第22話



 ……少し、考えすぎていたな。

 俺は小さく息を吐き、木刀を握り直す。

 サーシャもまた、剣を強く握りなおしたところで、サーシャが地面を蹴った。


 サーシャが一瞬で眼前まで迫る。

 ……速い。

 少なくとも、これまで戦ってきた騎士たちとは比べ物にならない速度だ。


 振り抜かれた剣を木刀で受け止めると、すぐにサーシャが消えた。


 ……側面に回り込まれ、木剣が振り抜かれる。それを木刀で捌いていく。


 本気の殺気とともに振り下ろされる攻撃の数々すべてを捌いていく。

 この殺気、すべてが本物で……実戦経験の少ない俺にはどれが嘘で、どれが本物かが見分けられない。


 フェイントにまで全力の殺気が込められていて、全てに対応しようと体が反応してしまう。

 上段からの振り下ろしに木刀を合わせようとしたら、それはフェイントで即座に脇腹へと木剣が迫る。


 だが、そこまですべてに引っかかってもかわしきれてしまう。

 俺の方がステータスは上回っているから、対応できているのだと思うが、もしも同程度のステータスならば喰らい放題だっただろう。


 実戦経験の少なさ。

 それが個人的にネックになっていたが、これはいい訓練になりそうだ。


 サーシャの振り抜かれた一撃をかわし、俺は即座に木刀を振り抜くと、対応しきれなかったサーシャが吹き飛んだ。

 体を起こし、サーシャは驚いた様子でこちらをみていた。嬉しそうにしながらも、どこか悔しそうな様子もにじませていた。

 ちょっとだけ、彼女の子供っぽい様子が見られて嬉しく思った。


「噂には聞いていましたが、お見事ですね……ルーベスト様」

「いえ、まだまだ自分は未熟です。大丈夫ですか?」


 俺が駆け寄り手を向けようとすると、サーシャは木剣を支えにして立ち上がった。


「気にしないでください」


 彼女はすっと立ち上がり、感謝するように頭を下げてくれた。

 隻腕での生活にも慣れているようだ。……こういった人との接し方というのは難しいよな。


 健常者や普通の人、という言い方もあまりしたくないが、俺からすると結構心配してしまうのだが、本人からしたら心配されたくない、と思っているかもしれない。

 むやみやたらに助けてしまうと、それはそれで相手に対して失礼なのではないか、とも思ってしまう。


「……まさか、サーシャに勝つとは」


 父が驚いた様子で拍手をしていた。

 ……サーシャの実力は騎士たちも知っていたようで、皆驚いたように手を鳴らしていた。

 確かに勝ててはいるが、あくまでステータスの暴力でどうにか誤魔化しただけだ。


 技術と戦闘勘では、圧倒的に負けているだろう。

 父はそれから真剣な表情で俺を見てきた。


「……ルーベスト。訓練の途中で悪いが、話したいことがある。一度、オレの部屋に来てくれないか?」

「分かりました」


 なんだろうか?

 父がいつも以上に真剣な表情でそういうと、サーシャを見た。


「サーシャも一緒に来てくれ」

「……分かりました」


 こくり、とサーシャは頷き、俺たちは父の後をついていった。




 サーシャとともに、俺が案内されたのは父の書斎だ。

 俺はソファに座り、向かいの席に父がついた。

 サーシャは、立場的なことを気にしているのかソファには座らずに部屋の隅の方で立っていた。


 俺も父も別に細かく気にするような性格ではないのだが、まあ無理やり座らせる必要もないだろう。

 向かい合った父は、いつにも増して真剣な表情だ。

 一体どうしたのだろうかと思っていると、


「……ルーベストは、この世界をどう思う?」


 父の切り出した言葉に、ついに、かと思う。

 ……父はこれまで、魔族や魔王の話を極力してこなかった。

 それは俺のことを思ってなのか、まだ話すべきときではなかったからなのかは分からない。


 もしかしたら、この真剣な様子から……この世界の真実、というか人間たちの置かれている状況について話をするのかもしれない。


「この世界、ですか?」

「ああ、ルーベストが思っていることを聞きたいと思ってな。えっと、楽しいとか、楽しくないとか……そういう思ったことでいいから教えてくれないか?」


 どのような回答をするのが一番なのだろうか……。

 というか、俺はもうこの世界の状況について世界の誰よりも詳しく知っているからな……。


 それは、原作のルーベストくんもそうだったんだろう。

 親に内緒で、魔族と繋がり、奴隷を購入していたんだしな。


 さてさて。

 どのくらい驚いたような演技ができるだろうか……。

 ここで父が求めているであろう回答を、しないとな。


「楽しいです。毎日鍛錬を積んで、それでどんどんできることが増えていきますから」

「……そう、か」

「……」


 父とサーシャは、なんとも言えない表情で顔を見合わせていた。

 ……それはつまり、俺に真実を打ち明けるかどうかを悩んでいるようにも見えた。


 伝えるか伝えまいか。そう迷ってしまっているんだろう。

 ここは、逆にこちらから背中を押してあげてやろうじゃないか。


「……ですが、時々思うことがあります」

「……ほぉ?」

「多くの人たちが時々、悲しそうな表情をしていますよね。その理由を、俺は知りたいです」

「……」


 ここまで言えば、父も世界の状況について話してくれると思っていたのだが、まだ父は口を閉ざしていた。

 ええい、ダメ押しだ。

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