第15話

「...もう夜中の一時だよ?」

 友人は目を丸くさせて言った。

 それに言葉を返さない私に呆れて、彼女は続ける。

「ていうか暗くない?どうにかならないかなあ」

 そんなことはどうでもよかったけれど、友人は構わずに何度か照明のリモコンを操作した。電気は復活しなかった。

「もういいよ、このままで」

 諦めたようにそう呟いて私はベッドに倒れた。飽きるほど見慣れた景色が視界に広がった。

「...なに?死にたいわけ?」

 暗くてぼやけた彼女の表情は掴めなかったけれど、怒っているような気がした。

「夜一時の海に行って飛び込むつもり?」

「...違うよ」

 否定した声はか細くなって消えた。

 それに彼女は答えた。

「...あなたが死んだら色んな人が悲しむよ。私は悲しい」

 暗くて見えない彼女の顔をただ見つめていると、途端に電気が復活した。

 青白い光の下で彼女は蔑むような顔をしている。

 私はものすごく嫌悪を感じた。

「悲しいから、あなたが悲しむからって私は生きなきゃいけないの?これは私の人生で、私だけのもので...でも、生まれることを自分で選択したわけじゃない。...私は幸せになれると当たり前に思ってたし、これほどの苦しみを味わうことなんてないと思ってた。でも、それは他者に願われているだけだった。...一体、私の人生は誰が生きてるの」

 彼女に懸命に伝わるよう、静かに告げた。

 友人の表情は変わらなかった。

「あなたが生まれたことを祝福してくれた人がたくさんいる。痛みや責任をもってあなたを幸せにする覚悟を決めた人がいる。苦しいときはその人たちに頼って甘える。そうやって乗り越えるものでしょ」

 その言葉は熱く私にのしかかった。

 高まる気持ちの熱量が留まることを知らない。

 体をめぐるエネルギーのすべてを声量に充てた。

「サツキは...!サツキは、私を頼ってくれた。何度も電話してくれた。...なのに、それなのに私はサツキを救えなかった...」

 気持ちと比例した涙が乾いた顔に伝って、次々にベッドのシーツへ模様をつくる。

 沈黙が嫌で言葉を紡ごうとするも、しゃっくりが邪魔をしてなにも出てこない。

 私は小さく「サツキ」と何度も言い続けた。

 彼女が私を抱きしめたとき、それは言葉にならない不格好な叫びに変わった。

 私の肩を抱く彼女の力が増して少し痛かった。

 温度のない青白い光が醜い私を照らしている。

 熱くなった私の頭をその光が冷ますように、体から熱が失われていく。

 疲れた。

 途端に睡魔に襲われた。

 友人が余力の残ってない私を強引に引き剥がした。

「...海に行こう」

 そう告げた彼女の眼差しから放たれる光は、どんなものにも勝てそうだった。


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