第12話


 女神様と話しながら魔法の練習をしていると、鎧を着込んだ父と騎士たちがやってきた。鎧がきらきらと日差しに反射している。


 俺の方にやってくると、父はすっと頭を撫でてくる。いつもよりも少し険しい表情なのは、これから迷宮に向かうからだろう。


「それじゃあ、ルーベスト。準備はいいか?」

「はい。大丈夫です」

「初めての迷宮だ。緊張もあるかもしれないが、リラックスだ。いつものようにやっていけば、問題ないからな」

「分かりました!」


 俺がそういうと、父は満足げに頷いた。父たちとともに屋敷の外へと向かった。庭を出て、石畳の道を進む。街へと向かうと、人々が当たり前のように生活をしている。

 ここだけを見れば、とても、魔族に支配されているとは思えない状況だ。

 商人たちが商品を並べ、子供たちが楽しそうに走り回っている。街の人たちも、俺たちに気づくとすっと頭を下げてくる。軽く会釈を返しつつ、俺たちは外を目指して歩いていく。


 街の外に出てしばらく歩いていくと、小さな丘のような隆起が見えてきた。その中にぽっかりと開いた洞窟の入口。あれが迷宮の入り口だ。ゲームと同じだな。


 洞窟の入り口は、薄暗い影が差し込み、内部が見えないほどの暗闇が広がっている。洞窟の中からは冷たい風が吹き出し、俺の頬をかすめる。


「ルーベスト、覚悟はいいか?」

「もちろんです、父さん」


 俺は深呼吸をして、自分を落ち着かせた。これから挑む迷宮の中には、どんな魔物が待ち受けているのか分からないが、俺には雷魔法と回復魔法がある。

 確実に魔物を倒せるという自信が俺にはあった。


「ルーベスト、今回はお前の初めての実戦だからな。難易度はそう高くない迷宮を選んだ。安心しろ」


 父は優しく微笑んだ。その笑顔は俺に安心感を与えるためのものだろう。

 ゲームでは迷宮の難易度が星の数で示されていて、星の数が増えれば増えるほど難しくなる。きっと今回の迷宮は星一つか二つ程度のものだ。

 そう、緊張する必要がないとは思うが、ゲームと違って自分の体で戦うわけで……多少なりとも不安はある。


 迷宮の外で一度休憩をとってから中に入ることになった。

 父の配慮には感謝するが、そこまで気を遣わなくてもいいと思いつつも、やっぱり親としては心配になるものなのかもしれない。


 休憩が終わったところで、迷宮の入口から続く階段を慎重に降りていくと、一階層に到着した。


 俺と父の前後を騎士たちが守るように囲み、数名の騎士が先行して進んでいく。迷宮内はかなり明るい。

 壁などに埋め込まれた魔石が電球のように光を放っているおかげだ。

 それらの光を反射させながら、騎士たちがゆっくりと歩いていく。

 彼らの足音が静かな迷宮内へと響く。


「迷宮内では、とにかく気を抜かないことが大事だ」

 

 途中途中、父からさまざまなアドバイスが送られてくる。「ここでは注意を怠るな」「常に周囲を確認しろ」など、迷宮で気をつけるべきことが次々と伝えられる。

 彼の言葉は落ち着いていたが、緊張感も含まれていた。


 ……ゲームで初めて迷宮に入った時も、こんな感じだったな。

 今はまさに、チュートリアルを受けているようなものだ。とはいえ、俺はすでにゲームで得た知識を持っているので、現実とゲームの違いを確認する程度だ。

 周囲の壁には苔が生え、湿った空気が漂っている。足元の石畳は滑りやすく、注意しながら進む必要がある……とかだ。


 今のところ、魔物の姿は確認できていない。

 それにしても、騎士たちはいつにも増して警戒している様子だ。彼らの目は鋭く光り、耳を澄ませている。

 まあ、当主様と次期当主様がいるのだから、気を張るのも当然か。

 いつ、どこから魔物が現れても対応できるように、騎士たちは周囲を見張っている。いつでも戦闘に入れるように、剣の柄にも手をやっているしな。


 ふと自分の武器に目をやる。

 騎士たちは皆立派な剣を持っていて、俺も同じく剣を持っている。

 ただ、騎士も俺も持っている剣はそこまで大したものではないはずだ。【ファイナルクエスト】が基準となると、この世界で作れる武器では心もとない。


 ……あとで、鍛冶魔法を解放した方がいいかもしれない。

 この世界の装備より、【ファイナルクエスト】の装備の方がはるかに攻撃力が高いからな。

 ただ、そうなると鍛冶に必要な素材がこの世界ではどうやって手に入れるのかが問題になるよな。


 とはいえ、ゲーム会社が同じで、一部の魔物や素材名が同じものはあるので、それらを使えばどうにかなるかもしれない。

 あとで試してみる価値はあるだろう。もしも強力な武器を作れたら、それだけでかなりのアドバンテージになるからな。


 そんなことを考えながら歩いていると、通路の先にゴブリンと思われる魔物の姿を発見した。

 小柄で緑色の肌、鋭い牙をむき出しにしている。警戒した様子の騎士たちを見て、魔物もこちらに気づき、ゆっくりと近づいてくる。父は俺を守るように前へ立ち、鋭い視線をゴブリンに向けた。


「気を抜くな、ルーベスト。これが実戦だ」

「ルーベスト。ひとまず、今回は戦闘を見てくれ」

「分かりました」


 ……父がそう言ったので、魔法をぶっ放したい気持ちを抑え、俺はひとまず見学に回ることになった。


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