第2話
五月。
差し掛かる春の太陽は私に元気を与えるどころか、生きるモチベーションを減少させていく。
眠たい眼をこすりながら満員電車に揺られ、会社への通りを人混みに揉まれながら歩いていった。
昼休み、私は持参したお弁当の蓋を開け、いただきますと手を合わせた。
「先輩、それ手作りですか?」
最近一緒にお昼をとっている後輩が私に尋ねた。
「そう、健康にならないとね」
「...すごいです。私は呼吸してるだけで疲れる、この時代」
上手に作れた卵焼きを箸でつまみ、私は言った。
「かなり分かる」
後輩は私の横にある椅子に座り、大きな溜息をついた。
「分かるとか言いながら先輩は余裕そうです」
「最近なにかあった?元気なさそうに見えるけど」
私が尋ねると、彼女はゆっくりと顔を上げて答えた。
「...先週、祖母の葬式がありました。それで結構疲れちゃったみたい」
へらっと弱ったように笑う顔は見ていて苦しいものがあった。
「おばあちゃんと仲良かったの?」
「...世間的には仲がいいほうだったと思います。私、身近な人が死んだの初めてなんです。なんかこう...死を体感したというか、死に対して恐怖を覚えました」
彼女は言葉を繋いでいくのに時間をかけて、エネルギーを削ぎながらこちらに語りかけた。私はふとこんな話し方をする子がいたことを思い出した。懐かしさを覚えて、私は優しく後輩に語りかけた。
「そんな怯えなくていいよ、歳を取れば死に対して慣れるから」
「なんか、先輩って怖いです」
後輩の表情はさらに険しくなっていく。
「歳を取っても死が近くなることはないです。死に対しての考え方は色々あるけれど、経験した者は世界に一人もいない。私は世間が持つ死の認識を本当とは思えないです」
暗く歪んだ顔で彼女は言った。
ほんとうに似ている。その寂しそうな顔を見ていると覚えのある不安が心に広がって、私は自然と口を開けて言葉を羅列した。
「若いうちから死についてなんて考えてるから疲れるのよ。あなたはまだ考えちゃだめよ。眠れてるの?」
思ったより強く言ってしまったが、彼女は困ったように笑って呟いた。
「ちゃんと寝ます。ダメですね、こんな暗い話」
「...死が身近になったと思うの?」
「...怖いけど、でも大丈夫です。仕事して人生謳歌しないと」
「ほんとにそうだよ。恋人はいるの?」
私が食い気味に質問すると、後輩は顔を明るくして笑った。
「先輩がそんな話するなんて可笑しい。います。大丈夫です。先輩こそいるんですか?」
さっきの表情とは変わってにやにやしながら私に尋ねてきた。
その表情に安堵して私は答える。
「私のことはいいの。ほら、仕事戻ろ。」
昼休みが終わったことを告げるアラームが鳴り、私と後輩は別れて仕事の準備に取り掛かった。
後輩との会話が頭の端に残っていて、なかなか集中できなかった。
ブルーライトに疲れた目を瞬きさせる。
今、私の視界には、やつれた顔、疲れた顔、白目を向いて寝ているのか分からない顔が並んでいる。見ていているとこちらにも疲れが移りそうだ。
それも仕方がない、ここは帰宅ラッシュの満員電車である。
私は目に力を入れて顔の筋肉を切り替えさせた。 電車内でスマホを触ると気分が悪くなる性質なので、視線を空中に移しながらぼーっとする。
ふと広告が目に入った。天井から垂直にぶら下がっている広告に書かれた文字を目で追うと、見覚えのある字面が目に入る。それはどうやら映画の名前であり、近日公開予定とそばに書かれてあった。
私はそれに正体の分からない違和感を覚えた。
映画の題名は見覚えのある字面そのものであったが、脳は初めてこの情報を見たと私に訴えていたからだ。
さらにその見覚えがあるという感覚も最近のものではなく、懐かしい記憶のような、デジャブに近いものであった。分からないむず痒さに耐えられず、記憶を辿るように目を瞑った。
そして、ある過去の記憶とひとつの線で繋がった。同時に脳が快感を得て、私の目がかっと見開かれた。
運悪く私の前にいた男性と目が合い、気まずそうにそらされてしまった。
私も気まずかった。
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