第5話 少女

時は少し遡る。


村の外れの森の中を一人の少女が歩いていた。


ぼろぼろの服をまとい裸足で歩く姿は見る者の同情を誘うだろう。


だが、その灰色の髪の間から生える小さな角を見たら少なくとも人族からの同情は無くなるはずだ。


魔人族


魔物の中でも意思がありさらに人族と同じように人型の者を魔人族という。


何故こんな場所に魔人族の少女が歩いているのか。


「うっ・・・ううっ・・・」


少女が涙を流す。


もう何度泣いたか分からない。


それくらい少女の目は充血していた。


魔物が蔓延る森を歩き続ける恐怖。


そして、しばらくまともな物を食べられないことからくる空腹感。


気落ちしてばかりではいられない。


少女が乱暴に涙を拭う。


「だめ。泣くなわたし。あと少しで人族が住む場所につくはず。そこまで行けばきっと・・・」


少女は独り言を言う。


森の中を彷徨い始めて少しして不安を紛らわせる為にこの癖が自然と身についていた。


だが、呟いた後に少女は意気消沈する。


「・・・人族の住む場所に着いたらわたしは救われるのかな」


このことは敢えて考えないようにしていた。


魔人族の住処から追い出された少女は受け入れてもらえる場所を求めて人族の住処に向かうしか選択肢が残されて居なかったのだ。


だから人族の住処に到着出来た時のことを考えてもネガティブな気持ちになるのは目に見えていたため考えないようにしていた。


不安になったせいで警戒心が薄れた。


不幸にもそのタイミングで、魔物に遭遇する。


ガルルルッ!!


その魔物は唸り声を上げた後、少女に向かって襲いかかってくる。


「きゃあぁぁぁぁぁ」


少女はいきなりの事に思わず大きな声を上げる。


ブシュ


避けきれなかった魔物の爪が少女の左肩にかすり、時間差で血がどくどくと溢れ出す。


「うう・・・」


痛みから目から涙が溢れる。


「に・・・逃げなきゃ・・・」


少女は恐怖で座り込みたくなる気持ちを必死で抑え、魔物に背を向けて走り出す。


「追って・・・来ない?いや・・・私が弱っているのを楽しんでいるんだ」


少女は怪我をした左肩を右手で押えながら背後を振り返りながら走り、魔物が獲物を痛ぶるのを楽しんでいるかのような残忍な笑みを浮かべているのを見てその事に気がつく。


少女が逃げた先にはさらなる不幸が待っていた。


「あっ・・・そんな・・・」


少女が逃げ出した先、それは行き止まりであった。


森の中に大きな岩が行く先を阻むように鎮座していたのだ。


「・・・うう」


急いで道を変えないと。


そう少女は思ったがそれはゆっくりと姿を現した魔物によって妨げられた。


ブラックタイガー


全身が真っ黒な虎型の魔物だ。


性格は残忍で狡猾、そして獲物を痛ぶる趣味のある魔物だ。


ひた


ひた


少女が怯える姿を噛みしめるようにゆっくりと歩を進めてくる。


少女は岩を背にして少しずつ進んでくるブラックタイガーを見ることしかできない。


「わたし・・・ここで死んじゃうのかな」


誰もいない森の中、ただひとり魔物に喰われて死ぬ。


「い・・・いやだ」


少女は後退る。


どん


背中が岩に当たりこれ以上進めなくなる。


「たす・・・けて・・・」


もうだめだ。


直感的にそれを理解した少女は絞り出すようにして大きな声を上げて助けを求める。


そして少しでも身を守るために目を瞑り地面にうずくまる。


ガァァァァ!


その瞬間我慢は終わりだとばかりに飛びかかってくる魔物。


その気配は目を瞑ってもよく分かった。


やってくる痛みに備えて全身に力を込める少女。


だが、いつまでたっても痛みはやってこなかった。


「・・・?」


少女は恐る恐る目を開ける。


「え?」


そこには信じられない光景があった。


「・・・何とか間に合ったな」


その人物は飛び掛かってきた自分の身長の倍はある魔物の右爪を左手に持っていた短剣1本で受け止めていたのだ。

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