第9話
サツキと知り合ってから初めての夏が訪れようとしていた頃、サツキは学校に来なくなった。というのも、三週間休んでから久しぶりに登校してきたサツキはいつも通りだった。私はその笑顔を壊すのが怖くて休んだ期間のことはなにも聞けなかった。
ただ、サツキから私の知らない片鱗を見せてくれたことがあった。サツキが恋人と別れるか悩んでいると私に相談してくれたときだった。
恋をしているとも、恋人がいるとも聞かされておらず、まるで物語を起承転結の転から読み始めるような気持ち悪さと多少の嫉妬が私の心に芽生えて、自分の悪臭な感情をサツキに気づかれないように匿うことで必死だった。
「聞いてるの?」
サツキの顔は非常に分かりやすく、今している顔は話を聞いてくれなくて不貞腐れていることを表していた。
「聞いてるよ。サツキの好きなようにすればいいよ。私はそばにいるから」
話し下手な私は当たり障りのないことしか言えなかった。それでもサツキは笑顔を返してくれて、たとえそれが気遣いでも私は嬉しかった。
「なんでも肯定してくれるよね。ありがと。嬉しい」
サツキは私の言葉に包まれるように柔らかな表情を浮かべ、隣に座る私にもたれかかった。
触れた右肩にサツキの体温が伝わって熱くて緊張した。
「変なこと言っていい」
沈黙を遮るようにサツキが呟いた。
「いいよ」
サツキは続けた。
「尽くすのは愛情になる?」
少し低くなった声で私に尋ねた。
「うん。そうだと思うけど?」
質問の雰囲気と声の表情が合わないことに違和感をもちながらも、私は肯定を返した。
「応えられない私はダメ人間かなあ」
いつものサツキと打って変わった自信のない声に、私の気持ちは底に落ちていく。
サツキが想う相手はサツキを当たり前に変えてしまって、それが不覚にも私の心を暗くしていった。
「...彼氏のこと?」
「...うーん、色んな相手かな」
「サツキが思ってること全部話してよ。聞くから」
私の心の動揺が気づかれないことを願って語尾を強くした。すると、その強さに押されたようにサツキが口を開いた。
「私はね、相手に応えて欲しいって思いで相手に奉仕するのは違う気がするの」
意を決したように、何かを吐くような歪んだ顔でサツキが言い続けた。
「それは相手になにかしたいわけじゃなくて、相手が返してくれることが目的になってるから。私は相手に見返りを求めることはしたくなくて、相手に優しくもできない。そんな自分が嫌い」
そんなことを私は今まで考えたことがなく、なにを返せばいいか分からなくて困惑した。
サツキは困ったような顔をした私に今度は突き刺すような言葉を向けた。
「考えすぎだと思った?そんなどうでもいいこと、考えたことないって思った?」
今放ったサツキの言葉は私ではなくサツキ自身を刺そうとしたのだろう。自信のなさから他人を攻撃するような、そんな雰囲気をもっていた。
「そんなことないよ。考えすぎててもいいんじゃないの」
その刃さえ包み込むような気持ちでサツキに告げた。
「そうすることはサツキの自衛になるんでしょ。自分を守って、それでいて相手も傷つけない。とても優しいことだと思う」
底に落ちていた気持ちも忘れて、私はサツキを肯定するだけの存在になった。
「そんなこと言ってくれた人はじめてだよ。嬉しい。ありがとう」
照れたように温まったサツキの表情が私の心の温度も高くして、頬が熱い。
「私のこと結構すきだよね」
不意に放たれたサツキの言葉に、頬だけでなく全身が赤くなった気がした。
びっくりしてサツキのほうに目をやると、澄んだ瞳が私を見つめている。反射的に目を逸らしてしまった。
私は目を瞑って静かに呟いた。
「...うん、めちゃくちゃ」
今年はもう夏かというほどに季節が駆けていて、私の体温をさらに上昇させていく。
昼休みの象徴となるクラスの騒音は全く耳に入ってはくれず、サツキの存在だけが私の心に強くなびいて仕方がない。
「恋人とは別れるの?」
冷ました顔を繕ってサツキを見つめた。
「うん。...悲しいけど」
私はサツキの悲しさに同情できなかった。
サツキの暗い顔や照れた顔を見れてただ嬉しかった。
サツキがもつ色んな感情をこれから見れると思うと鼓動がうるさくなっていった。
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