第23話



「サーシャもそうです。俺が先ほど話した時、悔しそうな、悲しそうな、なんとも言えない表情をしていました。街の中でも、時々そういう人たちを見るんです。それが、いつも気になっていました」


 俺が父をじっと見てそういうと、父は深く深く息を吐きながら頷いた。


「……それは――。そうだな」


 そして父は、決意を固めた顔と共に口をゆっくりと開く。


「……ルーベスト。おまえは、フォータス家の跡継ぎとして、すべてを知る必要がある。覚悟は、できているか?」

「はい」


 そんなもの、とっくにできている。妹が勇者として転生すると聞かされた時からな。

 無理やり、覚悟を作ってきた原因にちくりと言葉の刃を突き立てていると、父がぽつりぽつりと話し出す。


「魔族や魔王の存在自体は、知っているな?」

「はい。この世界を管理してくれている人たち、ですよね?」


 魔族や魔王に対して、うちの家ではそのように教育されている。

 必要最低限のことだけは教えられているが、その全てまでは伝えられていない。

 例えば、魔王による残虐な行為などは、すべてルーベストには伝えられていなかった。


「ああ。そして、その管理に……自由はない。……特にこの憤怒の魔王ゾルドラが治めるこの国は、特にな」


 普段は魔王様、という父だが、その声には大きな怒りが含まれていた。

 ゾルドラの名前を聞いたサーシャもまた、瞳に強い怒りを宿していた。


 俺も初プレイ時はゾルドラがめっちゃ嫌なキャラクターだったのだが……まあこの世界に住んでいる人たちからしたら、ゾルドラへの怒り、恨み、不満……そういった負の感情は多くあるだろう。

 それが、ゾルドラの狙いでもあるんだしな。


「……どういうことですか?」


 あくまで、まだ魔族と人間の関係を明確には理解していない立場なので、そう問いかける。


「魔族たちは、人間の負のエネルギーを好んでいてな。……すべての人間たちは、その魔族たちの腹を満たすための餌として、管理されているんだ」


 魔王やそこに所属する魔族たちにとって、多少味の好みはあれど、基本的に人間たちの負のエネルギーが良い食材になる。

 人間としては、勘弁してほしいというものだ。


「ゾルドラは特に怒りの感情を好んでいる。人々が、自分に対して強い怒りを持っているのが、彼にとっては最高の餌となってな……だから、ゾルドラは定期的にこの人間界へとやってきて、人間たちをいたぶるんだ」

「……人間をいたぶる、ですか」

「ああ。殺すことはしない。剣士ならば、利き腕をもぎ取る……とかな。殺さないのは、その家族含め、すべての怒りを自分に向けさせるためだ」

「……私も、その一人です」


 サーシャの声は震えていた。ゾルドラに対しての強い怒りは、彼女の一言にすべて詰まっていることがよく分かった。


 怒りを持つな、というほうが難しいだろう。ゾルドラは、夢を持つ人たちから夢を奪うような行為を行い、怒りを集めているんだからな。

 その怒りが増していくことこそが、ゾルドラの望む状況だ。


「……オレの父は、オレが十五歳になったときに両足を失った。街を見て歩くのが好きだった父から、足を奪ったんだ。オレは……父の悲しむ姿を見て、悔しかったよ。……恐らく、お前が十五歳になったときにも同じようにオレに何かがあるだろう」


 父の強い怒りは、父を傷つけられたことが原因のようだ。

 ……そういえば、ゲームでもルーベストくんが何か話していたな。


 ゲームでのルーベストくんは、魔王に心から忠誠を誓っていた。

 ……ゲームプレイ中はふざけんな、と思っていたがそれも仕方ない。


 魔王たちは圧倒的な力を持っていて、自分たち人間をおもちゃのように壊し、殺せる。


 その相手に怒りを持ち続けられる、父たちの心が強すぎるんだ。


 父は、その心の強さをルーベストにも求めた。

 結果は、悲惨だったが。

 一番信じていた息子が魔王と仲良くなって、自分の心をへし折ってくるとは父も思っていなかっただろう。


「それが、今この世界が置かれている状況、ですか」

「……ああ。だが、いずれ勇者様が現れると言われている。勇者様ならば、必ずこの世界を平和に導いてくれるはずだ。……そして、ルーベスト。オレたちの役目はその勇者様が魔王を倒せるように援護をすることだ。だから、それまでに力をつけるんだ」


 勇者様。

 この世界の人々は、そのいずれ出現するといわれる勇者を待ち望んでいた。

 ……その希望も、何度か打ち崩されてはいるんだけどな。


 何度か、この世界にも勇者の力を持った子たちは生まれているが、そのすべてが魔王たちによって敗北している。


 育つ前に勇者として殺された者、魔王に挑んだが敗北した者、魔王を恐れ、勇者の立場を放棄し、魔王にその身を捧げたものもいる。


 それでも、すべての人たちはいずれ勇者が魔王を倒す、ということを信じ、それだけを希望にして生き続けている。


 そして、その真の勇者はもうすぐ来る。


 俺の妹が転生して、な。

 だが、妹にそんな苦労をさせるつもりはない。

 勇者の仲間として俺に期待してくれている父に対して、俺は首を横に振った。


「勇者を待っている時間はありません」

「……何?」

「魔王を倒せるのなら、俺が先に倒します」


 俺の目的はそこだ。

 魔王は基本的に魔界にいて、人間がそちらに行くことは魔王の協力がなければ難しい。


 だが、魔王たちはたまに人間界へと来ることがある。

 そのタイミングならば、魔王と戦うことができる。


 直近で確定している――俺の十五歳の誕生日だ。


 俺の決意に、父は嬉しそうにしてくれたが、すぐに首を横に振った。

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