第6話
照明を絞った薄暗いバーで私は高校時代の友人と会話を楽しんでいた。
左手に支えられているカクテルは非常に甘ったるい味がした。細く立ったグラスのくびれを指の腹でなぞりながら液体の色を見ていると、友人が口を開けた。
「どう?最近楽しい?」
透明感のある綺麗な色を見つめたまま返した。
「まあまあかな。...てかそれ、会って最初に言ってたことと同じなんだけど」
私は静かに笑った。
二人とも気持ちよく酔い始めていた。
「あーあ、サツキちゃんとも飲みたかったな」
この女は、嬉しい話から重たい話や吐きそうになるほど気持ち悪い話まであっけらかんと口にする。
先ほどの上っ面な質問も、サツキのことを会話に出したいがためにわざと聞いたのかもしれない。
「これ飲んだら帰ろうか」
「ついに行ったの?サツキちゃんの墓」
話題をすぐ逸らすのも彼女らしかった。
「......行けない。怖くて」
「なんで行かない!行かないから成仏しないんだよ!」
私の肩を強く揺らしながら友人は訴えかけてくる。その手を払い除けて私は強く彼女の目を見た。
「...永遠に成仏しないでしょ」
「弱っちいな」
「...まだ傷が癒えない」
「自分から縋り付いているんだなあ。まあ、分かる」
冷めた顔で同情してくる彼女に腹が立った。
「冷徹な奴になったね。そんな人じゃなかった。あ、ごめんいい意味ね」
「嘘だね」
そう言った彼女はハッと顔を切り替えて、自分の肩にコツンと頭をつける私を見下ろした。
「それ別の人にも言われたわ。ショック」
彼女は私と違って人を押しのけない。なにに対しても寛容で受け入れる器を持つ彼女の言葉は幾分か冷たくなったが、変わらないところもあるものだ。
「冷徹か...まあ年取れば取捨選択しないと。全部手に入るわけじゃないし、全部拒否することもできないじゃない」
開き直る彼女に私は言葉を返した。
「うん。そうだと思う。でもサツキは絶対大人になっても変わんないと思う」
あの子は欲しいと思ったらどんなものも欲しがるタイプだ。
「えー、冷静な子だったけど?」
「まあ、そんなに喋ってないじゃん」
「なに、自慢?私だけが知ってるサツキ的な」
「...知らない。サツキは気分屋だよ。荒々しかったよ」
「あんたは深く酔ったらサツキちゃんのことばっか話すよね」
「...ごめん、無意識だわ。気をつける」
「恋人作る気あんの?」
「全くない」
脈絡のない質問に答えたあと、勢いよくカクテルを流し込んだ。重い甘さに頭が混乱した。
そのだるさと甘さはサツキがもつ雰囲気と少し似ている気がした。
サツキが元気で明るいときは私も一緒に高まりを感じたし、荒れたように泣く姿はこちらにその重さを感じさせるものだったし、どのサツキも尊くて目が離せなかった。サツキの気持ちの質量を私も体感したかったけれど、サツキのことをただ肯定する技量しかもっていなかった。過去の憐れな私はなんの力にもなれなかった。
後悔しか残らない。
私が伝えたことすべてをサツキが受け流していたとしても、私がサツキに与えた一語一句すべてをやり直したかった。
叶わないことを想っても伝わらない。永遠に考えても答えは出ない。たとえそれが自己満で無意味であったとしても、私はずっと想ってしまうし、サツキ自身も考えてしまうことをやめられなかった。
サツキは思考という苦しさを感じながらも、その苦しみを全身全霊で求めていたのかもしれない。
それになぞらえるように、私は自分の犯した罪と向き合って、もういないサツキに縋りたい。
サツキと離れなきゃいけないなんて私の浅い建前だった。
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