黄金のタロット
気がついたら森の中にいた。
日本で言うところの遊歩道や登山道なんか目じゃないくらいの木々と植物————主にファンタジー小説で出てきそうな物がほとんど————が、視界一杯に広がっている。何処からともなく鳥のような鳴き声は聞こえてくるし、たまに獣の唸り声のようなものも耳に入ってくる。
長くノストラ家とその街から出ていなかったが、こういう場所を見るたびに自分が異世界へ転生したんだなと自覚するし、同時に自分が追放されたんだなと改めて実感する。
因みに、僕は転移した場所から一歩も動いていない。というより動けない。
既に太陽は西に傾き、その姿を山の稜線へ隠してしまった。ここから先は、もう魔と闇の者の時間である。
土地勘がなく、しかも明かりもない場所を無闇にうろつけば、遭難するのは確実だろう。迂闊に動けばモンスターの餌食だ。
だが、このまま動かないというわけにもいかない。暗闇のまま、無防備な状態で夜を過ごすのはそれこそモンスターに自分の身を捧げているに等しい自殺行為だ。
「……なんでアイツがこれを取り上げなかったのかは分からないが、今はその偶然に感謝しなければ……」
僕はそう呟くと、腰に巻いたホルスターに提げた皮のポーチを取り出し、中をゴソゴソと漁る。
ノストラ家の家紋である五芒星とフクロウが烙印されたこのポーチは、僕が『万能袋』と呼んでいる代物で、本よりも小さい物ならどんな物でも入れることが出来るという優れものである。
十歳の誕生日の日に、アラスターからプレゼントされた物だ。
「……あったあった」
そう言って中から取り出したのは、火打石と打ち金。
それを手に持ったまま、元の位置から出来るだけ離れていないところの枝を集められるだけ集め、種火の元となるおがくずを寄せる。
そのまま火打石を打ち鳴らすこと数分、火種が燃え移り、大きな炎になり始め、枝や薪を入れていく頃には立派な焚き火が完成した。
アラスターから習っておいて良かったと内心で思いながら、腰を下ろす。
「……さて、どうしたものかな」
考えなければならない事は山ほどあるが、直近の課題としてはまず今いる場所の把握と近くに街はあるかという事。
前者は単純に自分自身の現状分析、後者は今後の指針を定める為に必要だ。
そして、どちらも必要なものとして地図が必要になってくる。
「……さて、この中に地図はあったかな……」
僕は万能袋に手を突っ込むと、中に入っていたものを手当たり次第に取り出していく。
薬草、読みかけの本、手提げランプ、アラスターお手製のアミュレット、小刀、携帯食、エトセトラ……。
中にはよく分からない紙切れなんかも入っていたが、いくら探せど肝心の地図は一向に見つからない。
せめてコンパスでも見つかればマシなのになぁ、なんて思いながら探していると、指の先に妙な感触があった。
取り出して見ると、それは黒いベルベットの袋であり、表面には魔法陣とその中央に開く目のような刺繍が印象的なものだった。
「なんだこれ? こんな物入れた覚えはないぞ……?」
案外重さがあるその袋を開けて中身を取り出すと、中には幾つものカードが入っていた。
その数合計七十八枚。それぞれに太陽や星、コインや棒なんかが丁寧に描かれている。
このカードはタロットだ。それも、小アルカナまでしっかりと組まれているフルセットのもの。
しかも、このタロットは他の物とは一味違う雰囲気がある。神々しさというか、異質さというか、言葉で表すことが出来ないゾワゾワが背中を駆け巡る。
だけど……なんだろう。
それとは別に、カード全体から何処かくたびれた雰囲気が漂っている。それに、カード自体も黒ずんでいて、あまり綺麗とは言い難い。
例えるなら、休みなしで何日も何時間も働いた後のような状態だ。
疲弊した状態では仕事のパフォーマンスが落ちるように、タロットもまた、使いすぎると占いの精度を欠くと言われている。
だから、定期的に浄化という行為が必要になる。
浄化用のハーブを焚いた煙にカードをくぐらせたり、クリスタルをカードのそばに置いておいたり等が一般的だが、生憎そのどちらも今手元にはない。
どうしたものかと思っていると、先程の袋に、タロットとは別の物が入っていることに気がついた。
取り出してみるとそれは、透き通った紫色の金属が二股に別れたもの、所謂音叉という形になっていた代物だった。幸運なことに、それを鳴らす小型のハンマーも付いている。
「しめた。これなら……」
僕は一度音叉とハンマーを置き、万能袋から敷物を取り出して敷くと、その上に先程のタロットを扇形に広げ、その後改めて音叉とハンマーを持ち直した。
「こっちの世界でもこれが通じるかどうかは分からないが……」
そう呟きつつも、俺は音叉を打ち鳴らした。
「うおっ!?」
変化は劇的だった。
まるで音叉と共鳴するかのように、タロットそのものが光だし、意志を持って一つの束へ戻って行く。
最後の一枚が束の中に収まると、発する光は途端に強くなり、そのまま宙へと浮いていった。
