第11話
線を湾曲するように本能の波に従い、サツキは学校に来たり来なかったりを繰り返し、最期はその波に溺れて死んだ。
サツキの全てを私は知り得ないけれど、頭をめぐらせても自害した理由だけは分からなかった。
サツキ自身が自殺を肯定したことはなかったからだ。
「なんかね、野良猫を殺さないのと一緒」
その言葉は道徳の時間にサツキが発した言葉だった。
その授業の議題は''年々増加している自殺について''ということだった。頭が重くなりそうなそのテーマにサツキは真剣に取り組んでいた。
その日の放課後、午後の日差しが差し込む教室に二人だけ残って話をした。
「よく自分には生きる価値がないからとか言って死にたいなんて人がいるけど私は思わないの。もうその時点で論点がズレてる気がするの」
している話の重さが高校生に似合わなすぎていて、ここだけ暗く冷たいような気がした。
「その人が話す生きる価値は、自分の中身や能力とかに対してで、世間が言う生きていて欲しいは心臓じゃん」
突如振り下ろされた心臓という生々しい語句に私は驚いたが、サツキは構わずまくしたてた。
「私たちが進化を遂げて生まれたのは人間の力じゃないでしょ。だからこそ価値がある。命があることに世界は莫大な価値を見い出していて、死の選択の権限を人間はそもそももっていない」
サツキは静かに言葉を紡ぎながら泣いていた。声がだんだんと震えていく。
「人為的に命を殺めることは許容されない。私の人生にいくら苦しみがあっても、死という救いは決して許されないんだよ」
私は泣いているサツキの手を握って、静かに尋ねた。
「...苦しいの?...サツキ、死にたいの?」
サツキはこちらを見向きもしなかった。 それでも手を握り返してくれて、暗い顔で呟いた。
「たまにね。休んでるときはいつもこんな馬鹿なこと考えてるよ」
難しい言葉ばかり並べていた口は、今度はひどくぶっきらぼうだった。
私は言葉を繋げないでいた。
サツキは頬に涙を伝わせながら、潤む目を向けて言った。
「そんな悲しい顔しないでよ。死なないよ。自分のことを殺すのは野良猫を殺すのと同じって言ったでしょ」
私は酷く顔を歪めた。サツキの苦しさが私に伝染した気がしたけれど、それは一筋の涙ばかりで全てを体感することはできなかった。
「...生きてね、生きようね」
願うばかりの幼稚な言葉をかけた。
サツキは笑って言った。
「...つらいね」
私は言葉を失った。
死なないという枷を負って生きる苦しみに耐えようとするサツキは、電車のホームから飛び降りる人間よりも何倍も大人で、同じ"死にたい"を背負う人だとは思えなかった。
この世界の真髄を解ったような顔で難しい話をすることをサツキ自身は嫌っていた。
そうすることがサツキを負の方向へ追い込むからだろう。
サツキはその負の果てを黒い海と表現していた。
「気持ちが真っ暗になって目を瞑ると、浮かぶのが夜の暗い海なの。多分小さい頃に親と夜の海に行ったことがあって、日中の綺麗な海とは違ってね、黒の絵の具を塗り込んだように暗くて印象的だったからかも」
サツキが死んで、その渦が私のなかにも生まれてしまった。
サツキの深さまで辿り着ける思考を私はまだもってない。
いつまでも、サツキに追いつけない。
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