転生特典の「予知」と「託宣」を封じられたので大魔法使いを目指しつつ元凶をぶん殴りに行きます

焼き鯖

謀反

 僕がステラ・ノストラとして生を受けて、今日で十七年になる。


 早速ネタバラシになるが、こんな風に何処か他人事のような言い方をしたのは、僕の特殊な境遇にある。


 僕は所謂『転生者』だ。


 前世は日本で四人家族の次男として生まれ、大人になって占い師として生きてきた。


 彼女とかはいなかったけど、友人も家族にも恵まれた、それなりにいい人生だったと思う。


 だけど何の因果か、ある日僕の占いが気に食わなかったお客に刺されて死んでしまった。


 目が覚めて、目の前にいた女神様が言うには、僕は手違いで死んでしまったとのことらしい。


 なんでも、僕が営んでいた店の隣にもう一店似たような占い師がいて、そいつがまぁ大層酷い占い師だったらしい。僕を刺した人はそっちに行く予定とのことだったが、誤って僕を刺し殺してしまった。


 そんな事を女神様から謝罪された後、彼女はお詫びとして、僕を別世界に転生する事を告げた。勿論、お約束の転生特典でチート能力もセットで。


 そうして僕はノストラ家の長男として、この家にしか発現しない能力である『予知』と『託宣』を持って生まれた。


 女神様曰く、僕の適正を見た結果とのことでこの二つの能力を合わせれば、あらゆる方面で無双する事が出来るとのことらしい。


 詳しい話は省くが、ノストラ家は代々預言を生業としていたらしく、政や軍役の要として歴代の王に重用された。その結果、貴族の一角となり、街の名前にもなるほどに多くの功績を残した。


 それが、ノストラ家の力である『予知』と『託宣』である。


 まず、『予知』はこれから先10年の様々な未来を見ることが出来、『託宣』は行わなければならない事を口にすることでその未来を確定させることが出来る能力である。


 例えば、都合の良い未来を予知で観測し、そこへ行くためにすべき事を託宣で口にすれば、あっという間に勝ち組の人生を手に入れられるのである。


 だが、持ち主自身……つまり、自分自身の未来は予知出来ず、また使い手によって見通せる未来の長さも変わるらしい。普通は一、二年予知出来れば上出来とのことだった。


 僕は十年先の未来を見通すことができた。これは歴代当主でも成し得た事がない数字らしく、両親は勿論使用人すら「希代の天才」だの「ノストラ家希望の星」だの言って持て囃し、十歳の頃には筆頭占い師として頭角を表してきた。


