第48話 女装アイドル声優、身を奮い立たせる。

 今後について悩みはあれど、今は目先の仕事に集中せねばならない。


『──我こそは新撰組、三番隊組長、斎藤一さいとうはじめ、いざ参らん! ってね、よろしく〈ユーザーネーム〉クン♡』


『でやっ!』


『──いざ、参りますっ! 悪即斬あくそくざんっ! くらえっ滅殺突ぃいいいいいいい──』


 

 ──ってことで、僕こと橙華とうかは、現在、新作ゲームアプリ『幕末ヒロイン列伝』の絶賛収録中だ。といっても大勢でワイワイやるアニメのアフレコとは違い、スタジオの狭い個室で一人寂しくポツンと机を陣取り、長い黒髪ウイッグの上からヘッドホンを装着し、液晶モニターに囲まれながら卓上マイクで指定されたキャラの台詞セリフを台本通りに演じるという、何とも臨場感がない収録を淡々とこなしていた。


 それでもまぁ、色々と訳アリな自分としては案外それが気楽だったりする。音響スタッフもほんの数人しかいないし、リテイク(り直し)も今のところ少ないし、これといって演技の指摘も普通のアニメに比べればゆるそうだし。


 ──と、甘く見てたことをすぐに後悔した。


『──わ、私は別にアナタのことなんて、すす好きじゃないわ……』


『はっ!』『どりゃああっ──』


『ぐふっ』『うっ!』『きゃっ』


『きゃああああああああああああああ──っ』



 朝イチから始まったゲームアプリの収録は午前中で終わるかと思いきや、午後にも及び、その間、どこでどう使われるか分からない長々とした台詞セリフや悶絶、絶叫等をひとりで延々とお芝居し、さらに段々と演技の注文も増え、そもそも他の声優がいないので、お芝居のが取りづらく……、だから最後の方は喉も体力も精神すらボロボロになって、『はーい、オッケーです。お疲れ様でしたー』と奥の録音ルームからアフレコの終了を告げられた瞬間、バタンと机に突っ伏せそのまま燃え尽きてしまった。


(──つうか、この刀剣美少女、戦闘ボイスだけで何パターンあるんだよ……ゲームの仕事、ちょっと舐めてたかも……)



 とまあ、こんな感じで今回の仕事は無事にやり遂げたので、さっさと帰ろうと手荷物をまとめていたら、何気にひとりの若い男性スタッフが僕に近づいてきた。


「記念に写真いいっすか?」と勝手にスマホでパシャリ。さらに握手まで求められてしまい、渋々ながらも応じていたら。


「ホント手まで小さいっすね。しかもスベスベでマジびっくりっス!」

「え……あの、」


 彼は顔を真っ赤にしながらも、手汗がひどい僕の右拳なんか気にせず、ガシッと自分のてのひらを絡めてくる。


 あの……、過剰なファンは一切お断りなんですけど?


「あ、すみませんㇲ……ついつい、調子に乗って──」


 少しだけ、睨みを効かせたら、若いスタッフくんは慌てて僕の手を離した。うんうん、分かればよろしい。アイドル握手会とかでよくある事故案件だ。今は止める運営もいないしな。


「で、でもでも自分は、〝TS〟ものとか〝男の娘〟キャラ大好物なんで、これから橙華さんをガンガン推すっス! 頑張ってくださいっ!」

「え、ええっと……あ、はい……、ありがとうござい、ます……?」


 はて? TS(性転換)、男の娘(そのまんま)……って、おいおい、完全に女装バレしてね? つうか、それを承知での橙華ファン? それは嬉しいような、嬉しくないような……


 そもそも僕のプロフィール欄に書かれてたりするのかな? 〝女装アイドル声優〟とか……あの腹黒メガネ(柏木マネージャー)ならやりかねん。


「そそ、それではごきげんよう……うふふ」


 もう、今更ながら羞恥心やら自尊心やらが限界になって、変顔の愛想笑いを浮かべながら急ぎ部屋を後にしてしまう。


 ちなみにその時、ふと目が合ったお偉方のマッチョな強面オジサンすら、ニコッと満面な笑みで僕のことを見送ってくれてた。


 感謝感謝──


(──って、ここのゲームスタッフ、橙華のこと好き過ぎじゃね!?)


 エレベーターを使うのも忘れ、ワンピースのスカートが捲れるのも構わず、僕はビルの階段を大股で駆け下りていった。



 ◇


「──てなことがあってさ、流石に引いたよ」

「ふーん、下らないわ。私にはどうでもいいことよ」


 で、その日の夜。僕は夕飯をかねて、帰りの駅近くのもんじゃ焼き店に来ていた。そして何故かここに派手な装いの東雲綾乃しののめあやのが同席してることは、どうか察して欲しい……まぁ、いつものことだ。


「……それで東雲、〝終末アオハル〟のネット記事は見た?」


 座敷席でジュウジュウと焼ける鉄板の上に水溶きしたもんじゃの生地を流し込みながら訊いてみる。


「……何が言いたいのかしら?」


 東雲は早速、ヘラで熱々もんじゃをお皿にそっと乗せながら逆に尋ね返してきた。若干だが眉間にシワを寄せている。


「べ、別に……、ただ聞いただけ……特に深い意味はないよ」

「そう? ならこの話はこれでおしまい。ほらさっさと次を焼きなさい」

「え……ち、ちょっと待って、つうかそれまだ焼けてない──、って、あぁああ! そこらは僕……じゃなかった私のスペースだろっ──」



 もう後戻りは出来ない……


 とにかく今は、前に進むしかないんだ──。

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