「はは……アニメだったらビカーッてすげぇ効果音鳴るんだろうなぁ……」
暫く浮き続けるタロットを眺めながらそんなアホな事を呟いた時、光続けるタロットから何かが現れ始めた。
黒い塊のようなそれは、徐々に膝を抱えて眠る子供のような輪郭を見せ始め、発する光と共にはっきりと現れていく。
そして遂に、タロットからの光が弾けた。凄まじい光が、波紋のように周りの木々に広まると同時に、出てきた何かもゆっくりと降りてくる。
「おっと……」
僕は怪我をしないように落ちてきたものを抱き抱える。
まるで、昔見た映画そのものだ。
思わず感慨に耽っていると、周囲の草むらがガサガサと騒ぎはじめた。
「やっば、流石に目立ちすぎたか……!」
生物としての本能が警鐘を鳴らすと同時に、草むらからはノールやコボルト、インプなどのモンスターや野生動物が現れ、あっという間に僕たちを囲んだ。
「まずい……!」
残念な事に、僕には
女神様曰く、この世界の
そして僕が生まれたノストラ家は、代々予知や託宣を司る
結論、今の僕ではこの状況は打開できない。というわけである。
「……考えろ……考えろ……っ!」
しかし、自分一人だけならまだしも、今は両の腕に子供っぽい何かを抱えている状況である。せめてこの子だけでも無事に逃がせるようにしなければ。
「……ねぇ」
そう思いなら知恵を絞っていた時、下の方から声が聞こえて来た。
「……キミが、ボクを起こしてくれたの?」
目線を下げると、腕に抱えていた子供……いや、少女が目を覚ましていた。
日が沈んで少し経った後のようななんとも言えない空色……所謂冥色のロングヘアーに、夜空を思わせる紺、黒、白という三色のドレスに身を包んだ少女は、身なりとは真逆の金に輝く瞳を揺らしながら更に口を開く。
「もしそうなら、キミは選ばれたという事。キミが今世の、ボクのパートナーだという事」
「な、何を言って——」
その時、囲んでいたノールの一体が訳の分からない言葉で喚き立てると、俺たちに向かって飛びかかってきた。
すかさず身を捩って避けるも、それに触発されたかのように、モンスター達が叫びながら一斉に襲いかかってくる。
「うぉああああああああマジかぁあああああああ!!?」
叫びながら、僕はモンスターの総攻撃から必死に避けた。
だが、多勢に無勢とはよく言ったもので、ものの五分もかからないうちに僕の体力は尽きてしまった。
「……パートナーくん」
「だ、大丈夫だから! 今絶賛ピンチだけど、キミは絶対にここから逃して——」
「違う、そうじゃない。これを引いて」
そう言って彼女は先程のタロットの束を僕に差し出す。
「さっき、パートナー君とボクの魔力同期を終わらせた。後はカードに身を委ねるべき」
「な、何を言って——」
「大丈夫。悪いようにはならないから。さ、カードを一枚引いて、その解釈をボクに聞かせて? カードはそれに答えてくれる」
何が何やらさっぱり理解が追いつかないが、襲われるスピードが激しくなっているこの状況でワガママを言っている暇はない。
えぇいままよと、僕はカードを一枚、勢いよく引いた。
崩れる石畳の建物に、走る稲妻、恐怖の表情を浮かべて落下する人々。
僕が引いたのは、タロットの中でも最悪の地雷カード、『塔』のカードだった。
「ちょっと! 今この状況で一番引きたくないカードが出たよ! ある意味この状況にはあってるけど!」
息も絶え絶えに叫ぶが、当の少女は落ち着いたまま俺に話しかける。
「落ち着いて。確かに状況は最悪だけど、まだ決定されたわけじゃない。カードは今、パートナー君にヒントを与えた。後はパートナー君が思い浮かんだ事を口にすればいい。魔法はイメージ。カードはそれを叶えてくれる。さぁ、君はそのカードの中で何を思い浮かべる?」
この言葉を聞いた時、ある言葉が思い浮かんだ。
だが、これはタロットの解釈としては大いに間違えている。前世でも今世でも使った事はない。
だが、どんどん苛烈さを増すモンスター達の攻勢に、そんな事を言っている暇はないと悟った。
一抹の不安を覚えつつも、僕はその言葉を口にする。
「——『雷』!」
瞬間、閃光が弾けて轟音が轟いた。
あまりの事にすぐに目を閉じたが、音が止んで目を開けると、目の前にあるはずの鬱蒼とした木々は僕のいた場所を中心に丸く線を描くように焼失した。
木々だけではない、騒がしかった魔物達もまた、その線の中にいたものは同じように焼失し、無事に逃れたものは何が起こったかわからずにぼうっと突っ立っている。
やがて我に返った魔物達が、ことの大きさを理解すると、皆一目散に逃げ去っていった。
「……ん、及第点。初めてにしては上出来」
腕に抱いた少女はそういうと、あんぐりと口を開けたままの僕の腕からするりと抜け出し、フワリと浮いて相対した。
「それじゃあ、改めて自己紹介。ボクはグレモリー。この
僕は茫然としたまま彼女を見つめるばかりだった。
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