そのままの勢いで無理矢理ナギサの唇を奪った。

「っ!?んんーっ!!」

 驚いた表情をしていたナギサだったが、状況を把握すると、声にならない声を上げながら、必死でレイガを押し退けようとしていた。

 しかし、相手は男であり、力では到底敵わない。剣があれば何とかなったかもしれないが、こういう時に限ってなく、ナギサは自分の間抜けさに嫌気が差した。

 そんなことを考えていると、レイガはやっと唇を離したようで、そのままナギサの顔を見るとへにゃりと笑った。

「えへへ。本当に可愛い。愛してる。愛してる」

 そう幸福感に満ちた声音で言いながら、レイガはナギサの頬を撫でる。が、ナギサはキッとレイガを睨むと叫んだ。

「何するのよ!!最低!!初めてだったのに!!このド変態!!気色悪い!!」

 目も顔も赤くしながら叫ぶナギサだったが、その言葉にレイガは目を大きくした。

「え……初めて?マジで!?婚約者いるぐらいだし、初めてじゃないと思ってたんだけど……いや、でもこれこそ運命ってことか?……わかった。結婚しよう!責任をとるよ!」

 話しが飛躍したレイガに、ナギサは「そういう問題じゃないわ!」と言い返すものの、突然のことがずっと続いていることで、ついにぽろぽろと涙を流した。

 さすがのそれにはぎょっとしたレイガだが、すぐにナギサを優しく抱き締めた。

「ああ。泣かないで。泣かないでよ。俺は、泣き顔じゃなくて、笑顔を見たいんだ」

 レイガは困ったように笑いながら、ナギサの涙を拭った。

「うっ……よく言うわ。あなたのせいでしょ?」

「そんな……でも、俺は……ナギサを、愛してるんだ。うん、どうしようもないほど。君しかいないって」

 レイガは寂しそうな表情を浮かべると、再びナギサに唇を近付けてきた。

「いや……」とか細い声で否定することしかできないナギサは、恐怖でぎゅっと目を瞑った。

 しかし、唇が振れる前に、突然ドゴッという重めの大きな音が響き、同時にナギサの頬に触れていたレイガの手がそのまま下へと落ちていく感覚があり、ナギサは驚いて目を開けた。

 その視界には、完全にノックダウンしたレイガが床に転がっていた。

 何事かと茫然とするナギサだったが、第三者の声が突然聞こえた。

「ちっ。間に合わなかったか」

 いつの間に部屋に入って来たのか、黒髪の男は倒れたレイガに近付くと、その側に落ちていた分厚い本を拾い上げた。

 そのまま、視線をナギサへと向ける。ナギサはびくりと肩を震わせ、男はすっと視線を外しながら口を開いた。

「レイガは気を失っているだけだ。来い、このままだと監禁されるぞ」

「え?それは嫌、だけど……あなたは誰?」

 戸惑うナギサだったが、男は急かすように部屋を出て歩き出した。そのまま歩みを緩めることなく、男は言葉を返した。

「ガイト=ルベラ。レイガの弟だ」

 その予想外の言葉に、ナギサはぎょっとして男を見つめた。

 目の前の男は、黒髪でサイドだけ長めに残しており、深い青色の瞳が印象的だった。正直、レイガとはあまり似ていない。とは言え、ダークと兄弟だと考えるとしっくりくるので、嘘偽りではないのだろう。

「え?魔王ってそんなに子供いたの?」

「レイガが一番上で、俺が二番目。ダークは三番目だな。さらに、一番下に妹がいる」

 ナギサの問いに、ガイトは律儀に答える。

 それを見て、最初から無表情で取っ付き難い印象のガイトだったが、真面目な人なんだろうな、とナギサはぼんやりと思ったが、ハッとしたように再び問いを投げかけた。

「あの……どうして助けてくれたの?」

 その言葉に、ガイトはぴくりと肩を揺らすと、やっとナギサへと視線を向けた。

「困っている女性を放っておけるか。それに、あのクソ兄貴を止めなきゃいけなかったしな。本当なら、ナギサが巻き込まれる前に手を打ちたかったが。まさか、とんでもない速さで行動されるとは……ほんと、あのクソ兄貴。やることがぶっ飛びすぎだろ」

 苛立ちを隠せない様子で言うガイトに、ナギサはぼんやりと「兄弟でもこう思うのだから、あのレイガって男はマジでヤバい奴なんだろう」と切り捨てた。

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