 そして明日、晴れて父から家督を継ぐ相続式が行われることになる。


 既にリハーサルも終えて部屋に入り終え、後は寝るだけだった。


 まさに順風満帆の人生。


 だが、光が強まれば闇もまた濃くなるように、僕の活躍を好まない人が出るのは当然の摂理というわけで────



「……これは一体どういう事だ」



 その結果がこれである。


 現在、僕は目隠しをさせられており、何者かに両腕を後ろ手で組まされて床に抑えられている。金属のような冷たい感触はしないことから、恐らく屈強な男の仕業に違いない。



「流石の預言者様も、荒事には慣れていない、というわけですか」



 困惑しながらそんな事を考えていたら、頭上から声が降ってくる。


 理知的で落ち着いた、物腰の柔らかな男の声。


 この声の主を、僕は知っている。



「……もしかして、レオか?」



「はい、正解でございます。兄上」



 レオ・ノストラ。


 僕の二年後に生まれた、腹違いの僕の弟。



「……どういうつもりだ。いきなり賊を部屋に招き入れた上に僕に対してこの仕打ちは。流石のお兄ちゃんも少しイラッと────」



 僕が軽口を叩こうとした瞬間、取り押さえていた男の一人が強引に僕の左腕を前に突き出した。


 身の危険を感じてもがくも、足の一本も動かすことが出来ない。



「レオ! お前はこの不審者たちと知り合いなのか!? だったら早くやめてくれるよう────」



 瞬間、差し出された左手の甲に何かが強く押し付けられた。



「────っ!? ぐぁああああああああああ熱いぃいいいいいいいいっ!!!!」



 直後、肉が焼ける音と匂いと共に、すべての神経がズタズタに引き裂かれてしまうほどの痛みが全身に走った。


 あまりの痛さに身をよじろうとしたが、力強く押さえつけられているせいで、動くことすらままならない。



「……全部答えましたよ。兄上」



 そんな僕の姿をよそに、レオは淡々と言い放つ。



「ぐっ……お前……一体、何を……」



「そう焦らずとも、今から答え合わせをして差し上げますよ……オイ、目隠しを外せ」



 レオがそう命じると、男の一人が目隠しを外した。


 いきなり目隠しを外されたため、光の眩しさに目を細める。


 そうして目が慣れてき始めた頃、僕は今だに火傷の痛み疼く左手に視線を向けた。


 煙が立ち上る左手の甲にあったのは、朽ちた月桂冠と、鹿の首に巻きついた二匹の蛇の烙印だった。



「……これは……っ!」



 こいつ、やりやがった。


 よりによって、一番手を組んだらいけない奴らと手を組みやがった。



「言っておきますがね、この事については父上も了承済みなのですよ」



「嘘だ! 錆鉄しょうてつの黎明団と手を組むなんて、父上が認めるはずがない!」



 カサンドラの烙印。


 別名「預言者殺し」とも言われるこの烙印は、つけた相手の予知や予言の能力を封じ、さらに誰にもそれが信じられなくなる呪いを与える。


 そしてこの烙印を作ったのは、錆鉄の黎明団と呼ばれる秘密結社で、世界で起こる大半の事件の影には、必ずこいつらが関わっていると言われるほどの極悪組織だ。


 僕が転生した頃から既に存在していたこの集団は、その目的こそ不明なものの、今も各地にその手を伸ばしており、その地域や家の中で一番やられたくない犯罪を犯す。


 父上はこいつらの事を酷く嫌っており、僕ら二人にも気をつけろと口を酸っぱくして忠告していた。


 手を組むなんて事は天地がかえってもありえない。



「本人にその気がなくても、周囲の人間を取り込んでしまえば、個の意見なんて無視されます。尤も、最悪の場合、しまっても問題はありませんから」



 その一言で、僕の頭に最悪の想定が頭をよぎった。



「……まぁ、それにしても」



 そのままレオは僕の側に近づくと、しゃがんで僕の髪の毛を無造作につかみ、引っ張り上げた。


 口元が嘲笑の三日月に曲がる。



「案外、大した事はないんですね。憎い相手をこんなふうに貶めれば、少しは心が晴れるかと思ったのですが」



「お前……!」



 じゃあ何か? 


 今まで兄上兄上と後をついてきていたレオの姿は、全部演技で。


 本当は僕にとんでもないほどの憎悪を募らせて、復讐する機会をずっと伺っていたのか? 


 もしそうだったとしたら、僕はとんでもないピエロじゃないか。


 いや、だとしても解せない。


 もし、僕を憎んでいるなら、父上まで巻き込まなくてもいいはずだ。


 この手の転生ものにありがちな、妾の子で溺愛されていたとか、母上が画策したという話もない。レオの母上は父と仲が良かったし、僕も本当の母のように慕っていた。


 となると、僕と比較され続けたから? いや、父上はそんな事はせずに平等に僕達を可愛がっていたはず……



「……半分正解で半分不正解です」



「……えっ?」



 まるで見透かしたように呟いたレオに、僕は思わずドキリとした。その機微を察知したのか、レオはハッとした表情を浮かべた後、誤魔化すように咳払いをする。



「……少し、喋り過ぎましたね。そろそろ仕上げにかかるとしましょう……アラスター」



「────お呼びでしょうか?」



 レオが呼びかけると、何処からともなく声が聞こえた。


 と思ったのも束の間、未だに組み伏せられている僕の隣に、一人の男が突然現れた。


 肩まで伸びた銀の髪を無造作に束ねた執事服の男は、転移魔法を駆使し、この家の使用人の中で僕が最も信頼している相手────



「アラスター……まさか、君もなのか……!」



 そう口にした瞬間、レオが無造作に僕の顔を地面に叩きつけた。



「ぐっ……!」



「口を閉じなさい。今は私がアラスターと喋る番です」



 そのままレオは立ち上がると、「頼んでいたものは?」と彼に尋ねる。


 当のアラスターは何も言わずに手元に持っていた紙の束をレオに渡すと、受け取ったレオはペラペラと何枚か確認し、ニヤリと笑った。



「ふむ、この家の相続状と当主の委任状ですね。確かに頂戴しました。これでこの家の統治権と指揮権は明日から私のものでしょう。ご苦労様でした」



「……勿体無いお言葉」



「では、最後の命令です。そこの木偶の坊を放逐しなさい」



「……御意」



 そのままアラスターは、男達と交代する形で僕を取り押さえると、小さな声で呪文を唱え始めた。



「ま……待て! お前は、錆鉄の黎明団と組んで一体何をするつもりだ!?」



「言うわけないでしょう? これから追放するというのに」



 確かにそうだ。


 ここまでお膳立てしておいてネタバラシなど、愚の骨頂もいいところ。


 だが、義理とはいえ弟が何か馬鹿な事をしでかそうというのなら。


 兄として僕は止める義務がある。



「……覚えておけよ。は必ずここに戻ってくる! お前が何を企んでいるかは知らないが、必ず止めて見せるからな!」



「それは予言ですか? それとも負け惜しみ?」



「いいや、そのどちらでもないさ。これは一つの────」



 宣戦布告だ。


 そう言いきった時、目の前からレオの姿が消えた。



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