第8話

 図書委員だったあの季節は緑葉の目立つ夏の始めことだった。

 放課後、私は当番のため図書室に向かった。

 図書室には数えられるほどの人間がいて、皆それぞれの物語に没頭している。

 ページをめくる紙の擦れる音や、パタパタと本棚を移動していく軽やかな上履きの音がする。

 クーラーが効いた図書室は自教室や廊下に比べて随分と快適だ。むしろ効きすぎていて、これまでの暑さに耐えた体と汗を冷やして少し寒いほどである。

 本や本棚を造る木と赤紫色のカーペットの混ざる匂いが鼻腔をくすぐる。好きな匂いだ。

 私は受付のカウンターに腰を下ろし、作業を進めた。

 私の学校の図書室は最上階にあるおかげで、それと同位置まで高くなった木々の葉が窓から顔を出してくれる。

 ある時間の太陽の位置はカーペットに葉の影を写してくれた。その空間が好きだった。

 緑葉の乾いた匂いが私の体内に入り込んでくる。

 貸し出した者の名前が書かれる冊子のページをめくると、間隔をあけて同じ名前が綴られていた。これがサツキであり、サツキは本好きだった。 いつも同じ席に座り、姿勢を正して本を読むサツキのシルエットが美しくて印象的だった。一方的に名前まで覚えていた。

 高校二年生のときにサツキと同じクラスになり、私はとても喜んだ。

 仲良くなるのに対して時間はかからなかった。運良く席替えで席が近くなり、運良くサツキから話しかけてくれた。サツキの方も私を図書室で見かけたことがあったそうで、おすすめの本を教えてくれた。近々映画化されるあの本だった。

 私はずっとタイミングを見計らって話しかけようと頑張っていたのに、サツキはそれを優に超えてこちらの領域に飛び込んできた。

 読書する姿とは対照的に、私と話すときも、その他と話すときもサツキは明るかった。意外だと思ったけれど、それは私の先入観で、静かに本を読む姿を先に見ていたからであろう。

 皆はサツキのことを明るくハッキリしている子だと言った。それを聞き、静寂を装ったサツキは私だけが知っているんだと勝手に優越感に浸った。

 席が近くなったあたりから、授業の移動やお昼ご飯などサツキと共にするようになった。私はそれが楽しみで、そのために学校に来ているようなものだった。

 皆が教室をぞろぞろと出ていくのにサツキは失くした教科書を探していて、もう昼休みのチャイムが鳴るというのにどうしても食べたいからって食堂に駆け込み、カロリーメイトを買っていた。

 本能に素直に従うマイペースなサツキの行動に私は振り回されていた。それが楽しかったし、私が思い浮かべるサツキはいつだって前を走ってポニーテールを揺らしている後ろ姿だった。




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