第31話 女子会?

「──き、今日の収録は僕が……じゃなかった私が色々と迷惑掛けちゃったから……こ、ここは何でも奢っちゃう……ね」

「わー、橙華とうかさん、ありがとうございます!」

「…………」

「ほ、ほら、あやちゃんもムスッと黙ってないでさ、どしどし頼んじゃって──」


 アニメ収録スタジオから徒歩数十分にある某ファミリーレストランにて、僕こと橙華とうか(女装アイドル声優)と東雲綾乃しののめあやの(悪役令嬢的アイドル声優)、それと小倉もも(訳あり現役女子高生アイドル声優)の三人は、アフレコ帰りに仲良く……とは言えないけど、それでも分けへだたりなくテーブルを囲んでいる……つもりだ。


 とはいえ、周辺の客たちから見れば、帽子にサングラス姿のいかにも怪しげな妙齢の女性二人が、未成年の、しかも見るからにイタイケな制服姿の女子高生を取り囲んでいるという、まごうなく犯罪臭が漂う通報案件。女装した僕も大概だけど、特に東雲なんか、その派手な見た目からして、もろに詐欺師集団の女ボスみたいな風貌だし。


「じ、じゃあ私、皆の飲み物を持ってくるから」

「あ、わたし、オレンジジュースをお願いしますね」「ホットコーヒー、もちろんエスプレッソで」


 そして僕は、この場に居ても立っても居られず、パシリという大義のもと、一時テーブルから戦略的撤退を余儀なくされる。


 それゆえに席から離れたドリンクバーで、ももちゃんご所望のオレンジジュースをグラスに注ぎ、東雲のエスプレッソは──んなもん無いから、普通のブレンドでいいや、どうせコーヒーの味なんか分かりはしないだろうし。


「お待たせ」

「遅い」「橙華さん、ありがとうございます」


 にしても、腕を組みながら苛立ちが隠せない東雲に加えて、つい先日、熱気のこもったガチな百合ゆり? をカミングアウトした女子高生に対し、僕はもう不安でしかない。


 一掃のこと、どこぞのアニメヒロインよりもキャラが濃い二人のことなんか放っといて、このまま家に帰ってもいいですか?


 それでも折を見て、わざわざテーブルを遠回りしながら、元いた席(東雲の正面)から、さり気なく東雲と斜め向かい、対角線上に席を変えた。これならももちゃんと東雲が正面で向かい合わせ、という形となって、何かと事が運びやすい。


「……それで、わざわざ席を変えるのは何故かしら?」

「えーと……」


 努力の甲斐も虚しく、ちょっと語調が荒い東雲に勘づかれた挙げ句、結局僕は元いた席に座り直すこととなる。……まぁ、元の鞘に収まった、というわけだ。


「(ちっ)」


 ええっと……今ももちゃんから軽く舌打ちが聞こえたような気がする。たぶん気のせいだよな?


「……あの、ちょっとわたしお手洗いに行ってきますね」


 ももちゃんがそう言って、静かに僕の隣から立ち上がった。コーヒーにミルクとシロップをドバドバ入れている東雲はまるで無反応だ。


「あ、うん」

「料理が来たら先に食べちゃってくださいね」


 と、女性声優のつやがある萌えボイスのももちゃんが行って間もなくすぐ、ピコーンと僕のスマホにメッセージが届いた。もう嫌な予感しかしない。


『わたしと綾乃さんの仲を取り持ってくれる約束を覚えてますよね?』


 そのメッセージ内容を読んで、チラリと正面の東雲を垣間見ると、タッチパネル式メニューの操作に夢中なご様子だったので、


『もちろん』


 テーブルの下にスマホを隠しながらの返信。


『良かったです。やっぱり頼れるのは橙華さんだけ』 


 マズいな。あまりこちらに期待されても困るんだけど……

  

「女かしら?」


 とそのとき、こちらを一切見向きもしないのに拘わらず、清楚ボイスでありながら、まるで地獄の底から響いてくるような、短いながらも魂の宿った台詞が東雲の口からささやかれた。


 ……つうか、思い切りバレてるし。


「……まさか、男だよ?」

「だったらもっとタチが悪いわ」

「何でだよ!?」


 とりあえず再度ドリンクバーに逃げ込み、メロンソーダをコポコポ注ぎながら、いかにしてクセ強の二人、東雲綾乃と小倉ももを的にマッチングさせれるのかを考えてみる。


 あの時、自称〝心は男の子〟の小倉ももが僕に相談したこと──それは、好きで好きで好きでたまらない(ナゼに?)東雲綾乃との繋がりを、あろうことか自分と同類だと思っている僕に取り持ってもらいたいとのこと。


 つうか、それってムリゲーじゃね?


 そもそも東雲は、ただでさえ若くて何かにおいて優良株のアイドル声優、小倉もものことを良く思ってないふしがある。……というか、あからさまに敵意剥き出しである。


 よりによって、そんなバチバチの東雲と仲良く……願わくば、百合ゆり展開……いや、恋人同士になりたいなんて、それこそ何のクリアー不可のクソゲーだよ。


 って、それこそ女同士なんだし、普通に友達でいいんじゃね? 何やかんや言っても東雲は友達がいなくて、それならももちゃんのことはむしろウェルカムなんじゃないかと思って。


「なんで私があんなカマトト女と仲良く夕食を共にしないといけないのかしら? まるで騙し討ちをくらったみたいだわ」


 そう、まずはフレンドリーに仲を深めてもらおうと、収録帰りに東雲を夕食に誘い出したまでは良かったのだけど、その席にももちゃんがいたらこの有り様だ。まさかここまで彼女のことを毛嫌いしてるとは……。


 ……まぁ、流石にまさかの東雲に見知らぬ男を、それこそ騙し討ちみたいに紹介することはしないよ……でも、ももちゃんはその動機は不純とはいえ、純粋に性別上は女の子だし、東雲にとっても見知らぬ相手でもないので、ごく自然な流れで食事会……というか、女子会を催したわけなんだけど。しかも全部僕の奢りで……今の自分、半分ニートだよ?


「お待たせしました!」

「あ、」

「ふん……」


 それこそ最悪のタイミングでももちゃんが戻ってきた。そして、頼んだ料理も次々とテーブルに運ばれてきて、


「と、とりあえず、食べますか……」

「はい、いただきます」

「…………」


 今まさに色々と問題アリな女性二人+♂との女子会? が幕を開けた。


(あれ……おかしいな……全然、味がしないんだけど……)

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