第31話



「ありがとうございます……そう言われたこと、初めてですわ」

「それは、もったいない。……皆、傷つけられたことを気にしているのかもしれないな」

「あら、知っていましたの?」

「少しだけ、噂程度には。魔族にやられたのか?」

「……はい、そうですわ。でも、後悔はしていませんわ」


 アイフィは儚げな印象を受けたが、言い切った表情は力強かった。

 ……恐らく、アイフィは深くを語らないだろう。


 彼女の足がこのような形になってしまったのは、街にやってきた魔族が原因だ。


 年間で決まった人数を怪我させ、絶望させるのが目的だった魔族だったが、その決まった人数以上に人間を怪我させた魔族を止めようとしたところ、アイフィがその最後の犠牲者となってしまった。


 実行したのは、ブリューナスという魔族だ。

 ブリューナスは、ボルドライトの街を管轄している魔族であり、強い野心を持っている。


 いずれはゾルドラを倒し、新たな魔王として君臨しようとしていた彼は、必要以上に負のエネルギーを回収し、その一部をちょろまかして自分のものとして、自身を強化していた。


 人間世界的に言えば、必要以上の税金を巻き上げて懐に入れていたようなものだ。

 ブリューナスの強い野心に気づいていたアイフィは、それを魔王に手紙で報告した。


 そして、魔王は笑いながらそれをブリューナスに差し出し、ブリューナスがアイフィの怒りを集めるため、人間界にやってきてアイフィの足を奪った、というわけだ。



 アイフィは魔王に言えば、ブリューナスが処分を受けると判断し、手紙を出した。

 だが、実際に魔王が考えたことは「処分を期待するアイフィに対して、ブリューナスが処分を免れ、挙句の果てにブリューナスの手によってアイフィが処分されたら、負のエネルギーを集めるのでは?」と考え、その指示を出したのだ。


 ……憤怒の魔王は、自分の立場が脅かされようとも気にしない。彼は傲岸不遜で自信にあふれていて、魔族の誰にも負けるつもりはないと豪語しているからな。

 野心のあるブリューナスを気に入っているほどだ。


 当時のアイフィは、ゾルドラがいかにイカれた魔族なのかを見極めきれなかったんだよな。


 ブリューナスかぁ。


 ……ゾルドラを倒した後、ブリューナスが暫定的な憤怒の魔王として君臨していたので、こいつもどうにかしなければならない魔族の一人だ。

 まあ、魔王の力は時間が経てば経つほど強化されていくらしいので、すぐに魔王になったばかりのブリューナスはゾルドラほどの大した力はないが、厄介なのは間違いない。


 アイフィもまあ……ゲームでは死ぬんだよな。

 勇者たちは、当主となっていたアイフィに匿ってもらって活動していくのだが、ボルドライトの街に派遣されたブリューナスと対峙することになる。


 そこでアイフィもゲストキャラと参加し、その魔法の技術で勇者たちを援護してくれるのだが、動けないことでブリューナスの攻撃をかわしきれず、トドメを刺される。

 そこでようやく、ブチぎれた勇者の力の一部が覚醒し、ブリューナスを撃退する、ことになる。


 わりと、勇者にとってのキーキャラクターでもある。

 ……ゲームだと、すでにゴルシュさんは死んでいるので、恐らくは原作開始までに何かあったんだろう。


 急死なのか、魔族が原因なのかまでは、語られていなかったので分からない。


「ま、まさか……っ!?」


 俺からの手紙を見ていたゴルシュさんが驚いたように声をあげサーシャの方へ駆け寄り、視線を向ける。

 サーシャはこてんと小首を傾げていたが、ゴルシュさんはその顔を見て改めて驚いたように目を見開いた。


「き、キミが……あの将来有望だった冒険者のサーシャなのか……?」


 父さんは手紙に、俺に関する回復魔法などの情報を書いたといっていた。

 同行していたサーシャのこともそこに書いてあるのだろう。

 確かに、実際に傷が治療されているサーシャを見せるのが、何よりの証明になるよな。


「ええ、はい。そんな風に呼ばれていた時もありましたね」


 ふふん、とちょっと嬉しそうに胸をはるサーシャ。

 こら、あんまり子どもっぽいところを見せるんじゃないと思っていたが、ゴルシュさんの視線はサーシャの両腕と両目へと向けられる。


「まさか、本当に……っ」


 ゴルシュさんは、ちらと俺へ視線を向けてくる。それから、アイフィを見る。

 ゴルシュさんのその意味を理解した俺は、ゆっくりと頷いた。


「俺はアイフィの治療ができるかもしれないから、ここに立ち寄らせてもらいました。それと、ゴルシュさんの中で信頼できる腕の立つ人たちも、治療を行い、戦力の強化をしたいと考えています」


 全ての人は、治療しない。

 あくまで、現時点で必要最低限の人材と、この治療されたことを公言しない、あるいは表舞台で見せなくてもよい立場の人たちを限定してだ。


 どこから魔族の耳に入って、俺が狙われるか分からないからな。

 反撃は、まだ今じゃない。


 俺の言葉に、今度はアイフィが驚いたように目を丸くする。

 ゴルシュさんは、先ほど俺が渡した手紙をアイフィに見せる。


 彼女はすっと手紙を流し読むようにして要点だけを確認していったところで、改めて俺を見てきた。


 その表情は、期待してはいけないのに、期待してしまっているような……そんな複雑な表情。


 この世界の人たちは、期待や希望を抱いてはいけないと思っている人が多い。

 多くの場合、それらは魔族によって奪われるからだ。

 だから、アイフィもそんな複雑な表情をしているんだと思う。

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