グレモリーという少女

 あれから少し時が経ち、漸く我に帰った僕は、消えてしまった火を再び灯す作業をしていた。


 今日の終わりに起こったにしては濃すぎる怒涛の出来事の数々。せめて整理できる時間は欲しい。



「……むぅ、このパン、固い」



 因みにグレモリーと名乗った少女は今、腰を下ろして携帯食を食べている。あまりお好みではない様子ではあるが。


 そうこうしているうちに、小さな焚き火が完成し、僕はそれを更に大きくする為に薪になる太さの木を火の中に少しずつ入れていく。



「……それで、パートナー君の名前はなんて言うの? まさかボクだけ自己紹介したら、それでおしまいとかないよね?」



 そのタイミングを見計らって、彼女がそう切り出した。



「あ、あぁ、ごめん。一日の終わりにしては一気に色んな事が起こりすぎて……」



「……人間っていうのは、相変わらず不便」



 ため息をつきながらそんな事を呟く彼女に、僕は「アハハ……」と返すことしか出来なかった。


 とはいえ、それを言い訳に自分だけ自己紹介しないわけにはいかない。僕は木をくべる手を止めて彼女に向き直る。



「それじゃあ改めて。僕はステラ。ステラ・ノストラと言います。ノストラ家の長男にして、預言者です。よろしくお願いします。えっと……グレモリー」



「ん、よろしい。強いて言うなら、ボクは堅苦しいのは嫌い。もっと砕けて接してくれても、いい」



「そ、そう? それじゃあいつも通りに話すけど……えっと」


 僕はそこで口をつぐんだ。


 何を話せばいいのだろう。


 考えてみれば、色々と聞きたい事が多すぎる。


 彼女が何者なのか、このタロットはなんなのか、ここはどこで、僕はどこへ向かうべきか。


 でも、聞きたい事が多すぎて、逆に声が出てこない。



「……なるほど、ステラは今、何を聞こうか決めあぐねてるわけかな?」



「……分かるの?」



「魔力同期でパートナーになったら、揺らぎでおおよその感情は分かる」



 むふーっとドヤ顔をするグレモリー。


 見た目とも相まって、長く生きているハズなのに年相応の少女に見える。


 その様子に吹き出すと同時に、質問の内容が決まった。



「……じゃあ、最初の質問。グレモリー、君は一体何者なんだ? このタロットの宿主って言ってたけど、もしかして守り神みたいな存在なの?」



 僕がそう尋ねると、「うーん」と彼女は難しい顔をした。



「説明が難しいけど、ちょっと違う。確かにボクは精霊ではあるけど、サラマンダーやシルフのような自然由来のものじゃない。このカードが作られた時に同時に生まれた、人工物みたいな存在」



「つまりキミは、妖精版の人造人間ホムンクルスって事かな?」



「そうだね。純粋魔力の土人形ゴーレムと言い換えてもいいかも」



 どちらにしろ彼女は生身の人間ではない。だとしたら彼女は、封印されていたわけではなく起動されるのを待つ為に眠っていたということになる。



「となると、キミを作ったのは一体誰なんだ?」



「アンドレイ・アルカディ」



「はぁ!? アンドレイ・アルカディ!?」



 驚きのあまり、つい大きな声をあげてしまった。それをグレモリーはクスクスと笑いながら見つめる。



「驚いてくれて何より。サプライズは大成功」



「いやいや驚くだろ! というか驚かないほうがおかしいよ!」



 アンドレイ・アルカディ。


 この世界で初めて魔法を使い、世に広めた偉大なる魔法使いの名前だ。


 扱う魔法は千を容易く超え、その全てが最高峰。


 更に彼は工匠としても名を馳せ、数多くの魔法道具マジックアイテム魔法機械アーティファクトを作ったと言われている。


 一説には、彼もまた女神様の寵愛を受けた別世界の人間と言われる程、まさに大魔術師と呼ぶに相応しい存在だ。



「……その大魔法使いが作ったタロットか。道理で出力が化け物じみてるわけだ」



「この話をすると、大抵の人間は驚く。イーサンも、ミネルヴァも、シスレーもそうだった」



「ま、待って。もしかしてそれって……イーサン・ナッシュ、ミネルヴァ・ミュケーナイ、シスレー・キリングムアの事か?」



 全員世代こそ違うが、アンドレイの後に続いた大魔法使いだ。


 まさか長く続く魔術の歴史の裏にこのタロットが関わっているとは思わなかった。


 でも、だとしたら尚更何故僕は魔法を使えたのだろう?


 魔法道具マジックアイテムありきの火力だとしても、魔力もなく、生まれてから今日まで魔法を使ったことのない人間が、いきなりあんな魔法を使えるはずがない。



「……ん、それはね、キミの想像が魔力に追いついたからだよ」



 再び心を読んだのか、グレモリーが答えた。



「確かに魔法の出力は魔力の量によって決まるけど、何が出来るかに限界はないの。使う人が『出来る』って思えばその魔法は実現するし、『出来ない』って思えば絶対に実現しない」



 無茶苦茶な言い分だが、何故か僕には腑に落ちた。


 例えばの話、炎を放つ魔法があるとして、その魔法そのものに限界はなく、術者が「この数まで放てる」と確信していたり、「炎はここまで大きく出来る」と信じていれば、魔法はそれに応えてくれる。


