第1話 補章 『甦生世界』
どうやら世界は一度滅びているらしいことに人類が気付いたのは、後の世に「遺産」という名で知られるようになる記録の数々を発見した時のことだった。
当時世界は大きく分断され、「中間地帯」と呼ばれる巨大な空白地帯を命がけで踏破しなければ物や情報の移動をすることが出来なかった。物や貨幣を通じたリソースの共有は既に行われていたが、その規模は同じ生活範囲内に限られていた。次第に肥大化していく生活規模にリソースが追い付かなくなりつつある彼らにとって、「遺産」に記されているであろう技術は数少ない希望のひとつだった。
少ない人手を最大限に活用し、日夜様々な実験や分析をしては結果に一喜一憂する。そんな生活を数十年繰り返して人類が手に入れたのは、「飛行機」と「通信」の技術であった。
先にも述べた通り、世界は「中間地帯」と呼ばれる大きな空白に分断されていた。その内部は入った者の命を脅かす空気と高低差が千メートルにも及ぶ険しい起伏に満たされた空間であり、人間の行き来は困難を極めていた。完全に通行が不可能ではないため分断された人々も他の集団の存在を認知してはいたが、中間地帯に入った者の死亡率の高さと行える交流の規模からそれ以上の交流を持つことは無かった。
しかしそんな中でも生活規模は拡大の一途を辿り、いつしか有限の資源を食い尽くして滅びの道を辿るであろうことを人類は悟っていた。そのため物資や情報のやり取りを行える技術の開発は長らく待たれていたものだった。
まず再現されたのは「通信」の技術であった。
メッセンジャーを通して文書や言葉で行っていた交流が直接のやり取りに置き換わり、情報の移動が格段に高速化した。その結果他の地域で発見されていた「遺産」についての情報が共有され、世界全体としての「遺産」の解読が進むようになった。
「情報」の交流が行われるようになると、次は「物」のやりとりが望まれるようになった。
彼らの住む世界が「地球」と呼ばれる球体の上にあることは既に知られており、その球面上では場所によって気候が異なることも知られていた。このことは「自分たち以外の社会共同体とのリソースの共有」という可能性を示すものであり、不足するリソースを補いあうための貿易が積極的に行われるようになった。交易に先んじて行われていた情報の交換から他共同体の生活する大まかな位置は判明していた。しかしその場所に行くためには危険な「中間地帯」を横切る必要があり、物資の交換には大きな犠牲が伴うであろうことが予測されていた。そのような状況下で、空を飛ぶことで地形を無視できる「飛行機」は重宝された。
このようにして「通信」と「飛行機」は甦生世界の物や情報のやり取りに於いて重要な役回りを担うようになっていった。
――しかしそんな矢先、「石油資源の枯渇」という大きな問題が判明した。
石油資源は「遺産」にも記されている重要な資源のひとつだった。その分布や採掘方法も「遺産」に記されており、甦生世界の発展に伴ってその採掘量も増大すると見込まれていた。しかしその殆どは旧世界と甦生世界の隔絶の中に消えてしまっており、「遺産」に記されていた石油資源に依存した技術もまた歴史の挟間に打ち捨てられることになった。
こういった影響から、石油資源の枯渇は甦生世界の発展に暗い影を落とした。
そんな中、甦生世界の片隅で芽生えていた新しい芽がその枝葉を伸ばし始めた。
――その芽は、名を「魔法」といった。
「魔法」は、甦生世界に生まれた新たな技術体系のひとつであった。その起源は世界を渡り歩いていた興行師らの技術にある。
興行師らの売り物のひとつには「手品」というものが存在した。「手品」――旧世界の言葉で「欺瞞」とすら揶揄されることのあったその技術は、甦生世界においてはその形を僅かに変えていた。甦生世界独自の要素はあれど、その演目やタネは概ね旧世界のそれを概ね引き継いでいる。甦生世界独自の要素として、カードを用いた手品がより大きく発展しているという点があった。旧世界に於いてもカードマジックは鉄板ネタの一つであり、その裾野はとても広いものだった。甦生世界に於いてはその裾野が更に広くなり、発展途上である技術体系であるにも関わらず旧世界のそれとも遜色のないほどの規模に成長していた。
その背景にあったのが「魔法」の起源とも呼べる技術体系である。
この技術体系は特殊な顔料とテクニックを用いて「物の瞬間的な移動」を可能にしたものであった。これを用いた手品は単純な仕掛けながら超常的な現象を引き起こすことができ、興行師たちの間で大きな話題を呼ぶことになった。
この技術が「魔法」と呼ばれるようになったのは、こういった背景があってのことである。その呼び名は研究によって技術が詳らかになっても尚変わる事なく、「魔法」が学問体系として成立するに至った現在でも使われ続けている。
この出自を詳細に知る者は少ないが、「遺産」に記載の無い「甦生世界独自の技術」としてその名を知る者は多かった。その「魔法」はいつしか工業的な分野として根を下ろし、遂には甦生世界の血液たる航空業界の一翼を担うにまでなっていった。
「魔法」が実用化されて数年。
甦生世界の空は、徐々に旧世界に無い色に染まっていっていた。「遺産」の解読も着々と進み、世界はかつての輝きを取り戻しつつあった。
――早すぎる発展の代償として、多くの血を流しながら。
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