第4話 闇夜に響く協奏曲・1
会いたくないヤツがいる。
一生、この瞳に映したくないモノがいる。
そして、私は一生会えないヒトに想いを寄せる。
私の運命を変えた過去。
再び会えば、人生は修正されるのだろうか。
しかし、過去をやり直すことができないなら、私たちが交差することがない道を選びたい。
「っ!!?」
ダークは目を見開き、飛び起きた。
寝汗で湿った寝巻きと布団。カーテンの隙間から見える空を見れば、月が高くにある。時計を見て、まだ深夜だと悟ると、盛大な溜め息を吐いた。
昔から何度も見てきた悪夢。特にここ最近は、毎日のように見ていて、さすがにうんざりしてきている。
原因は何となくわかっていた。夢に出てくる少女、ナギサ=ルシードが聖界に帰ってきたというのを、耳にしたからだろう。
最後に彼女と会ったのは六年前。あの事件こそが、最後の別れだった。
彼女に怨まれているのも、当たり前の話なのだから。
返り血に染まったナギサが、血溜まりの中で、呪いの言葉を吐く夢を見続けることも納得だった。
「やっぱり、ここにいたのね」
墓の前で佇むナギサに、フウは声をかけた。
「姉貴?」
振り向いたナギサが答えるが、フウは一瞬ムスッとした顔をした。
「ちょっと、その“姉貴”って言うの、何とかならないのかしら?“お姉様”とか、何なら子供の時みたいに“お姉ちゃん”とかあるでしょ?」
フウの言い分は尤もでもあるが、記憶が戻ったばかりのナギサが戸惑った末に導き出した呼びかけでもあり、そのまま定着してしまったのも事実だ。
「そもそも、王女らしく」とお小言を始めそうなフウに、さらっと「姉貴の前でしか呼ばないから安心して」と言いのけるナギサも、随分とここの生活に慣れたようでもあった。
フウも諦めたのか、一つ息を吐いてから、話を変えた。
「それよりも、最近、暇があればここに来てるみたいじゃない」
「……失くしてしまいたい過去があるから、記憶喪失があると思うの。だから、記憶が戻れば、悲しいことも思い出す。そんなのわかっていたはずなのに……何で、記憶を取り戻したいって思ってしまうんだろう」
ナギサは独り言のように呟き、軽く溜め息をつくと、フウの目をしっかり見ながら言葉を紡いだ。
「……あのね、最近嫌な夢を見るの」
「嫌な夢?」
思わず、眉を顰めて聞き返すフウに、ナギサは小さく頷き、話を続けた。
「あの日の夢……なんだと思う。暗闇の中で、返り血に濡れた自分がいて、顔を上げると、魔王がこちらを見下ろしていて……」
そこまで言うと、ナギサは目に涙を溜めると、思わずフウの胸へと飛び込んだ。慌てて抱き留めるフウは、どこか困惑した表情を見せる。
「怖いのっ!再びこの地に降りてしまったことがっ!」
「ナギサ……。大丈夫よ。あの頃と違って、わたくしたちはもう子供じゃないもの。いざとなったら戦えるわ」
フウはそっとナギサの頭を撫でながら声をかけた。その姿は、子供時代に戻ったようでもあった。
二人の姫が城に帰ったと聞き、リナは慌ててナギサの元に駆け寄った。
「ナギサ様!!探していたのですよ!?すぐにお出かけの準備をっ!!」
普段から落ち着いているリナの慌てように、ナギサとフウはきょとんとし、顔を見合わせた。
「たっ、大神様からお呼びがかかりました。速やかに準備をし、神界に赴いてください」
「大神様が?」
ナギサが訝しげに答えると、隣でフウは「大神様、随分とナギサに肩入れしてるからね」と神妙な面持ちで言うが、その二人の会話を遮るように、リナが「早く早く!」とナギサの背を押していた。
支度を終え、慌ててやって来た神界。
その中央に聳える、大神殿を前に、ナギサは緊張したように仰ぎ見た。
大神が住まう場所。神界はもちろん、聖界にとって最大の聖域でもある大神殿。
