第32話
「……治療、できますの?」
「たぶん、だけどな。サーシャの時はうまく行った……だから、やってみたいと思った」
「どうして、そこまで……してくれますの」
「……魔族から、人々を救ったアイフィは、俺にとっての憧れでもあるんだ。……そんなアイフィが悲しむような結果になったなんて……認めたくない。……それに何より、キミの悲しむ顔を……これ以上見たくはないんだ」
経験値ください、とは言えないので俺はいつものように多少の嘘を交え、あくまで俺の希望での治療だという意思を見せる。
頼む……頷いてくれ! 経験値……くれ!
「……今すぐ、お願いしてもいいですか?」
よし、きた。
アイフィは真剣な眼差しでこちらを見てきたので、俺はゆっくりと頷き、片手を向けた。
そして、回復魔法を発動する。
この一ヶ月で強化された俺の回復魔法が、アイフィの足へと向けられる。
サーシャを治療した時と同じように、黒い霧のようなものがあふれ出す。
……魔族によって傷つけられた証、とでも言うべきか。
その呪いのような黒い霧を振り払うように、さらにMPを込めていく。
一度では足りない。過剰ともとれる回復魔法を連続で使用し、その黒い霧を振り払っていく。
強い光があふれ出し、それが明るく輝いた次の瞬間だった。
アイフィの体から黒い霧がすっと消えた。
凄まじい衝撃が俺の体を突き飛ばそうとしたが、こっちだって一ヶ月前とは違う。
どっしりと構え、アイフィの状態を確認する。
……俺の体から力が湧き上がる感覚。
レベルがあがったのは、明白だ。そして、それはつまり――。
俺が何かを言うより先に、アイフィが真っ先に反応した。
彼女は恐る恐る、と言った様子で車椅子を支えにしながらゆっくりと体を起こす。
そして、両方の足で立ち上がった彼女はそれまでの大人びた表情をくしゃっと歪め、涙を浮かべる。
その瞬間、力が抜けてしまったのか、体が傾き、俺が慌てて彼女を抱き止める。
「長年筋肉は使ってなかったんだ。まだいきなり昔みたいに歩けはしないと思うが……大丈夫か?」
「……は、い……動きます。動いて、くれますわ……!」
その言葉で、我慢していたのだろう涙がこぼれていく。
俺の胸元をぎゅっと掴み、彼女は子どものように泣き始め、ゴルシュさんも駆け寄ってきて、その体をゆっくりと抱きしめた。
俺はゴルシュさんにアイフィを任せ、一歩離れる。
今は、この二人の時間だ。
ゴルシュさんの両目にもじわりと涙がうかび、ゆっくりと頬を伝っていく。
お互いに、いろいろな気持ちを抱えていたのだろう。
それでも、その感情を明確に言葉にしなかったのは、口にしてもどうしようもないからだ。
……今はそんな押さえ込んでいた感情がすべてあふれ出しているんじゃないかと思う。
俺とサーシャはその様子をじっと見守っていた。
二人が落ち着いたところで、俺たちは客室へと案内された。
ゴルシュさんがそれはもう気分が良いらしく、テンションが非常に高かった。
「キミはもう、オレの息子のようなものだ! なんでもほしいものがあれば言ってくれていいからな!」
「……気にしないでください」
もう一番ほしいものは受け取っていますよ。
それは、経験値です。
……一応約束通りアイフィにはこれまで通りの生活をしてもらい、治療したことに関しては必要以上に公開しないでくれとは伝えてある。
ゴルシュさんたちが去って行ったあと、俺とサーシャは別々の部屋で休憩をとっていた。
……今後、ゴルシュさんの方で傷の治療を行う人を探してくれるそうなので、経験値に関してはそっちに期待しよう。
ひとまず、当初の予定だったアイフィの治療は完了した。
あとは、近くの迷宮で魔石を集め、サーシャの武器を作ることくらいが目標だ。
ボルドライトの街の方が魔物も活発化しているので経験値効率はいいだろうし、しばらくは治療を行いながらここを拠点に活動していけばいい。
そんなことを考えていると、部屋がノックされた。
視線を向けるとアイフィがいた。
まだ車椅子には乗っている。約束を守ってくれているようだ。
不便をかけるかもしれないが、そこは守ってもらう必要があった。
「ちゃんと、お礼を言えていませんでしたので……ありがとうございましたわ」
アイフィは深々と頭を下げてきた。
別にそこまでしなくてもいい。
もう経験値というお礼はもらっているんだしな。
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