第4話

メイドにえっちなことをしたいというルーベストの欲望ゆえの格好だったな。彼女の言葉に冷たい現実を突きつけられ、俺は心の中で「うっ」と悲鳴を上げる。

 静寂の中、薄暗い部屋には冷たい空気が漂っていて、メアから向けられた威圧的な雰囲気をより一層強めている気がした。


「ポケットに、最低限の金もある。それを生活の基本にすれば、元の生活に戻れるだろう?」

「どういう、ことですか?」


 俺の先ほどまでの様子とまるで違うことに、メアは理解ができないようだった。彼女の瞳には困惑と不信が混じり合っている。

 俺は小さく息を吐き、アンニュイな表情をイメージしながら、ちょっとかっこつけてみる。


「……現在、すべての人間は魔王と魔族の家畜としてのみ存在が許されている。人々は、いずれ現れるだろう勇者が、魔王や魔族たちを滅ぼしてくれることを希望にして、生きている」


 ……そう、【ドラゴニックファンタジー】の世界観は人間側にとってかなり重い設定だ。魔王や魔族は人間の負の感情を好むため、俺たちはそのためだけに生かされている家畜、奴隷のようなものだ。


「だが……その勇者がいつ来るかは分からない」


 まあ、ルーベストくんが生きている間には来るんだけども、それはまだ予言されていないからな。現在俺は十四歳で、ルーベストくんが二十五歳の時に、勇者と出会うことになるのであと十一年だな。


「それまで俺は……待てない。フォータス家の跡取りとして、少ないかもしれないが一人でも多くの、魔族に奴隷にされてしまった人々を救いたいと思っていた」

「……それが……私を購入した、理由……ですか」


 最初の不審そうな様子から一転。メアは、なんかめちゃくちゃ感動した様子でこちらを見ている。彼女の瞳には涙が浮かび、信じられないといった表情だ。いいぞ。うまく誤魔化せるかもしれない。


「……だから俺は、魔族と仲良くなるふりをし、少しずつではあるが……奴隷を助けようと思った。……だが、表向きとはいえ、魔族に尻尾をふる行為だ。……父や母に話せば、恐らくは非難されるだろう」

「……そんな……ことはありませんよ」

「……それに、購入した後はしばらく魔族の監視もあった……。心苦しかったが、俺は悪役貴族を演じるしか……なかった……!」


 俺は息を吐き、それから椅子へと座る。椅子の冷たさが、身に染みる。

 この嘘がどこまで通じるか分からないが、この路線で行くと決めた以上、やりきるしかない……!


「だが、今はようやく魔族による監視の目もなくなった。……悪役貴族ルーベスト・フォータスも居眠りをしていて……購入した奴隷の脱走にも気づかない。そして、これはルーベスト・フォータス個人で勝手にやっていた悪どい行為だ。だから、誰にも相談することはできない。逃げ出した奴隷が、今回の一件を誰にも話すことがなければ、ルーベスト・フォータスもその所有奴隷も誰かに追い回されるようなことはないだろ」


 俺はそう言って、目を閉じた。今がまさに、逃げ出すタイミングだぞ、とばかりに。そんな俺の前にメアはやってきた。薄目を開けると、彼女はすっと丁寧に頭を下げていた。


「……ルーベスト様。私は……酷い、誤解をしておりました。……あなた様に、助けていただいた恩は、必ず……何かしらの形でこの恩は返させていただきます」

「……ぐがー、ぐがー」

「……ふふふ。ちょうど、購入したおバカなご主人様が眠っているようです。今のうちに、逃走させていただきます……。本当に、本当に、ありがとうございました」


 な、なんとか、なったな。ここから、ルーベストくんが悪役貴族として奴隷をこっそり買いまくり、コレクションを増やしていくようになるのだが……まだ一人目で助かった。それに、ルーベストくんが童貞の陰キャで助かったぜ。


 ルーベストくんはこうやってスライムプレイだけをして、それ以上はしていなかった。できなかったのだ。初心だったから。だからまあ、メアも何とか説得することができたな。


 さて……問題を一つ乗り越えたが、本題はここからだな。


『おい、女神様?』


 俺が問いかけると、俺の眼前にホログラムのように女神様が姿を見せる。いつでも、土下座できるような体勢だった。女神様の姿は頼りなげで、その瞳には不安と焦りが見え隠れしている。

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