 しかし、現実的な話そんな魔法を放てるのはごくわずか。それも優秀かつ熟練の魔法使いに限られる。


 その理由が魔力量という事なのだろう。出力出来る魔力量が多ければ放てる炎の数や大きさが増え、少なければ放てる大きさも数も減る。


 しかし、ここで重要なのは魔力の量ではなく、想像力だ。


 どんなに多くの火球を打てても、どんなに広範囲の炎を放てても、一瞬でもと考えてしまえばその魔法では決して燃やせない。


 その逆も然りで、極論放てる炎の幅や範囲が狭くても「自分の炎はどんなものでも溶かせるし燃やせる」と術者が信じていれば、その魔法は並のそれよりも上になるだろう。


 つまり。


 広範囲に、高威力で、しかも必中させたり副次的効果を発揮したければ、魔力量と同時に想像力も伴わなければならないという事。


 そしてそれは、かのアンドレイやミネルヴァら大魔法使いと呼ばれた人間が容易く行っていた事なのだろう。


 女神様が言っていたことは正しかったが、その先の応用は話していなかったわけだ。


 もう少し深く突っ込んで聞いておけばよかった。



「……ステラ、キミは思ったよりも馬鹿じゃないね。ボクと顔を合わせて話したこの少しの時間でそこまで到達するなんて」



「だけど、そしたら魔法と能力スキルの違いはなんだ? 何処かで聞いた話では、魔法は誰にでも使えて、能力スキルは生まれた家でしか使えないと言うけど……」



 満足げに頷くグレモリーに更に問いかけると、彼女は続けてそれに答えた。



「ん、いい質問だね。魔法はこの世界に普遍的にあるものに対して、能力スキルは生まれつき持ち主の身体の中に、魔法の術式が刻み込まれたものなの。だから一子相伝かつ魔力量がとても少ない代わりに、強力なものが多いっていうのが特徴なの」



「それは分かる。実際、僕も簡単な魔法すら使えないくらい魔力ないし」



「でもね、能力スキルと魔法の大きな違いは、魔法や魔力は外的要因で補えるけど、能力スキルは生まれつきのものだから成長も補うことも出来ない事」



 それを聞いて、僕は両親や使用人たちが、皆僕を天才だと持て囃した理由がなんとなく分かった。


 一年二年しか読めない事が普通の筈なのに、いきなり十年も先を見通す事が出来る子が生まれたら、そりゃそういう反応もしたくなる。



「アンドレイも、それで苦労したみたいだし」



「……ん?」



 言っている意味がわからず、僕は首を傾げた。



「いや、アンドレイ・アルカディは違うでしょ? あの人は魔法使いであって、能力スキル持ちじゃないはず……」



 訝しげに尋ねると、グレモリーは「フッフッフッ」と意味深な笑みを浮かべた。



「みんなそう思ってるけど、それも大きな勘違い。アンドレイは元々『工匠人クラフター』っていう、思い描いた物をなんでも作り出せる能力スキルを持ってただけで、魔法なんかこれっぽっちも使えなかったの」



「は……はぁぁぁぁあああああああああああ!?」



 このボクっ娘精霊は腰が抜ける事をサラッと言ってのけやがった。


 この場に歴史家やら研究者がいたら、泡を吹いて気絶してしまうんじゃないだろうか。


 そう思うくらい、これまでの歴史がひっくり返る重要な爆弾発言だ。世が世なら狂人認定されてもおかしくない。



「ん、シスレーと同じ反応。面白い」



「笑えないよ!? それじゃあアンドレイ・アルカディは魔法使いじゃなくて職人だったって事!? それじゃあ魔法はどうやって習得したんだ!?」



「その答えは簡単。アンドレイ自身が魔法を使う為に、ボクとこの魔法道具マジックアイテムを作ったんだよ」



 クスクス笑うグレモリーに語気強く尋ねると、彼女は微笑みながらそれに答えた。


 曰く、彼は職人としての生き方に飽きがきてしまったのだ。


 作りたいものをあらかた作り、創作意欲が消滅しても、魔力も腕っぷしもない以上、職人としての生き方を続けるしかない。


 それは、探究心の強い彼にとっては耐えられない事だったという。



「だから彼はボクと寓話の絵札を作った。絵札は使いたい魔法をイメージするために、ボクは足りない魔力を補う為にね。計画は大成功。アンドレイは名実共に大魔術師と最高工匠人という二つ名を手に入れたのさ」



 彼女が語るアンドレイの本来の姿に、僕は少なからず親近感が湧いた。


 可能性や情熱が失われれば、後に残るのは惰性と飽きだ。好奇心が強い人間なら尚のことそう感じるだろう。


 そして何より、自分自身の新たな可能性を見つけた時の喜びは、さぞ大きいものだったのだろう。



「……そんな彼も、人間としての理からは逃れられなかった。最期の命が尽きる時、彼はボクにこう言ったの。『この絵札を持つものを導いてくれ』って。そうして彼は、ボクにその音叉とハンマーを託して眠りについた。そしてボクは、その言いつけを守って、今日までここに存在しているというわけさ」



 そう言って彼女は話を締め括った。


 気づいたら僕は自然と拍手をしていた。



「ん、イーサンとカレクゴスとおんなじ反応。嬉しい」



「いや、正直言って感動した。下手な大河ドラマよりも壮大だった」



「……何それ?」



 しまった、この世界には大河ドラマなんて和風な代物は存在しないんだった。


 首を傾げるグレモリーに対し、「気にしないで」と誤魔化し、僕は真面目な顔で改めて尋ねる。



「でもそしたら尚更分からないな。そんな貴重な代物、どうして僕のバックに入ってたんだろう?」



「ん、それはね——」



「……ご無事でしたか。ご主人様」



 グレモリーが口を開こうとしたその時、僕の背後から知った声が聞こえた。


 ハスキーな声に釣られて振り返ると、屋敷で見た時と変わらない執事服と、相変わらずクールな表情を引っ提げた彼が、何食わぬ顔顔をしてこちらを見下ろしていた。



「あ……アラスター……!?」



 僕が驚愕の声をあげても尚、彼の表情は揺らぐ事はなかった。

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