ナギサは、帰還後すぐに訪れていたが、当時は訳も分からない状態だったため、今改めて見るとあまりの大きさ、そして厳かさに、思わず背筋がピンと伸びる。
ナギサが一歩足を踏み入れると、ナギサの姿を確認した侍女や神官たちが頭を下げる。当たり前の行為ではあるが、未だにナギサは馴染めずにいた。
とは言え、ナギサも不安な様子を見せることなく、あくまで気丈な態度で奥まで進んで行く。
大きい扉の前に衛兵と見られる人が左右に一人ずつ立っており、「ナギサ王女、お待ちしておりました」と声を掛けられる。ナギサは静かに頷いた。その姿を確認するなり、扉を重そうにゆっくりと開け放った。
開け放たれた部屋は広く、中央には大神がいる。
彼女はその長い黒髪を揺らすこともなく、ナギサを見た。
ナギサは数歩進むと両膝を着き、手を組んで軽く頭を垂れた。
「月王家第二王女、ナギサ=ルシード。ただ今、参じました」
「待っていました。頭を上げなさい」
「はい」
ナギサが立ち上がるのと同時に、再び扉を開かれ、二人の女性が入ってきた。
彼女たちはそのままナギサを通り過ぎ、大神の手前で立ち止まった。
「ナギサ、彼女たちは貴女の守護者よ。次期大神には精霊長と天使長の二人が、常時サポートすることになっているわ。今回、ナギサに冥王から招喚の知らせが入って、近々彼女たちの力が必要になると思うから、先に紹介しておきます」
大神がそう言って、二人に目配せをすると、うち一人が一歩前に出た。薄茶の髪は横にシャギーがかかっていたが、後ろ髪はウェーブがかかり、背中からは真っ白な翼を生やしていた。
「はじめまして。天使長を務めさせていただいている、クエレと申します。よろしくお願い致します」
彼女は深々と一礼をしたが、隣にいたもう一人が思わずツッコんだ。
「クエㇾったら、相変わらず固いなぁ。はじめまして!あたし、精霊長のヴィルジェだよ。これからよろしくね!」
もう一人は、横髪が長くウェーブが掛かっていたが、後ろ髪は肩ぐらいまでしかないストレートで、体の周りにはオーラみたいなのが纏っていた。
「あなたは緩すぎます!ナギサ様は、私たちの主になるのですよ」
「主だけど、信頼関係も大事でしょ?あたしは、ナギサと友達になりたいんだもーん」
どうやら二人の性格は真逆らしく、再び言い争いを始めた。その様子に、ナギサがぽかんとしていると、大神はふと溜め息を吐いた。
「二人共、いい加減になさい。下がって構いません。今日は、紹介だけなのだから」
大神の言葉に、クエㇾは申し訳なさそうに、ヴィルジェは不満そうに返事をすると、部屋を後にした。あの様子だと、廊下でも言い争いをしていそうではあるが。
大神は、場を一度改めるように咳払いをすると、再び口を開いた。
「さて、ナギサ。先程話した通り、冥界から貴女に参じるようにと連絡が入りました。わたくしとしては、あまり行ってほしくはないのだけど……さすがに、冥界を敵に回す訳にはいかないものね。もちろん、一人では行かせないから安心してちょうだい。あなた」
大神は振り返り、返事を求ると、穏やかな笑みを浮かべた男性がやって来た。
彼、副神・カイト=ルシードは、大神・ルゥの夫であり、側近でもある。ナギサが帰還してすぐに一度挨拶をしただけの人物ではあるが、威厳そのものでもあるルゥに対し、柔和で平穏そのものと言った感じであり、ナギサにとっても比較的相談しやすそうな人物でもあった。
彼は、大神から書類の束を受け取ると、ナギサの前に立った。
「彼が貴女を冥界へと連れて行くわ。じゃあ、頼んだわよ」
「うん、じゃあ、行こうか」
その言葉にナギサは「はい」と穏やかに返した。
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