第12話

「そういう期間になると動けなくなるの。学校に行きたいのに私が弱くて疲れちゃって、色々考えちゃって」

 冬休み明け、一日だけ登校してから休みだしたサツキと通話した日を思い出した。

 あの日、心配で夜眠れなかった私はサツキに電話をかけた。

 ワンコールで出てくれたサツキは泣いていた。

 私は部屋の照明を絞って暗くして、電話越しのサツキの声に耳をそばだてた。

「今まで普通にできてたのにね。小学生のときは毎日登校してたしさ。...年をとっても、私の心はみんなみたいに強くなってなかった。人と会って話して、授業を受けて、体力がなくなってまた動けなくなる。考える余裕だけ生まれて、無意味なことばかり頭に浮かんでさ」

 サツキの声は弱々しかった。

 学校に行きたい、みんなに会いたいとサツキは嘆いていた。

 定期的に学校を休むのはサツキの内面的な理由からくるもので、学校面には不満がないようだった。

 精神的な部分でサツキは弱っていた。

 思考の暴走を止めてくれない脳は悪魔のようにサツキを負へ追い込んだ。自尊心や余裕を奪われて疲れたサツキは自分を責めることしかしなくなった。

 光が絞られた照明を常夜灯に変えると、サツキが続けた。

「幼かった頃にできていたことが突然とできなくなるの。...とてつもなく怖い。病院に通っても心の病だって解決方法もないの。なにかしても変わらないの。延々とこの時間が過ぎていくのを待つだけしかできない。理解して欲しい人にも分かって貰えなくて...それは、私がおかしいからなんだけど」

 詰まった鼻をすすりながらサツキは訴えた。

「私はそんなこと思わないよ。サツキは頑張ってるし、おかしくなんてないよ...」

「私が生まれてきたのは私に価値があったわけじゃない。でも、幸せを願って今まで生きてきたはずなのに。...どうして、こんなに苦しいままなの」

「サツキ...ちゃんと休んでる?」

「動かないからいけないんだよ...十分すぎるほど休んでるよ」

「...私は、サツキの味方だから」

 私が繋いだ薄っぺらい言葉にサツキが感謝を返してその通話は終わった。

 サツキの声が消えた空っぽの暗闇が不安に変わって私の心を襲う。

 私はサツキのはけ口となれただろうか。

 私の経験にない言葉や意見をもつサツキになにを言ったらいいか分からなかった。ただふんわりと肯定するしかなかった。

 サツキは大人になりたいと言っていた。

 小さなことに動じない器が欲しい。

 良くなった自分の体調に希望が見えたと思ったら、再び悪い波が襲って絶望が押し寄せる。それでも上体を起こせるぐらいでいいから力が欲しい。

 もう、自分に期待したくない。自分に希望をもちたくない。

 そう叫ぶサツキはいき過ぎた思考のおかげで心だけ大人になってしまった幼女だった。

 不格好だ、消えてほしいと自分の幼さを全否定するサツキは大人になりたいくせに大きな器ではなく、ナイフを手に持っていた。

 サツキは大人にならなかった。

 考える必要のない難しいことを並べるサツキの未熟な賢さが尊かった。苦しさにひたむきにもがくサツキを不覚にも美しいと思ってしまった。

 私はサツキを愛していたとは言えない。それは言葉選びがあまりにも綺麗すぎる。私はサツキの醜さや幼さまで美しいと思えてしまう。

 サツキがこちらに「助けて」と手を差し伸べても、私はサツキのボロボロな手と逼迫して歪んだ表情にみとれてしまうのだ。





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