第1話 第9章 『甦生世界と魔動航空機』

 一週間後。サテライト航空751便不時着事故についての調査結果が最終報告書という形で大統領に提出された。

 大統領カリアス・アウグストゥスはその報告書を繰りながら、その一言一句に目を通していく。

「……ふむ、よく纏めたものだな。流石はユスティだ」

 大統領は既にこの報告書の内容を読んでおり、この報告書を基にしたサテライト航空への改善命令にも署名を終えている。彼は一度目は大統領として、二度目はユスティの友人の一人としてこの報告書を読むことを習慣にしていた。

「あの小僧が今となってはお前の直属の部下か。時の流れは早いものだな」

 熱心に報告書を読むカリアスの傍らに立つ大統領補佐官、こだま源三郎は呟いた。彼はユスティとも旧知の仲であった。

「時代は我々老人のためにあるのではないということだろうな」

「よく言う……まだ大統領の座を退くつもりはないだろうに」

「当然だ。……ラエヴネ市長時代から含めて約六年。まだ俺の野心は尽きちゃいない」

「結構なことだ。それでこそ、私もお前についていった甲斐があるというものだ」

 カリアスは報告書を閉じ、執務室から見えるラエヴネ都市部の景色を眺めながら呟く。

「……この世界は、まだ育ちかけの子供のようなものだ。体中至るところが未成熟で、倫理観こころ技術からだの均衡もとれていない。そんな中に『魔動航空機』という発明品おもちゃが登場する。……俺としては、この流れは非常によくないものだと思っている」

「同感だな。幼い心に新しいものは刺激的が過ぎる」

 カリアスの背中を見つめながら、源三郎は頷く。カリアスはその言葉に振り返ることはせず、ただ街並みをじっと眺めていた。

「しかし同時に、魔動航空機の生み出した新たな流れは世界を席捲することは間違いない。ただでさえこの世界は航空機と通信の技術に支えられているのだ、この革新的な技術が世界に広まっていかない道理は無い」

「そのための『魔動航空機事故調査委員会』か」

「そうだ。今のところ航空機事故の調査を専門に行う機関の重要性は世界に知られていない。新鋭技術である『魔法』分野のものであるなら尚更だ。この分野でイニシアチブを執ることは、将来的にやってくるであろう『安全な空の旅』という風潮の中で我がラエヴネ都市連合が主導権を握ることに繋がる。もしそうなればラエヴネは航空業界を主導する、甦生世界の屋台骨インフラストラクチャーとして君臨することになるのだ」

「……ユスティも、お前の考えには気付いているのだろうな」

「そうだろう。しかしあいつは、そのことに一切触れることなく俺の辞令を請けた。『自分には奴の野心など関係無い』。そういう考えなのだろう」

「冷笑的な奴だな」

「そこが良いんじゃあないか。世界に対して斜に構えることのできる人間は貴重だ。ただ真実を追求する者としては、適任だと思うよ」

「そういうものか……」

 ユスティのことを高く買っている様子のカリアスに、源三郎はため息を吐く。彼は、ユスティの能力に対して懐疑的である節があった。

「ユスティを使っているのは俺の采配だ。この国に在る以上、俺の指示に文句は言わせん。……いいな、源三郎」

「……文句を言うつもりなど毛頭無いよ。この国はお前の国だ。そのことは私も承知している」

 ならば良い、とカリアス。一時振り返らせていた体を再び窓の方へと戻し、カリアスは小さく呟いた。

「……挫けるなよ、ユスティ。お前らの敵は、この世界そのものだ」

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