第21話
「ルーベスト、今日も頑張っているな」
「はい。強くなるために、休んでいる暇はありませんから」
妹のために。
俺の言葉に父は満足そうに頭を撫でてきた。……ていうか、もう結構いい年齢なんだからそろそろ子どものように扱わないでほしいものだ。
……もしかして、これって反抗期というやつだろうか? 俺は前世ではそんな経験している余裕がなかったので、ちょっと新鮮な気持ちになる。
そんなことを考えていると、父の視線が隻眼の女性へむけられた。
年齢は二十歳くらいだろうか? 片目だけであるがその眼光には射抜くもの全てを傷つけるかのような鋭さがあった。
彼女はこちらへ気づくと、すっと頭を下げる。
「彼女はサーシャといってな。オレの知り合いで優秀な剣士なんだ。訓練相手として、色々な剣士と戦った方がいいと思ってな。お願いしていたんだ」
「ルーベスト様。サーシャと申します」
父の紹介の後、サーシャは名乗りながら頭を下げてきた。
……サーシャ。
剣の指導者として連れてこられた事実よりも、その名前を聞いたことへの驚きの方が強い。
彼女は、原作のキャラクターだ。
ハーフエルフではあるらしいが、見た目的な特徴はそこまでない。
容姿が非常に整っているのもエルフとしての血が影響しているのかもしれないが、見た目としては少しだけ耳が尖っているくらいだ。
彼女はこちらを見て、すっと頭を下げてきた。
「サーシャと申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、相手を務めてくれて、助かる。よろしくお願いします」
俺が答えたところで、父が満足そうにうなずいた。
「それじゃあ、早速サーシャと戦ってみてくれ。誰か、木剣を貸してやってくれ!」
父が騎士にそう伝えると、すぐ近くにいた騎士が木剣をサーシャへと渡す。
サーシャはそれを丁寧に一礼してから受け取り、左手で持って、軽く振った。
……美しい。
サーシャ自身が綺麗なのはもちろんだが、その剣には無駄がない。
俺とサーシャは向かいあい、お互いに一礼をかわす。
近くにいた騎士たちが戦いに巻き込まれないようは慣れていくのを確認しながら、原作でのサーシャの役割を思い出す。
その悲惨の末路を、な。
サーシャ。
この憤怒の魔王が治める国にて、主人公を補助してくれる貴重なキャラクターだ。
パーティーにはゲストとして参戦し、憤怒の魔王との戦いまで同行する。
しかし、憤怒の魔王に敗北する勇者一行。まだ、その時点で主人公の勇者としての力が覚醒していなかったため、魔王たちが持つ再生力を封じ込めることができなかった。
憤怒の魔王によって追い詰められた主人公たちは、主人公を逃がすために動くことになる。
そのとき、サーシャと主人公のパーティーメンバーの一人が憤怒の魔王を足止めするために残り、敗北……その後無惨な姿でゾンビ化させられ、勇者たちへと襲いかかる中ボスとして再登場し、勇者が倒して死ぬ……のが彼女の役目だ。
正直いって、立場的には最悪だ。……サーシャの原作での立ち回りだけ見ても可哀想なのに、そもそも隻腕隻眼になった原因も酷いものだ。
彼女はこの国で有名な冒険者として活動していたが、魔王軍に招待された。
本人は嫌がっていたが、断れば殺されると思っていたので話を受け、向かった。
しかし、それはやはり罠だった。
無茶な仕事を任されたあげく、それに失敗。その罰として、憤怒の魔王の手によって利き腕である右腕とさらに右目を破壊されてしまう。
もちろん、そんなことになれば剣士としての能力は落ちる。
使えなくなった彼女は魔王軍に捨てられ、今は片腕のみではあるがこの街で冒険者として活動している。
……そして、サーシャは反魔王組織に所属している。
父もわずかながらそこに資金援助をしているので、おそらく父が知り合いと言っていたのはそちらの関係からなんだろう。
憤怒の魔王が、なぜサーシャを殺さなかったのか。
まあ、やはり負のエネルギーを集めるためだ。
魔王たちは、皆負のエネルギーが好きだがそれぞれで好むものは違う。
憤怒の魔王は特に怒りのエネルギーを好んでいた。
だから、憤怒の魔王は自分の管轄内であるこの国にやってきて、ランダムに人を選定し、その大事な何かを傷つける。
サーシャを殺さなかったように、自分に対して強い恨みを持たせ、怒りを植え付けさせるためだ。
例えば、人の親ならば子どもを傷つけ、愛しい恋人を持つなら、どちらかを傷つける、あるいは殺す、奴隷化する……などなど。
憤怒の魔王は、最初に戦う魔王にして、もっとも憎たらしい魔王であり、他の魔王と比べてもその残虐性はずば抜けたものがある
……だから、多くのプレイヤーにとって、印象に残っている魔王と聞かれたら、憤怒の魔王の名前をあげる人が多いだろう。
あっ、男性プレイヤーなら色欲の魔王かもしれない。
あそこの魔王は扇状的な見た目でまず人目を集めるし、主人公にも友好的で、何かと協力的で可愛いからな。
ただし、魔王の中では一番弱いが。弱いからこそ、人間に友好的なのかもしれない。
「……そろそろ、始めましょうか?」
サーシャがこちらをじっと見てきて、剣を構える。
俺が集中できていないことが気になったのかもしれない。
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