第3話 新しき月の世へ・2

 お披露目も終わる頃、会場に突然やって来た人物に周りは一瞬びくりと震えると、慌てて膝をついた。

 ナギサも慌てて頭を垂れたが、入って来た女性はナギサの前で止まると口を開いた。

「ナギサ、気にしなくていいわ。顔を上げなさい」

 そう言われ、ナギサはゆっくり顔を上げると、彼女を見た。

 綺麗な長い黒髪をハーフアップにした女性は、穏やかな笑みを浮かべた。

「やっと、皆にあなたが次期月王であり、次期大神なのだと紹介できるわね。ずっと、心待ちにしていたわ」

「大神様からのお言葉、とても嬉しく思います」

 ナギサは綺麗な礼をする。

 突然入って来た彼女こそ、この聖界を守護する存在、大神・ルゥ=ルシードである。

 本来、神界にいる大神だが、次期大神であるナギサを自ら祝おうと、わざわざ一般居住区である月界に降りてきたようだ。

「こちらに戻って来て日が浅いのに、完璧な所作はさすがですね。次期月王として楽しみだわ」

 その言葉に、ナギサは一瞬表情を硬くする。

「あ、ありがとうございます。お母様やお姉様はもちろん、周りも良くしてくださるおかげで、こちらの生活にも慣れてきました」

「そうですか。これからも人前に出る機会は大いにあります。精進を忘れず、成長なさい」

「は、はい」

 ナギサの硬い返事にも気付かないのか、彼女はそのまま会場を一瞥すると、来た時と同様に威厳を振り撒きながらその場を後にした。

「はあ……き、緊張した」

 思わず胸を押さえたナギサの元に、フウが駆け寄った。

「ナギサ。大丈夫かしら?」

 その言葉に、ナギサは思わず頷くことしかできなかったが、フウは大神が去って行った方を見ながら思わず呟いた。

「しかし、本当にとんでもない威圧よね。わざわざ挨拶にいらっしゃるとか……あの方、ずっと神界から出ないのかと思ってたわ」

「ちょっと、フウ。言いすぎだよ」

 慌てて止めるクロスに、フウはふんっと腕を組む。

「まあいいわ。興醒めしたから、もう少し飲むわ!」

 そう言うと、やっと賑やかさと取り戻した会場の真ん中まで行き、「せっかくだから、もう少し楽しい時間を過ごしましょう」と周りをもてなし始めた。

 そのフウの姿に、ほっと一息吐くと、ナギサも「何かほっとしたらお腹空いちゃった」と呟き、その輪に入って行く。

 クロスはそんな二人の姿に苦笑いを零すと、ずっとナギサの側で警護に当たってくれていたサーラに声をかけた。

「ぼくは、二人のところに行くけど……弟のことを頼んでもいいかな?きみは、向こうの世界でも弟と付き合いがあったんだよね?」

「はい。向こうにいた間、キセイ様のお世話になっておりましたので」

「じゃあ、話早いね。一切、ナギサちゃんの傍に行かないダメな弟を頼むね。何なら引っ叩いてくれてもいいし」

 さらっと恐ろしいことを笑顔で言うと、クロスもそのままフウとナギサの元へと行った。

 残されたサーラは、「……まあ、クロス様に言われなくても、お説教確定だけどね!」とぼやくと、勢いよくカスリへと突っ込んで行った。


「マジで!あいつら、怖かったんだからな!」

 カスリはナギサと向き合いながらお茶をしていたが、ガシャンとコーヒーカップを置きながらナギサに訴えた。

 昨日のお披露目パーティーの際に、ナギサのエスコートを何故ちゃんとしないのかと、サーラはもちろん、ナギサの側近であるリナにまで責められたようで、それをナギサ本人にぶつけていた。

 ナギサはむっとした表情をしながら紅茶を啜ると、丁寧な仕草でカップを置き、ふと息を吐いた。

「……自業自得だと思うけど?確かに、私が主役ではあっただろうけど……そもそも、カスリだって帰還してきた側なのだから、あなたのお披露目っていう意味もあったんじゃないの?」

 ナギサの正論に、カスリもウッと声を詰まらせると、「それはそうかもしれないけど……」ともごもごと口籠る。

 その姿にナギサは溜め息を吐きそうになるのを我慢すると、彼の後ろに視線を向けた。

「カースーリー?あんた、説教の意味わかってるの!?」

「なっ!?サーラ!リナ!いつの間に!?」

「私たちの気配に気付かないとは……嘆かわしいですね」

 後ろから忍び寄ってきたサーラに怒鳴られ、リナには冷たい視線を向けられる。

 女子二人から非難を浴び、本来なら二人より身分が高いカスリが、たじたじと情けない姿をしているのを見ながら、ナギサは「ほんとに、これで大丈夫なのかしら?」とぼやきながら、再び紅茶へと口を付けた。



 このお披露目パーティー以降、月王家第二王女の帰還の話が聖界中はもちろん、いや世界中で持ちきりになった。

 そして、人々は同時に、過去にあった事件を思い出す。

 ナギサもこの日を境に、本格的に王女として公務に就いた。

 さらに、彼女の帰還により、新たな勢力が動き始める。

 これが運命の始まりだということは、ナギサ本人さえ知る由もない。


 それでも祈ろう。彼女が進む道に光あれ、と。

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